BY LINDSAY TALBOT, STILL LIFE BY ANTHONY COTSIFAS, TRANSLATED BY CHIHARU ITAGAKI
サルヴァトーレ・フェラガモが初めて靴を作ったのは9歳のときだ。家は貧しく、初聖体を迎える妹が教会で履く白いメリージェーンを買えなかった。彼は地元の靴職人から釘と糸とキャンバス地を借り、夜を徹して妹のために靴を作った。12歳になる頃にはナポリ東部の小村ボニートで自ら靴店を経営するように。5年後の1915年、彼は米国に移り、ほどなくハリウッドの映画スタジオやセシル・B・デミル監督のために靴のデザインを手がける。やがて、メアリー・ピックフォード、グレタ・ガルボ、ダグラス・フェアバンクス、ルドルフ・ヴァレンティノらが顧客として名を連ねた。
その後イタリアへ戻ったフェラガモは、1930年代にはもはやスター御用達デザイナーではなく、“発明家”となった。スチール製のシャンク(土踏まずのアーチをサポートする、中底の芯)を発明したり、サルディーニャ産のコルクを削ってウェッジヒールを生み出し、特許を取得。戦時中の物資不足でレザーが入手しづらくなると、セロハンやフェルト、麻や魚の皮まで、あらゆるものをアッパーに用いた靴を考案した。もっとも有名なのは、1947年に発表された「見えないサンダル」だ。大洋を渡る大型船の船尾をイメージした曲線を描く、高さ約7.6cmの木製ウェッジヒールは「Fヒール」と呼ばれ、そこに取り付けられたアッパーは透明なナイロンの釣り糸でできていた。
同ブランドのクリエイティブ・ディレクターを務めたポール・アンドリュー(註:今年5月で退任)は2021年春夏コレクションで、このアイコニックなデザインを、ヒッチコック映画のテクニカラーを着想源に復活させた(アンドリューは昨春のロックダウン中、ヒッチコック作品を一気見したそうだ)。バックストラップをなくし、ナッパレザーでFヒール全体を包み、ぐっとソフトでフェミニンなミュールが誕生した。「Fヒールはフェラガモにとって重要なもの。サルヴァトーレが発表した40年代には、非常に奇抜なデザインでした」とアンドリュー。「今も、この靴を履く女性はまるで空中を歩いているように見えるのです」
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フェラガモ・ジャパン
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