父、三代目市川猿之助(二世市川猿翁)の演劇思想を受け継ぐ市川中車と、その精神を新しい世代として体現する市川團子。二人は5月3日から歌舞伎町大歌舞伎で「三代猿之助四十八撰」のひとつである『獨道中五十三驛』に挑む――

BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY SHOKO TAKAYASU

画像1: 市川中車と市川團子
猿翁の演劇精神を受け継ぎ
歌舞伎の“普遍”を求めて

 江戸の東海道を舞台に、怪奇と人情、そして華やかな演出が次々と展開する四世鶴屋南北作の『獨道中五十三驛』。三代目市川猿之助(二世市川猿翁)が手がけたこの舞台は、澤瀉屋の芸の精神を象徴する作品として長く愛されてきた。1981年に復活上演されたこの作品をどのように現代に届けるのか。市川中車は市川猿翁の演劇観を振り返りながら語る。

市川中車(以下中車):父は、歌舞伎の敷居を壊しつつ、壊しきらない。その線引きをずっと考えていた人だったと思います。初演では弥次郎兵衛と喜多八を物語の案内役として登場させるといった、観客が物語に入りやすくする仕掛けは、当時としては大胆な試みだったので、とても勇気のいることだったのではないでしょうか。歌舞伎は難しいと思われがちですが、どうすれば初めての人に届くのかを父はずっと考えていた。そして時代が変わっても、どうやって新しいお客様を開拓するのかが、歌舞伎にとっての生命線でもあると、僕は思っています。だからこそ、今回の再演は父が挑んだ試みを改めて検証する機会でもあると思います。

 45年の時を経ても、猿翁が創り上げた工夫は、むしろ現代の観客にとって自然な“演劇のかたち”として見えてくる。
 一方、市川團子は祖父の作品づくりを“わかりやすさ”という視点から見つめている。『獨道中五十三驛』は鶴屋南北作品をもとにした複雑な物語だが、猿翁は上演を重ねるたびに大胆な整理を行い、舞台のテンポを高めていった。

市川團子(以下團子):祖父がこの作品を初演した際、初日の上演時間が7時間ほどあったそうですが、最終的には3時間45分ほどにまで短くなったと聞いています。祖父が、テンポアップをして“スピーディー”に、かつ“わかりやすく”お客様に観ていただくことを大事にしていたからこその結果だと思います。祖父は時代の先を行くところありましたので、作品の内容や演出に関して、今見ても時代から遅れているとはまったく感じません。45年前に作られたものを、現代の大学生の世代が見ても面白いと思えるというのは、すごいことだと思います。派手で、わかりやすくて、感動できる物語がある。祖父が創り上げた作品の普遍性というものがどんどん確固たるものになっていると感じています。

 團子自身にとっても、この作品は決して古びたものではない。

中車:僕が猫の怪を勤めさせていただく「岡崎無量寺の場」は、本作の中でも突出した人気を誇る場面です。3年前に(坂東)巳之助さんがなさったときに拝見していますが、その時は宙乗りの演出がなかったものの、アクロバティックな動きをする下働きの女がいるという設定など、作品自体が面白かったです。変えなくても楽しめる。残るべくして残っているということがよくわかりました。

画像2: 市川中車と市川團子
猿翁の演劇精神を受け継ぎ
歌舞伎の“普遍”を求めて

 歌舞伎を初めて観る観客への言葉も興味深い。中車は、その歌舞伎の魅力を“生の芸”にあると語る。

中車:マイクを使わない声、生演奏、そして日本語特有の“間”。それらが舞台の呼吸を生み、観る者の身体にも静かに響く。それが歌舞伎です。歌舞伎にある“間”は、現代人が日常で感じずに生きているのではないかと思うのですが、ご覧になった方が歌舞伎を通してそれを感じることで、呼吸法などでご自身の肉体に何かを響かせるきっかけにもなる可能性もあるのではないかと思っています。歌舞伎には、日本語の“間”と生の音が調和する感覚があるので、それを感じてもらえたら嬉しいですね。

 團子は、歌舞伎の楽しみ方をより具体的に勧める。

團子:筋書きを読んで、イヤホンガイドを借りていただくと、舞台の面白さが全然違ってきます。歌舞伎を観るのが初めてで良くわからない、お話が難しいイメージがあるというお客様がいらっしゃいましたら、ぜひ観劇前にあらすじを知っていただいてから観る、ということを体験していただきたいんです。普通、初めて観るものは“ネタバレを避けよう”となると思うのですが、実は歌舞伎は物語の起承転結を知っていても楽しむことができる演劇なんです。ストーリーを知っているだけで、現代とは文化も話し方も違う物語を“そのまま理解できる”面白さを体験していただけると思います。またストーリーを知っていただくと、歌舞伎特有の“見せ場”や“技法”も、その背景を理解してから観ていただくことになるので、面白さが格段に上がると思います。お話が難しそうと思われた時や、初めて歌舞伎をご覧になる時は、イヤホンガイドを借りていただいたり、筋書に載っているあらすじを読んでいただいてから歌舞伎を観るということを、選択肢の一つに入れていただけたら幸いです。

 そのためにも「開演30分前には劇場に来てほしい」と二人は口をそろえる。劇場の空気に身を置く時間もまた、歌舞伎の体験の一部だからだ。

画像3: 市川中車と市川團子
猿翁の演劇精神を受け継ぎ
歌舞伎の“普遍”を求めて
画像4: 市川中車と市川團子
猿翁の演劇精神を受け継ぎ
歌舞伎の“普遍”を求めて

