INTERVIEW BY LI SEN, TEXT BY YU ZHU, PHOTOGRAPHS BY WANG PENG, TRANSLATED BY CHIHARU ITAGAKI
ファッションブランドのアーカイブ展が観客に伝えるものとは、ブランドのヘリテージに加えて、他に何があるだろう? ブランドの宣伝素材が広く出回り、ブランドの歴史と文化がとめどなく交わり合い、モノであふれる世界がいつまでも拡大し続けるこの時代に、どうすれば独自のストーリーが描けるのだろう?
「ハイファッションにおけるブランドの歴史とは、世代間継承のことだと思っています」。上海からスタートするグッチの展覧会「Gucci Cosmos(グッチ コスモス)」の開幕前日にあたる4月27日、考案とデザインを手がけたエズ・デヴリンは記者会見に臨み、自身の考えをこう話した。「グッチの神話は、クリエイティブ・ディレクターやデザイナー、ブランドアンバサダー、そしてブランドの物語のみを通して維持されてきたのではありません。縫製、刺繍、ファブリックの裁断など、それぞれ専門の職人たちによって紡がれてきたものでもあります。それは世代を超えたコラボレーションであり、今回の展覧会ではそれを広く伝えられればと思っています」
「Gucci Cosmos」の展示室は8つ。その薄暗い空間を照らし出すのは、明るい白熱灯や床に丸く設置されたほのかなテープライト、上から光を当てるスポットライト、さまざまな模様を投影するダウンライトなど、それぞれに異なる雰囲気のライティングだ。展示の最後まで辿り着くと、観客は巨大な建造物のようなインスタレーションを目にすることになる。これはフィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のドゥオモを模したもので、上下対称になっている。
この「Gucci Cosmos」のデザインを担当したのは、英国出身の現代アーティスト、エズ・デヴリン。イースト・サセックス州ライで育ち、ブリストル大学で英文学を学んだのちに、ロンドンのセントラル・セント・マーチンズでアートを専攻した彼女は、1995年の卒業時にリンバリー舞台美術賞を受賞。最初に手がけた仕事は、ボルトンにあるオクタゴン劇場で行われた演劇『エドワード二世』の舞台演出だった。
音楽関係の舞台美術を最初に手がけたのは2003年、パンクバンドのワイヤーのライブだった。その後、カニエ・ウェスト、ビヨンセ、ザ・ウィークエンド、アデル、デュア・リパといった顔ぶれが彼女の顧客リストに加わった。さらに、2012年にはロンドン・オリンピック閉会式の舞台装置デザインを担当し、ベネディクト・カンバーバッチ主演の演劇『ハムレット』(2015年)の舞台美術も手がけた。彼女のアートワークの特色は、光や音楽、それに言葉やドラマティックともいえるシナリオのコンビネーション。デヴリンのパートナーである演出家のリンゼイ・ターナーはこう話す、「彼女がデザインするのは、その登場人物が機能するためのアイディアや思考の構造であり、枠組みなのです」。
デヴリンがファッションブランドと仕事をするのは、今回が初めてではない。2016年には、シャネルのためにロンドンのペッカムで公開されたインスタレーション作品「Mirror Maze(ミラー メイズ)」を手がけており、2022年にはサンローランの春夏メンズ・コレクションのランウェイのために、光輝く巨大な円環のオブジェを作成。そして今回、彼女は「Gucci Cosmos」の会場として、上海の工業用地にあるウェストバンド・アートセンター(西岸芸術中心)に、歯車や轍を連想させる環状の空間を作り出した。「コスモスとは、宇宙空間のことだけではなく、人間ひとりひとりの体内に広がる小宇宙と、その世界がどう作用しているかということも意味しています。この展示会場は、さまざまな宇宙を象徴的に描き出そうとしたものです」と彼女は独占インタビューで語った。
「Gucci Cosmos」のキュレーターを務めるのは、イタリアのファッション研究家であり評論家のマリア・ルイーザ・フリーザ。シルバーヘアの持ち主で、早すぎず遅すぎずのテンポで愛想よく話す彼女は、イタリアをはじめとするヨーロッパの各都市で、イタリアファッションにまつわる展覧会を数多くキュレーションしている。そしてそのかたわら、ヴェネツィア建築大学でファッションデザイン&マルチメディアアート学部を設立し、ファッション・キュレーションについて教えている。
