『トランス』という特別な作品の舞台に立つとき、俳優は何と向き合うのか。風間俊介が語るのは、役を“演じる”ことではなく、“自分”という存在そのものだった。30年を超えて上演され続ける理由は、その問いの普遍性にある

BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY TAMEKI OSHIRO

画像1: 風間俊介が挑む『トランス』
「自分とは何か」を問い続ける時間
画像2: 風間俊介が挑む『トランス』
「自分とは何か」を問い続ける時間

演劇史に刻まれる名作への挑戦。風間俊介が「雅人」として生きる特別な時間

 1993年の初演以来、数多くの演劇人に愛され、上演が繰り返されてきた鴻上尚史の代表作『トランス』。フリーライターの立原雅人、精神科医の紅谷礼子、そしてゲイ・バーに勤める後藤参三という、高校の同級生であった3人の男女が繰り広げる濃密な会話劇は、30年以上を経た今もなお、その輝きを失うことなく観客を魅了し続けている。
 2026年、国内では21年ぶりに上演されるこの名作に、実力派俳優として確固たる地位を築いてきた風間俊介が挑む。彼が演じるのは雅人。一筋縄ではいかないこの役にどう向き合い、そして鴻上ワールドの核心をどう捉えているのか。その心境に迫る。

古くならない「人間の根幹」を描く鴻上作品の魅力

 これまでにも鴻上作品への出演経験がある風間。作家・演出家としての鴻上氏の魅力を尋ねると、鴻上へのリスペクトだけではなく、世の中に蔓延する「固定概念」への視座についても触れた。

風間:鴻上さんからお誘いをいただいて、“すごい!あの『トランス』だ”と思って引き受けました。“鴻上(尚史)さんが大好き”という率直な思いもあって、断るという選択肢はありませんでしたが、“もう少し考えて返事をすればよかったんじゃないか(笑)”って思うほど、今は、大変さを実感しています。でも、これからやることは、10年後くらいに今を振り返った時に“すごく大切な時間だった”と思えるような、自分の人生の中に特別な時間としてきっと刻まれる。そんな時間の始まりであることが、すでに体感としてあります。
 鴻上さんとはこれまでもご一緒したことがありますが、世の中には“こうあるべき”とか“こうだと人間は健やかだよね”という定義に当てはまらなかった人たちや、社会的な価値観に違和感を抱いている人たちを、すごく優しく包み込むだけでなく、フォーカスする方です。本当の意味で優しい人だと思います。

 今回の『トランス』にもまた、その“優しさ”が根底に流れていると風間は分析する。驚くべきは、30年以上前の作品でありながら、今の時代にあまりにもフィットしているという点だ。

風間:この作品について知らないで観に来たら、絶対に新作だと思うはず。今の時代にハマりすぎているんです。でも、昔が先取りだったのかと言ったら、多分違う。昔もきっと、当時の人たちが“今の時代の作品だ”と言ったはずです。それではなぜ時を経ても古くならないのか。言葉ではうまく説明できないんです。人間はいつだって同じことを繰り返しているのか、あるいはこれが人間の“根幹”を描いているからなのか……。古くなる作品も素晴らしいが、この作品は決して古くならない。そこが本当にすごいと思います。

画像3: 風間俊介が挑む『トランス』
「自分とは何か」を問い続ける時間
画像4: 風間俊介が挑む『トランス』
「自分とは何か」を問い続ける時間

「個」として立つ、その瞬間に生まれるもの

 それでは、まだ観たことのない人にはこの作品を通してどのようなことを届けられるのだろうか。

風間:“自分らしく”とか、“自分探し”とか、世の中の人は言いますが、本気で自分に向き合うことは、とんでもないほどの勇気が必要な怖いことだと僕は思っています。それでも向き合わざるを得ない瞬間というのはあって、自分の嫌なところを認めなければならなかったり、自分のことを褒めてあげなければならなかったりすることもある。観終わった人は、多分全く違う感想を述べるでしょう。“私はあなたではないし、私は私ですらないかもしれない”という話なので、ストーリーが進むとともにお客様が作品に没入していくと、尋常ではない静寂が生まれるのではないでしょうか。しかし、それが正解とも限らない。観た人全員が違う感想を話し出すのが、この作品だと思います。

 雅人という役にはどのように向き合うのだろうか。

風間:僕はこの物語の中でこのキャラクターがどういう感じで動いたら、作品の大切な部分が伝わるのかなという客観性からスタートします。風間俊介という僕自身も、社会において歯車の一つだと思っているので、それと同様にキャラクターが世の中でどう回っていくかということを考えるんです。ところが『トランス』の雅人はこの方法には当てはまらないように思います。一応、「フリーライター」ということにはなっていますが、この職業はどこか不安定なところで発信しているからこそ、価値がある。明日依頼がなくなるかもしれないし、批判を浴びるかもしれない。そのリスクと背中合わせの覚悟があるから、読んだ人の心を動かすのかもしれません。それは役者も同じです。雅人の場合は、雅人という役なのか、それとも雅人と書かれている役割を与えられているだけなのか……。もしかすると、多くの人が演じてきたということが、この作品の本質を掴んでいるのかもしれない。“この役は何ものでもない”という意味なのかもしれないとも思っています。

 どうやら今回は、彼が積み重ねてきた方法には当てはまらない役のようだ。そして、『トランス』は3人芝居という極限の濃密さが求められる。たった2人の共演者である岡本玲、伊礼彼方とのチームワークについても、確かな手応えを感じている。しかし、風間は“仲良くなること”だけが正解ではないと語る。

