テクノ資本主義が席巻して格差が広がり、戦争すら身近に感じる社会で、人と人とのつながりを重視するコモンやケアの概念をどう浸透させるのか。斎藤幸平と小川公代が、希望の光を見つけるヒントを模索する

BY AKANE WATANUKI, PHOTOGRAPHS BY MIE MORIMOTO, EDITED BY MICHINO OGURA

画像1: 斎藤幸平×小川公代
コモンとケアで拓く未来

資本主義は損得で判断する社会。
それでは世界の複雑さは説明できない

小川公代(以下、小川) まず斎藤さんが上梓された『人新世の「黙示録」』のお話から始めていいでしょうか。とても興味深く拝読しました。この本の中でデジタル空間における「囲い込み」について、かなり踏み込んで論じていますよね。

斎藤幸平(以下、斎藤) ええ。GAFAMをはじめとするテック企業大手がデジタル空間上の知識も情報も囲い込み、あらゆる利益を総取りするような資本主義になってきています。ですが、現代においてデジタル技術は社会を支えるエッセンシャルなもの。その意味ではみんなが必要とする共有財、つまりコモンです。その空間にある知識や情報は私企業が囲い込んでいいものではない。本来は共有財であるべきものを独占して、金儲けのためだけに利用するのが資本主義ですが、結局それで人も環境も壊される。それをどう止めていくのかを、前著の『人新世の「資本論」』でも、続編である今回の本でもずっと問題にしてきました。

小川 私は英文学を研究していますが、文学研究者の立場からも、コモンを重視する斎藤さんの論には共感します。というのも、実は18世紀から19世紀にかけてのイギリス文学の背景にあるのが、産業革命の時代に行われた「囲い込み」(地主が農業者の共有地を柵で囲って私有にした土地制度変革)によって、いかにさまざまな業種の人たちの共同体が解体されてきたか、という点だからです。この共同体の解体の様子が文学でどのように描かれてきたかを調べながら、どうすれば、相互依存を重視する価値観を取り戻せるかを考える。つまり、それが、私のケアの研究の土台なんです。

斎藤 おっしゃるとおりで、コモンとケアは表裏一体なんです。みんなで共有するモノ、つまりコモンをケアしていくことで、人間の社会は維持されてきました。具体的に言えば、自然や環境をケアするとか、子どもをケアするとか、ですね。ところが、資本主義は結局、成長のためだけに生産をしていくので、そこでは考慮されないものが多すぎる。その結果、本来、生産を支えているケアや自然環境は蔑(ないがし)ろにされてきました。逆に言えば、コモンもケアもない経済というのは、独善的なわけです。

小川 最近、つくづく思うのは、近代という時代が独善的だったということ。個人が自己の自由や利益を追求できるようになった近代は、素晴らしい時代だったようにも思えますが、そういう利己的な近代的自己、つまりトランプ氏みたいな為政者が戦争を始めてしまうと、対抗できない。

斎藤 結局、個々の利益の追求に重きを置く近代において、利潤獲得競争の資本主義が全世界をおおうと、その顚末はやっぱり戦争になってしまう。

小川 そう考えると、利益を追求する利己的な資本主義に抵抗する概念としてコモンを運用するのは効果的だし、それを多くの人が求めていけば、最終的によりよい社会になるはず。そう思わてくれるこの本は、素晴らしい啓蒙の書と言えます。

画像: (左)『人新世の「黙示録」』 社会はますます過剰な資本主義に飲み込まれ、コモンの考えからは遠ざかる一方。そこから、かつて社会主義体制で行われた「計画経済」を見直し、現代に合わせてアップデートするという画期的な方法を見いだす。現代の苦境を乗り越えるための提言の書。斎藤幸平著/集英社 (右)『ゆっくり歩く』 母が難病と診断され介護が始まった。しかし忙しく生きてきた娘と、動きが制限され始めた母はペースが合わず衝突。お互いを尊重し合おうと、娘は文学の中の場面を引き合いに出して母を励ます。家族と歩んだ人生を振り返りつつ、ケア論を展開するエッセイ集。小川公代著/医学書院

(左)『人新世の「黙示録」』
社会はますます過剰な資本主義に飲み込まれ、コモンの考えからは遠ざかる一方。そこから、かつて社会主義体制で行われた「計画経済」を見直し、現代に合わせてアップデートするという画期的な方法を見いだす。現代の苦境を乗り越えるための提言の書。斎藤幸平著/集英社

(右)『ゆっくり歩く』
母が難病と診断され介護が始まった。しかし忙しく生きてきた娘と、動きが制限され始めた母はペースが合わず衝突。お互いを尊重し合おうと、娘は文学の中の場面を引き合いに出して母を励ます。家族と歩んだ人生を振り返りつつ、ケア論を展開するエッセイ集。小川公代著/医学書院

斎藤 ありがとうございます。ただ、この2年ほどのあいだ、戦争も気候変動も悪化の一途で私自身は深く絶望していたんです。明るい未来を描けない中で、絶望の先に何が見えるかを真剣に考えなければと『人新世の「黙示録」』を書き上げました。そこで提出した処方箋が、コモンとケアを重視した民主的な経済の計画です。計画というと日本では拒否反応が強いですが、絶望の続く時代には絶対に必要なんです。小川さんは最近の状況を見て、絶望したりしていませんか?

