BY MIKA KITAMURA, PHOTOGRAPHS BY MIDORI YAMASHITA
サクサクと崩れるパイの中に、甘くとろけるようにやわらかなねぎと、たっぷりのトリュフ。トリュフの濃密な香りに包まれたパイとソースを口に入れると、複雑で奥行きのある味わいに圧倒された。
コースのどのお料理も素晴らしいのだが、特に印象に残ったひと皿はこの、ねぎとトリュフのパイ包み。古典料理を紐解いて自分なりに解釈していくのも、シェフの料理へのアプローチのひとつだ。古くは肉や魚をメインに包んだが、この店のシェフ、信太竜馬さんは野菜を主体に。
主役のねぎは一夜干しにして味を凝縮させ、細かく刻んだトリュフを合わせる。さらに薄切りにしたトリュフをのせ、パイで包んで焼き上げている。焼きたてのパイを切ると、トリュフの芳醇な香りが立ち昇る。付け合わせは、モリーユ茸のソテーに、細切りにしたトリュフをたっぷりのせて。このトリュフは食感を楽しむため、生のまま。ひと皿の上に、トリュフの食感と香りを余すところなく楽しめる工夫が凝らされている。ソースは2種類。皮付き玉ねぎをオーブンで30〜40分焼いて焦がし、さらに2時間ほど煮詰めた、香ばしい焦がし玉ねぎのソース。もうひとつは、古典的なソース・ヴァンジョンヌ。フランス・ジュラ地方の白ワイン、ヴァンジョンヌとクリームに、バターを使わず、2〜3日かけて煮詰めた野菜のブイヨンをプラスすることで、重くなりがちなソースを軽快に仕上げた。
表参道「GYRE」の4階。ここにミシュラン1ツ星のフレンチレストランがあるのをご存知だろうか。オーナーシェフは信太竜馬さん。筆者は、2020年、最初の緊急事態宣言の少し前、開店直後の「エラン」に伺い、こんなにも見事に完成された料理を作る若い料理人さんがいるのかと驚いた。約3年後に再会した信太シェフの料理は、さらに進化を遂げていた。「オープン時はそれまでに学んだことを表現していましたが、いまは、自分のスタイルを見つけられたと思います」。
メニューはシェフおまかせのコース(2種)のみ。こちらの「Menu élan」は12皿。8皿が提供された後、20種類ほどを揃えたチーズプレートが登場。その後はお口直しのカクテル、2皿のデザート、小菓子と続く。“この店の、ひと皿” というタイトルには反するが、どのひと皿も甲乙つけがたく、せっかくのコースでもあり、もう少しご紹介しよう。
最初に必ず出されるスープ、その名も「アンチガスピヤージュ」。ガスピヤージュとは“無駄”という意味で、食品ロスをなくす運動の名称にも使われている。野菜の皮や根など、料理には使いづらい部分を2〜3日かけて煮詰めてスープに。その日その日で、使う野菜の味や香り、色合いも違うので、同じ味には2度と出会えない。このスープには、信太シェフの料理に対する姿勢が体現されている。
「スープドポワソン」、これも信太シェフのスペシャリテだと筆者は思う。中国料理にヒントを得て、フレンチでも度々登場する料理だが、信太シェフのそれは他と一線を画す。ウロコがビシッと立ち上がり、ザクザクとした食感が見事。しかも、身はふわふわ。
「煮詰めて水分を飛ばし、味を凝縮させるのがフレンチの手法です。炭の力で魚の余分な脂を落として味を詰めていくこの手法は、フレンチそのものだと思います」
鯛の身を器に盛り、お客様の目の前で、熱々のスープドポワソン(魚のスープ)をかける。
信太シェフの料理は楽しさにあふれていて、食べると心まで満たされるが、不思議とお腹は苦しくならない。「コース全体で味を完成させるように料理を組み立てています。最初のお皿で足りない味を、次のお皿で補います。例えば、酸味を入れないお皿の後に酸味を加えたお皿を、という具合です。チーズプレートまで楽しんでいただけるように、全体の味のバランスを考えています。エランのロゴマークは『円』です。コース全てを召し上がって円として完結するように料理を作っています」
「今は、料理を作れることがうれしくてしかたない」と言う信太シェフ。コロナ禍の苦しい時期もさまざまな研究や挑戦を続けてきたが、養蜂もはじめたそうだ。都会の自然循環の一助になればと、GYREの屋上で都市型養蜂にも取り組んでいる。昨年は1箱を採取してお客さまへの手土産にした。今年はビルの屋上数カ所に置いて10倍量の蜂蜜を、と意気込む。子どもたちの料理教室も開催し、次世代の食育にも力を注ぎたいと言う。
食に真摯に向き合い、テーブルの上ばかりでなく、地球環境にも目を向けつつ、日々進化し続ける信太シェフ。幸福な高揚感に満たされるその料理から、目が離せそうにない。
エラン
住所:東京都渋谷区神宮前5-10-1 GYRE4F
営業時間 : 18:00〜24:00(20:30 最終入店)
定休日:日・月
TEL.03-6803-8670
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