2018年、グッチの前クリエイティブ・ディレクターであるアレッサンドロ・ミケーレは、フィレンツェにあるグッチ ガーデンのギャラリーで開催した展覧会の共同キュレーターとしてフリーザを招聘した。この展覧会は、テーマに沿って衣装や映像インスタレーション、アート作品、そしてグッチのアーカイブを展示するというもの。それぞれの展示室では、現在のデザインと過去のアーカイブ作品とを見比べることができた。フリーザは、時系列で作品を並べる展示方法は採用しなかった。そして作品や映像を、キーワードやテーマごとにキュレーションするのは、その仕事の中で「もっともやりがいがあって面白い体験」だったと話す。
グッチ ガーデン ギャラリーでの展示は、「Gucci Cosmos」のデザインにも影響を与えている。デヴリンとフリーザに話を聞いたこの日は、彼女たちが初めて顔を合わせる機会でもあった。それまで二人はずっとZoomで会話をしていたのだ。「二人でひとつのカーペットを織っているようなものです。彼女が糸を引くと、私が別の糸をひく。私が青い糸を渡せは、彼女が赤い糸を返してくるような」とデヴリン。
かつてフリーザは取材に答えて、キュレーションとは直観に基づいて想像することだと話した。「なぜならそれは、ファッションに関する新たな視点を作り出すことだから」。一方でデヴリンは、ブランドが受け継いだヘリテージとその再生産の形を展覧会で示すことで、人々が自らを知るきっかけになればと願っている。
「観客となる人々のことを真剣に捉える必要があると思っています」と、かつてデヴリンは語っている。「観客の知恵を過小評価してはいけません」
以下は二人の会話。
マリア・ルイーザ・フリーザ(以下MLF):私はフィレンツェのグッチ ガーデン ギャラリーでの展示をキュレーションしたことがありますが、当然ながら、グッチを語るにはつねに欠かせない要素があります。たとえば、グッチ ガーデン ギャラリーの構成要素のひとつに「動植物の世界」がありますが、このテーマは「Gucci Cosmos」の「Eden」のセクションで見せているものと同じです。このグッチならではのレガシーは、このふたつの展覧会を繋ぐものです。
面白いのは、毎回なにか新しい発見があること。たとえアーカイブに詳しくなったり、経験を重ねたりしたとしても、とにかく毎回違った視点で見ることになります。私たちは変化しているし、時代も変化している。そうすると見え方も変わってくるから、選ぶ物も異なってくるのです。
エズ・デヴリン(以下ED):そうですね、それについては古代ギリシャの哲学者であるヘラクレイトスの言葉が説明してくれそうです。「同じ川の流れには二度と入ることができない」。
MLF:その通り。なにより大切なのは、私たちの間のクリエイティブなコミュニケーション。それはワクワクするような挑戦です。あなたのような人と一緒に仕事をすると、プロジェクトに新たな視点を加えられます。あなたは率直な人だから、私はあなたがグッチに対してどんな複雑な印象を抱いているかに興味があります。
もちろん、私が展示したいアイテムを選ぶときに、あなたの価値観も考慮に入れたいと思っていました。それにあなたとの対話のおかげで、私は自分の仕事を新たな角度から眺め、過去の仕事を見直すことができましたよ。
ED:実際には、あなたのほうが経験豊富だし、アーカイブに触れていた時間も長いわけですが。私のグッチへの理解は、フィレンツェのグッチ ガーデンを訪れるところから始まりました。以前はパラッツォ・セッティマンニという名の宮殿だったグッチ アーカイブにも行きました。このすべてを1日で見て、すごく夢中になりましたね。
ファッションを別にすれば、私の仕事は神話や儀式、物語、集団的思考といったものに関係することが多いです。ブランドのどこに魅力を感じるかというと——実は「ブランド」という言葉は好きではないし、「ブランド」は問題点を説明する用語だと思っているのですが——、それはその原点です。そのブランドはどのように始まったのか? なぜその地で? みんなから支持されているのはどうして? まるでクリエイターみたいですね。私から見ると、すべては原点に行きつくのです。よく知られているように、グッチの創設者であるグッチオ・グッチは最初、ロンドンのサヴォイ・ホテルでエレベーターボーイとして働いていました。調べによると、劇作家でホテル創業者のリチャード・ドイリー・カートは、上階の部屋を高値で提供するためにエレベーターを設け、それを「上昇する部屋」と呼んだとか。