小川 絶望しています、マクロとミクロの両方のレベルで。マクロではトランプ氏がアメリカ大統領選挙で勝利して以降ずっと。今年2月の衆議院解散総選挙で自民党が圧勝してからは、さらに落ち込んでいます。ミクロのレベルでは、自著の『ゆっくり歩く』でも触れていますが、難病の母を介護している中で、社会的弱者といわれる人たちが受けられるケアの状況や、エッセンシャルワーカーの処遇について知れば知るほど絶望が深まります。この先、福祉を必要とする人がもっと増えるにもかかわらず、現政権は医療保険制度を改悪し、国民の負担を増やそうとしています。そしてその税金を戦争準備のために使いかねない。

斎藤 医療や介護もコモンですが、コモンを削っていく方向に歯止めをかけなくては。それも広く言えば、計画の一環です。

感情はマクロでは察知できないから
ミクロの声が聞こえる文学が必要

小川 斎藤さんが今回の本の中でも紹介している、NYのマムダニ新市長が打ち出す政策はまさにコモンとケアの復権ですよね。

斎藤 ええ。彼は、民主的社会主義者だと自称していますが、まさに民主的な計画を実践しようとしている。

小川 物価や家賃がとんでもなく高いNYで、保育を無償化したり、公営の食料品店を設置しようとしたり。社会を支える中流階級以下の人たちが生きやすい街を目指していて、NYの街に大富豪はいてもいなくてもいいというラディカルな姿勢です。

画像: 小川公代(おがわ・きみよ) 英文学者。上智大学外国語学部教授。1972年、和歌山県生まれ。ケンブリッジ大学政治社会学部卒業。グラスゴー大学博士課程修了(Ph.D.)。『ケアの倫理とエンパワメント』(講談社)、『世界文学をケアで読み解く』(朝日新聞出版)、『ゴシックと身体 想像力と解放の英文学』(松柏社)など著書多数。

小川公代(おがわ・きみよ)
英文学者。上智大学外国語学部教授。1972年、和歌山県生まれ。ケンブリッジ大学政治社会学部卒業。グラスゴー大学博士課程修了(Ph.D.)。『ケアの倫理とエンパワメント』(講談社)、『世界文学をケアで読み解く』(朝日新聞出版)、『ゴシックと身体 想像力と解放の英文学』(松柏社)など著書多数。

斎藤 ただコモンやケアの話は、ややもすると問題を個人と個人のミクロなものに矮小化してしまうところがありますね。たとえばコモンである水道や道路などのインフラをどうするかというのは、個々人が直接何かできる話ではない。マクロな視点がないままミクロな話だけで終わってしまうと、何も変わらない。だからミクロを支え、もっと大きな問題に対するためにも、マクロなヴィジョンが必要だと思いました。前著はミクロの視点だったので、新著ではマクロの話をしたくて。この資本主義の行き詰まりをどう論じるかを考えていて計画という言葉にたどり着いたんです。

小川 なるほど。そうだったんですね。

斎藤 新自由主義の呪縛にとらわれている限りは、戦争が起きても市場に任せておけばいいという話になってしまいますが、そうすると金持ちは不必要なものに浪費する一方で、貧しい人は必要なものが買えない。それを止めるにはエッセンシャルなものとは何かという判断基準をつくり、優先すべきものとそうでないものの優先順位を決めないと、一律のやり方ではさらに格差が広がる。それで、第一次世界大戦後の失業や貧困の社会の中で、社会主義者たちが提起した計画が必要なのではないかと。私たちは過去に行われた、そういう遺産を思い出すべきです。本当は計画がもつ意味を、もっとケアと親和性のあるものに変えていきたいんですけどね。

小川 わかります。だから使用価値(自然や水、ケアなど人間の生活に必要不可欠なもの)と交換価値(貨幣など市場原理が働く金銭的なもの)の話がここに出てくるわけです。今の社会ではなぜか、使用価値には生産性がないという前提が共有されている。それは文学にはない発想です。なぜなら文学者は使用価値のあるもの、エッセンシャルなものにこそ生産性があると言ってきた人たちだから。たとえば『ジェーン・エア』や『高慢と偏見』などを読むと、大概の女性主人公は結婚して子どもを産み、夫や子どもの世話をするというケア労働をしています。ケアを担う彼女たちの感情労働は、相手の感情を無視したら台なしになるので非常に時間がかかる。文学はそういう人間の置かれた状況や感情を、解像度を上げて言葉にしていく。私はそこに希望を見いだしたいんです。