中車:父は長く演じてきた中で、役がどんどんこなれていったようで、奇怪なおばあさんの中に、どこか愛嬌のようなものがあったんです。年齢を超えた怪異に変わる瞬間があって、それは本当に見ていて楽しいものでした。老人の姿から、どこかでチャーミングさが出せたらいいなと思いますが、僕はその中間くらいを狙うことになるのかなと思っています。歌舞伎でチャーミングさを出すのは僕にとってはなかなか難しいことなので……。

 父が演じた怪異の役は、単なる恐ろしさではなく、どこか観客を惹きつける魅力を帯びていたという。そう語る言葉の奥には、父の芸への敬意が滲む。
そして、市川團子は祖父の踊りを“追いかける”という言葉で語る。

團子:まずは祖父の踊りを追いかけること。それが一番大事だと思っています。祖父とは体型も違うので、同じように見せるためには違うことをした方がいい時もあるんです。祖父が立っていたところを自分は座って演じた方が、結果的に同じように見えることもある。上辺をなぞるのではなく、祖父の目指していたところを目指せるように、祖父がしようとしていたことの本質に近づけるように、しっかりと考えてお稽古をしたいと思っています。

 しかし、その追い方は単純な模倣ではない。体格や身体の使い方が違う以上、同じ形をなぞっても同じ表現にはならないという。外形を真似るのではなく、祖父が目指した本質に近づくこと。それが團子にとっての継承だ。
 “市川猿翁の存在をどんな時に感じるか”という問いには、二人とも迷いなく答えた。中車は「逆境」という言葉を挙げる。

中車:否定されたり、逆境に立たされたりしたときに、“何くそ”という気持ちが新鮮に湧いてくる。父もきっとそういう気持ちをいつも持っていたんじゃないかと思います。逆境に強かったのではないでしょうか。

 團子は、祖父の“前を向き続ける姿”を思い浮かべていた。

團子:くじけそうなときでも、祖父だったらきっと前を向いていたんだろうと容易に想像できます。それと、祖父の舞台に対する熱量です。それは舞台上も、舞台に立つまでの準備も、誰がどんなに頑張っても届かないと思うくらいのとんでもない熱量がある。それが祖父のスピリットだと思っています。

 その熱量は、今でも手の届かないものだという。最後に、最近の印象的な出来事について尋ねると、團子はスーパー歌舞伎の映像を見返した体験を挙げた。なかでも『オオクニヌシ』という作品に強く心を動かされたという。

團子:スーパー歌舞伎シリーズの中でも特に哲学的な作品です。スーパー歌舞伎は、どの作品にもテーマがあり、『オオクニヌシ』のテーマは「高き志」です。その言葉の通り、祖父演じる主人公のオオクニヌシは、高く、美しい信念を常に持って、とにかく一生懸命に人生を生き抜きます。物語の後半で、オオクニヌシがその信念を述懐する場面があるんです。そのセリフが、祖父の役者としての信念、人生そのままで、その重なりから来る説得力と、あまりの迫力に圧倒され、涙が止まりませんでした。映像でこの作品を観たので、もし実際に舞台を観ることができていたなら、更に凄まじい経験になっていたのだろうと思いました。

 同じ問いへの中車の答えは少し意外なものだった。東京の自宅で出会った一匹のトンボの話である。都内ではまず見られないという希少な種類のトンボが、玄関のインターホンに止まっていたというのだ。

中車:ネアカヨシヤンマという種類で、普通は湿原にしかいないんです。それが家の玄関に止まっていた。まるでピンポンを押しに来たみたいなんです!

 舞台とはまったく違う話題ながら、その語り口には自然への深い興味がにじむ。
 父と子、祖父と孫。同じ芸の系譜に立ちながらも、その視線はそれぞれに異なる。しかし二人の言葉に共通しているのは、二世市川猿翁が創り上げた“普遍”を受け継ぐということへの静かな覚悟だった。歌舞伎の舞台は、世代を越えて続いていく。その時間の流れの中で、二人はそれぞれの方法で表現を探し続けている。

市川中車(いちかわ・ちゅうしゃ)
1965年生まれ。父は二世市川猿翁。2012年6月7月新橋 演舞場『小栗栖の長兵衛』の百姓長兵衛、『ヤマトタケル』の帝ほかで九代目 市川中車を襲名。主な出演作は『一本刀土俵入』の茂兵衛、『ぢいさんばあさん』の伊織な『恋飛脚大和往来』の槌屋治右衛門、『牡丹燈籠』の伴蔵、『芝浜革財布』の政五郎など多数。最近では、『新・水滸伝』の晁蓋、スーパー歌舞伎『ヤマトタケル』の帝など、澤瀉屋の芸の継承にも努めている。2026年は銭形警部を演じて好評を博した新作歌舞伎『流白浪燦星(ルバン三世)』の続編に同役で出演。3月の新橋演舞場を皮切りに、4月名古屋御園座、9月京都南座、2027年博多座で上演される。

市川團子(いちかわ・だんこ)
2004年生まれ。父は市川中車、祖父は二世市川猿翁。2012年6月、7月新橋演舞場『ヤマトタケル』のワカタケルで五代目市川團子を名乗リ初舞台。主な出演作はスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』の大碓命と、小碓命後にヤマトタケル、『連獅子』の仔獅子の精、『新・三国志 関羽篤』の関平、『新・水滸伝』の彭圮、『義経千本桜』「道行初音旅」の佐藤忠信実は源九郎狐など。2026年は大河ドラマ『豊臣兄弟!』に森蘭丸役で出演するほか、7・8月には新橋演舞場でスーパー歌舞伎『もののけ姫』が控えている。

※「澤瀉屋」の「瀉」のつくりは、正しくは“わかんむり”です。

歌舞伎町大歌舞伎
三代猿之助四十八撰『獨道中五十三驛』

5月3日(日・祝)〜26日(日)
東京・THEATER MILANO-Za
公式サイトはこちら

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