その赤いエレベーターは、ロンドンで最初の電動リフトで、速度はゆっくりでした。目的のフロアに着くまでに7分かかったそう。その7分間、荷物を部屋に運ぶのを手伝っていたグッチオ・グッチは、客たちが退屈しないように何をしていたと思いますか? 彼らのスーツケースについてあれこれ話をしていたのです。そう、こうして彼はスーツケースについて学ぶことになったのですね。
このストーリーに私は魅了されました。そしてあなたが先ほど触れた私のグッチへの印象は、さらに大きな物語を探そうとしたために複雑になったのです。私にとってグッチの物語とは、時間と旅行、収納とラゲージ、そしてそういった物と私たちとの関係性についての物語です。私はこの、人間とハンドバッグやスーツケースとの関係というのは、すごく面白いと思っています。誰しも、バッグの中に手を突っ込んで鍵を探した経験があるでしょう。この場合の収納とは、私たちの心や脳の延長なのではないかと思うのです。
これは、今回の展覧会で最初に思いついたのが「Portals(門、扉などの意味)」のセクションだった理由でもあります。この言葉は「入り口と出口」、つまりすべての始まりを意味します。ここでオーディエンスには明確な時間軸がもたらされます。
MLF:その通りですね。何より大切なのはアイテム同士の、そしてアイテムと展示テーマとの関係性であり、繋がりだと思っています。展覧会で示す時間軸は、オーディエンスに参考となる情報を提供するためのものです。
スイスのアーティストでキュレーターでもあるハラルド・ゼーマンは、かつてこう語ったことがあります。それぞれの展覧会は、単に物を寄せ集めただけのものではなく、新しいアート作品である、と。展覧会は、その環境や建築物、展示物との関係性、そして展示物同士の関係性に基礎を置く、有機的なユニットなのです。私はこの展覧会の見せ方は、グッチの歴史的なヘリテージを理解するのに役立つと思っています。ご存知の通り、グッチには深く長い歴史と伝統があるのですから。でもそれは、未来へ向けて絶え間なく続いていくものであり、つねにさまざまなクリエイティブ・ディレクターによって、再考され再解釈されるものです。ファッションはいつでも今この瞬間にあるもので、過去をもとに未来を実際に創造することのできる産業のひとつです。
ED:「Cabinet of Wonders」のセクションでは、呼吸を暗示しています。アーカイブは冷え切った無菌室のような死者の霊廟ではなく、生命をもち呼吸する有機体です。ブランドの核心部とはクリエイティビティであり、誰がクリエイティブ・ディレクターなのかは問題ではありません。一度マッチを擦って導火線に火をつけたら、そのアイディアは世代から世代へと、ブランドのクリエイティブ・ディレクターたちを通して伝わっていくのです。
MLF:展示するものを選ぶ際には、私にも個人的な好みや感性があります。著名な評論家のジョージ・キューブラーは、著書『The Shape of Time: Remarks on the History of Things(時のかたち:ものの歴史についての覚え書き)』(1962年)でこう書いています、「ある種のアーティストは先駆者になりきれない。そういったアーティストの作品が重要なのは、美学的な意味合いによるものではなく、その作品がある時代を内包するからだ」と。キュレーターの多くは、極めて美しくて目を引く服や作品を選びがちだと言わねばなりません。でもたとえばジョルジオ・アルマーニのような一部のデザイナーの服は、決して人目を引くものばかりではありません。しかし彼こそが、ある時代の人々のファッションに対する考え方を変えたのです。
この点から見て、グッチは重要な存在です。グッチが1950年代に発表したホースビットローファーは、よりセクシーで新しい、リラックスしたライフスタイルを示すシューズとして、当時すでに革新的なアイテムでした。1985年にはメトロポリタン美術館でも展示されています。1990年代、さらに柔らかい素材と、ピンクやブルーなどの明るい色でデザインした新バージョンのローファーを、トム・フォードが提案。男性たちはこういった靴を素足で履いていました。当時、これは革命だったのです。新しい男性らしさの象徴となり、男性らしさや女性らしさの概念を変えたのですから。
アレッサンドロ・ミケーレも、これを再解釈しています——ふわふわした素材を使ったモカシンとして。こういったことはすべて、ファッションの歴史だけでなく、私たちの生活にとっても重要なことです。ライフスタイルの変化に繋がっているからです。
ED:さらにつけ加えると、こういう言葉がありますね、「私たちはデザインし、そのデザインによってデザインされもする」。
