気鋭のデザイナーとアーティストが、それぞれの創作スタイルや互いのクリエーションへの想いを語り合う

BY AIMEE FARRELL, PHOTOGRAPHS BY MEL YATES, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

画像: アンセア・ハミルトンが 再考するケトルズ・ヤード』展(現在は終了)では、改装のために閉館中の「ケトルズ・ヤード・ハウス」から集めた、故ジム・エド氏の20世紀アート・コレクションの一部を公開

アンセア・ハミルトンが 再考するケトルズ・ヤード』展(現在は終了)では、改装のために閉館中の「ケトルズ・ヤード・ハウス」から集めた、故ジム・エド氏の20世紀アート・コレクションの一部を公開

アンダーソン
たとえばこのキモノ(英国の画家クリストファー・ウッドの絵に着想を得たハミルトンの作品)を見ると、作品自体に雄弁に物語る何かがある。だから余計なことを説明しなくていい。でもファッションは違うんだ。売って、ビジネスとして成立させて、ほかのさまざまな要求にも応じなければならないから。こうしたことに縛られない自由な人々やアーティストを見ていると憧れてしまうよ。

ハミルトン
私の場合、手がけた何かがひとつの意味にとどまらず、多面的な解釈をしてもらえたときに、ようやく完成したとか、成功したって思えるわ。ところで、ひとつ質問があるんだけど。あなたが“ラグジュアリー”という言葉を使うとき、そこにはどんな意味を込めているの?

アンダーソン

僕はラグジュアリーファッション・グループのLVMHと仕事をしているけど、この仕事を受けたとき、もうラグジュアリーなんて存在しないって確信していたんだ。だから僕なりの革新を続けているのさ。僕が心から敬愛する人々、たとえばベン・ニコルソン、バーバラ・ヘップワース、ヘンリー・ムーアといったアーティストたちについて調べてみると、どの人もモードとかかわりのある仕事をしたことがあるんだよね。過去を振り返ると、昔は物の価値、つまり金銭的な値打ちのためではなく、純粋にクリエイティビティを求めてコラボレーションがされていたし、創造性の高さそれ自体が称賛されていたんだ。もっとリベラルだったんだよね。でもここ30年のうちにこうした風潮が薄れてきてしまって。またあの頃みたいになればいいけど。

ハミルトン
やっぱり私は、ラグジュアリーについてゆがめられたイメージを描いていたのかも。

アンダーソン
1990年代にラグジュアリーの世界は排他的でエリート主義になったんだ。そしてファッションも迷路に迷い込んでしまった。クラフツマンシップや文化を忘れて、拝金主義に傾きすぎたせいでね。アート界にも同じことが起きたと思う。どれだけ高く売るかってことだけが大事になって。こんな考えを改めて、真にクリエイティブな発信をして、コミュニティや人々のことを考えていけば、何か見えてくるものがあるんじゃないかな。

ハミルトン
ファッションショーとは違って、アート展はもっと静的だけど、この展覧会を進行するうえで、あなたの仕事のやり方はファッションを扱うときとまったく違うのかしら?

アンダーソン
僕はパワーに満ち溢れたタイプだから、展覧会の仕事をするときは気を静めるようにしている(笑)。ファッションはムーブメント、つまり、つねに変化しつづけるもの。観客が触れて楽しめるあのロングニットを展示したのも、まさにファッションのこの性質を示したかったからなんだ。でもそもそも僕は、作品に触れられなくても、展示室を通り抜けただけで心を揺り動かすような、そんな雰囲気をつくり出したいんだけどね。

 

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