風間:岡本さんは、真面目で誠実な安心感と、とんでもないところでアクセルを踏む爆発力の両方を持っている方。伊礼さんは、こちらの話を咀嚼してくれる包容力があり、彼がいることで否定されない安心感が生まれています。3人のコミュニケーションは大事ですが、一方で“どこまで行っても一人なんだ”という孤独もこの作品の核なのではないでしょうか。コミュニケーションとディスコミュニケーションが交錯する中で生まれる火花を大切にしたいです。

 ステージの上では、一人芝居が3つ同時に繰り広げられている。その緊張と断絶こそが、この作品の輪郭を浮かび上がらせる。

画像5: 風間俊介が挑む『トランス』
「自分とは何か」を問い続ける時間
画像: 風間自身がシャッターを切った一枚

風間自身がシャッターを切った一枚

俳優・風間俊介が考える“役”と“自分”の境界線

 俳優は役を演じることで“自分ではない誰かになる”という仕事。役になりきること、あるいは自分自身に戻ることについて、風間は極めて理知的なスタンスを明かす。

風間:これは良くないことかもしれませんが、役になりきるのが全部いいことだとは、僕は思っていないんです。だから僕は、別の誰かになるのではなく、“どの分量で自分を残すか”という引き算のような作業をしてきた気がします。今も自分の写真を撮るときに、“どういうふうに見てもらおうかな”という感覚でシャッターを押していました。そして、その写真も含めて、今回の作品をどう思ってくれるかなということに思いを馳せていました。

 風間俊介でありつつ、役を演じる。そしてどこかに必ず、俯瞰した自分がいるようだ。

風間:役者としてではなく、日常の僕自身としても、自分が思い描く“風間俊介像”というものがあるんです。それから外れた行動をとった時、世の中の人たちからすると何とも思わない行動かもしれませんが、自分自身に驚くことがあります。僕が僕自身を掴みきれていない。一方で僕自身が僕に共感できるという瞬間はありますし、共感できないこともある。答えがない問いは無駄だという人もいますし、答えのない問いだからこそ一生考えていられることに楽しさを感じることもある。僕はこの作品のこういうところが好きだという答えがないときも好きですね。

 そんな風間は現時点で『トランス』からどんなメッセージを受け取っているのだろうか。

風間:自分と向き合うことの難しさ、自分と向き合った人たちへの賛辞と、自分が思う自分というものが、時として幻想だということでしょうか。「風間俊介」はこういう行動をとるよね、こういう言動をするよねと僕自身が定義していても、そこから外れたことをしたときに僕自身が驚くことがあります。例えば『3年B組金八先生』という作品で、パトカーに乗せられて振り返るシーンがあって、あれは今見てもいいなと思うんですが、今の僕にはできません。人間って、できることが増えていくのではなくて、一つできるようになったら、一つできなくなっている。英会話とか、自転車の乗り方とか、一度習得すれば自分の中にずっと残るものだと思うものもありますが、昔はできたのに、今の僕にはどうしてもできない役というのも存在します。今回の雅人も、今この瞬間の僕だからこそ出会えた、特別な巡り合わせなのだと感じています。

 年齢を重ねる中で変化していく“表現”についても、独特の無常観を持って語ってくれた。
見終わったあと、自分という存在をどこかで肯定したくなる。そんな静かな余韻を残す作品になるはずだ。

風間俊介(かざま・しゅんすけ)
東京都出身。1999年、ドラマ『3年B組金八先生』に出演し、優等生の仮面をかぶった問題児役を演じて注目を浴びる。06年、ドラマ『アキハバラ@DEEP』で連ドラ初主演を務めた。その他、舞台『蒲田行進曲』(06年)、舞台『恋はコメディー』(08年)、NHK連続テレビ小説『純と愛』(12年)、ドラマ『救命病棟24時』(13年)、舞台『ドラゴンクエスト ライブスペクタクルツアー』(16年)など、様々な作品に出演。アニメ・映画『遊☆戯☆王デュエルモンスターズ』シリーズでは、主人公・武藤遊戯の声優を務める。NHKハートネットTV『フクチッチ』ではMCを担当するなど多方面で活躍。

ヘアメイク/清家いずみ・スタイリスト/手塚陽介

KOKAMI@network vol.22『トランス』
作・演出:鴻上尚史
出演:風間俊介、岡本玲、伊礼彼方

公演日程・会場:
2026年4月28日(火)~5月10日(日) 東京・本多劇場
2026年5月13日(水) 静岡・アクトシティ浜松 大ホール
2026年5月15日(金) 岡山・津山文化センター 大ホール
2026年5月17日(日) 大阪・サンケイホールブリーゼ
2026年5月20日(水) 愛媛・あかがねミュージアム 多目的ホール
2026年5月23日(土) 石川・北國新聞赤羽ホール
2026年5月30日(土)・5月31日(日) 新潟・りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館 劇場
2026年6月2日(火) 神奈川・藤沢市湘南台文化センター 市民シアター
2026年6月4日(木) 広島・JMSアステールプラザ 大ホール
2026年6月6日(土) 兵庫・兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
2026年6月9日(火) 北海道・カナモトホール(札幌市民ホール)
2026年6月10日(水) 北海道・帯広市民文化ホール 大ホール
2026年6月11日(木) 北海道・北ガス市民ホール(北見市民会館) 大ホール

公式サイトはこちら

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