斎藤 今ちょっと反省しました。私はむしろ逆のことをやってきたから。つまり、社会がアテンション・エコノミー(人々の関心を資源にする経済的価値)やコスパ、タイパ的なものに飲み込まれている以上、何かにたっぷり時間をかけたり、長いスパンで考察したりしている場合じゃないという方向に流されることもあって。ですので、使用価値的なものの本来のあり方を、もう一度拾い直すようなかたちで小川さんが文学を研究されているというのは、心に沁みました。

小川 うれしいです。

斎藤 戦争の時代に文学を読む意味について、どう考えていらっしゃいますか?

小川 今こそジョージ・オーウェルの『1984』や井伏鱒二の『黒い雨』を読んでほしいですね。とにかく戦争体験者の言葉を知らない人が多い。特に私たちの次の世代にはそういう人が増えていて、戦争が起こっても誰かが戦ってくれる、守ってくれると誤解している。でも、それは誰?という話です。改憲の話題も非常にリアル。さっきから私がずっとミクロのレベルで考える必要があると言っているのは、文学はミクロの声が聞こえてくるものであり、人間の感情や苦しみはマクロレベルでは察知できないと考えているからです。本当に大事なのは、ミクロレベルで他者の苦しみを感受する力なのだと思います。政策も文学も哲学も、ミクロレベルの問題や現実的な困りごとを理解することによって、新しい発想が生まれてくる。しかし、そのミクロとマクロがどう結びつくのか、そこがこの本で唯一引っかかったポイントです。

斎藤 そういうことでしたか。

計画や経済がもつ意味を、
ケアと親和的なものに変えたい

小川 今日いちばん言いたかったのは、斎藤さんは評価がいつ出るかわからないような大事な活動をされていて、そこが強みだということ。カール・マルクスの『資本論』は文学であり物語だと私は思っています。斎藤さんがこの物語を読んで中長期スパンで物事を考え、計画的な社会も必要ではないかという発想が生まれるのは、100年以上もの時を超えて考え続けてきた人たちの言葉を受け継いでいるからだと思っています。長い時間をかけて考え続ける、これが大事です。もう一つ、文学を読む意味を考えると、あわいについて考えてほしいということ。私たちがそれをできるようになるには、複雑な思考力を鍛え上げなくてはいけない。でも、現代人にとってそれはすごく苦手なことなんですよね。ここ数年、私は詩人のジョン・キーツが発明した「ネガティブ・ケイパビリティ」、つまり「不確実な中で答えを性急に出そうとしない」という能力の価値を広めようとしてきました。文学はその曖昧な世界を絶え間なく描いてきて、今ようやくそれが必要な社会になっているし、それができないと世界は崩壊するかもしれない。単純思考の為政者が力をもつ社会が変わるためには、国民全員が複雑な思考ができるようになるトレーニングが必要です。その一つの方法論として、文学や哲学などの人文知があると考えます。だから戦争が差し迫ったときほど、物語を読むべきなのではないでしょうか。

斎藤 物語が重要というのはそのとおりで、たとえばイーロン・マスクたちが、描こうとする世界を力で実現するストーリーには人を惹きつける力がある。他方で、今リベラルにはストーリーがないんです。物語がないと人は動かされないし、社会は変わらない。

小川 でもマスクが吹聴する物語はアテンション・エコノミーだから、人々を惑わせるシングル・ストーリー(単純化された話)ですよ。作家チママンダ・ンゴズィ・アディーチェは、わかりやすい話は危険だと言っています。複雑な問題を考え続ける耐力を育てるためにも、ポリフォニー(多声性)のある物語が広まってほしい。

斎藤 ポリフォニーは大切ですよね。資本主義はすべて価値の一元性に矮小化していくので、世界の多元性を扱えない。だから価値に頼らないものとして、計画を取り上げました。小川さんがおっしゃるとおり、自分の中にも多面性があるし、当然世界にもあります。そういうものをもっと扱えるようにする社会にしていくためには、今の行きすぎた資本主義のあり方をもっと見直していかなければいけないと思っています。

画像: 斎藤幸平(さいとう・こうへい) 経済思想家。東京大学大学院総合文化研究科准教授。1987年生まれ。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了(Ph.D.)。日本国内で50万部を超えた『人新世の「資本論」』(集英社新書)は、19言語に翻訳され、世界的ベストセラーとなった。

斎藤幸平(さいとう・こうへい)
経済思想家。東京大学大学院総合文化研究科准教授。1987年生まれ。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了(Ph.D.)。日本国内で50万部を超えた『人新世の「資本論」』(集英社新書)は、19言語に翻訳され、世界的ベストセラーとなった。

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