私は、物を主役にするというのは面白い考えだと思っています。実際のところ、人間は自分たちこそが宇宙の中心だと考えがちですが、私は物を中心に置くことで、物にも力があるということを伝えたいのです。人類の発展の歴史は、脱・人間中心主義という進化の過程なのだと考えている人なら、(私の意見に)同意してくれるでしょう。
人類はかつて、自分たちが宇宙の中心だと考えていました。でもそれは間違いだとわかっています。同様に自分たちが太陽系の中心だと考えていましたが、それも間違っていました。そして今、私たちは人間が生物圏の中心だと思っています。でもどうでしょうか? 私たちは枝分かれした中の一種に過ぎないのです。一連の人間中心主義からの脱却の過程を通して、全世界を理解する必要があります。
あなたのキュレーション手法のおかげで、「Carousel」のセクションを鑑賞した人が、隣り合ったふたつの衣服が見た目の上で対照をなしていることに気づいたら、違う時代に作られたそのふたつを結びつけて考えるでしょう。1960年代の職人たちと、1990年代の職人たちは、その衣服を通して繋がっているのです。星くずで構成された私たちの身体が別の物質として生まれ変わるかのように、時の流れが次世代へと届けてくれるのです。この展覧会を見た後で、こういった物に対して新たな考えが生まれたなら幸いです。
MLF:もうひとつ伝えたいのは、ファッション展のキュレーションはいつだって難しいのだということ。衣服を展示するのは簡単ではありません。服を強調しつつ、店舗のショーウィンドウのようには見えないようにしないといけませんからね。
ED:展覧会と店舗の違いというのは、本質的なポイントではないでしょうか。今回の話で言うと、ブランドがどんな活動をしているのか? 経済的、商業的な活動を超えて、どんな文化的貢献をしているのか?ということです。経済と文化、どちらの活動もしていなければ、どんなブランドもそこまで成功できないはずです。さらなる価値がなければ、人々はこんなふうにお金を使おうとしないでしょう。
MLF:だからこそ私は、あなたの視点や空間デザインが、共生的で象徴的なプロジェクトを生み出すのに役立つと思うのです。たとえば私は、抽象的なマネキン像を使って衣服に命を吹き込みたかったのですが、その展示法についてはたくさんの問題点を考慮しました。うまくやらないと、取るに足らないものになってしまうからです。
私たちはみなお互いの仕事をリスペクトしています。私の担当パートについて考える際には、あなたの担当パートに共鳴させたい。それが先ほど述べた挑戦です。展示品を、あなたのデザインした環境と相補う形で見せたいと思ったのです。
ED:環境ということで言えば、私たちが今いる場所について取り上げるのも面白そうですね。ここは以前、飛行機工場だった場所です。そう、かつて実際に空を飛ぶ物を作っていた場所で、私たちは人々の想像力が空へ飛んでいくようなものを作ろうとしているのです。上から見下ろすと、この展覧会の会場は時計のように見えることと思います。まるで本物の機械のよう。これはファッションにおける産業的な性質や商業主義的な性質を暗示しています——ブランドもひとつの企業であり、ある意味で機械のようでもあります。
コスモスという言葉について言えば、それは宇宙空間のことだけではなく、人間ひとりひとりの体内に広がる小宇宙について、その世界がどう作用しているかということも意味しています。この展示会場は、さまざまな宇宙を象徴的に描き出そうとしているのです。私たちは回転し続けています。時計も回転しているし、時間も、惑星も回転しています。全てが回転しているわけですよね、そうでしょう? そしてそれは産業界も同じです。ブランドもまた産業界の一部であることは事実なわけで、そうでないふりをするつもりはありません。その二つ(創造性とビジネス)は、共存しているのだと言いたいのです。
違う言い方をすれば、想像力と経済のシステムについて取り上げているのです。この展覧会を見終えた人々、特に若い人たちに、どうしたらお金を貯めてこういう商品が買えるか考えてほしいわけではありません。こう思ってもらいたいのです、「こういうブランドが自分たちの神話を書き直し続けているように、私が自分の人生の神話を作っていくためには、どうすればいいのだろう?」と。自分自身の物語を語ること、自分の在り方に価値を見出し、その物語を記していくこと、それは生きていくための大切な理由になりますから。
※「Gucci Cosmos」は中国・上海のWest Bund Art Center(西岸芸術中心)にて開催中。会期は2023年6月25日(日)まで