TEXT & PHOTOGRAPHS BY YUMIKO TAKAYAMA

ワイナリーの表の壁の看板
唯一無二のワインとの、衝撃の出会い
北海道は今や日本屈指のワイン生産地域。広大な大地と、冷涼で湿度が低い気候に可能性を感じて、ワイン造りをはじめる人が後を絶たないという。余市町の「ドメーヌ・タカヒコ」のような、世界的に高い評価を得ているワイナリーの誕生がきっかけとなって、世界が北海道のワインに注目しているといっても今や言い過ぎではない(京都でポップアップを行ったコペンハーゲンのレストラン「ノーマ」のソムリエのアヴァ・ミース・リストも、「北海道産のワインは魅力的なものが多い」と話していた)。

2023年に飲んだ「クマ・キッズ ブラン」。複数のぶどう品種をブレンド。毎年、ぶどうの品種やブレンドの割合、仕込み方まで変わることもあるそう
2023年の春、山形市内の酒店「酒屋源八」の店主・日下部昌樹さんが、食事会のときに飲ませてくれたのが「ドメーヌ アツシ スズキ」のワインだった。“ガオー!”と構えたファンシーなクマがエチケットに描かれていて、「軽めの白ワインかな?」とイラストの先入観から飲んでみたところ、フレッシュな果実の凝縮感とミネラル感、ピュアさもありながら、思わず背筋を正してしまうようなただものでないワインの佇まいに驚いた。
その後で、同じく“ガオー!”なクマのエチケットの赤を飲んだ時の衝撃もいまだに思い出せる。軽やかだけど熟した果実味、複雑なアロマを感じさせ、大地のようなおおらかさもあり、「こっ、これは本当に日本のワイン?」と、クマの顔をまじまじと凝視してしまったのだ。使用しているワインの品種はエチケットには書かれておらず、家に帰ってインターネットで調べても、「ドメーヌ アツシ スズキ」についての情報があまりなかった。唯一わかったのは、生産者の鈴木淳之さんは、前述の「ドメーヌ・タカヒコ」創立当時に畑や醸造を手伝っていたことがあること、ご本人も2014年に余市町で新規就農し、現在は奥さんとふたりでぶどう栽培から醸造、販売まですべて自分たちで行ってワイン造りをしていること、そしてナチュラルワインに近い造り方をしていることなどだった。

2024年初秋に行われた余市町でのイベントでの鈴木さんのブース
思いが強ければ願いは叶うもので、偶然にも2024年の初秋に鈴木さんご本人に余市町のイベントで会うことができた。翌年の春に札幌のワインショップのイベントで再び会えたときには、勇気を振り絞って「今度、お話を聞かせてください」とお願いし、収穫前の時期にワイナリーを訪ねることが叶ったのだった。
「ドメーヌ アツシ スズキ」のワイナリーへ

大きな樽2個と小さな樽30個ほど。ワインは樽ですべて発酵、熟成
訪れたのは8月お盆まっただなかの暑い日ではあったけど、スコーンと広がる青空の下、斜面にぶどう畑が広がっており、涼やかな風が通るので気持ちがいい。ワイナリーの作業場には小さなプレス機(ぶどうを圧縮する機械)と小さな樽が並んでおり、とてもコンパクトだ。
高山「ワインを造りたいと思ったきっかけはなんだったんですか?」
鈴木「札幌出身なんですけど、自然が好きで、よくキャンプをしたり、ドライブをしたりしていたんですね。妻がワインをよく飲んでいたので、ぶどう畑やワイナリーをまわるうちにぶどうが育つ風景など見るのが好きになって、ワイン造りに興味をもちました」
ワイナリーを訪ね歩き、ワイン造りを学びたいという意志を伝えたが、大抵、「大変だからやめたほうがいい」と言われた。すると、ある人から「余市でピノ・ノワールを植えてワインを作るひとがいるから訪ねてみたら?」と勧められ、訪れた先が、曽我貴彦が手がける「ドメーヌ・タカヒコ」で、なんとそのまま手伝うことになった。「普通だったら、“もうちょっとワインのことを勉強してきてから来て”と門前払いになっていたんでしょうけど、曽我さんもワイナリーを立ち上げたばかりだし、人手が必要だったんだと思います。本当に運がよかったです」(鈴木さん)


収穫前のぶどうだがすでにオーラを放っている(ように思える)
2014年に独立。現在の畑は2012年に前の持ち主が高齢のために手放したぶどう畑で、1989年に植えられたた品種(ツヴァイゲルト、ケルナー、ミュラー・トゥルガウ)が残っていた。それを鈴木さんは引き継いで育て、シャルドネやソーヴィニヨンブラン、ピノノワールなどを植えた。「できるだけ手を加えない自然なワイン造りがしたいという思いはありました。畑の前の持ち主は化学肥料や農薬、除草剤を使用する慣行農法でしたが、僕自身、有機栽培でぶどうを育てるなら、慣行農法も学ばないとならないと思っていたので、慣行農法から徐々に有機栽培へと移行していきました。有機栽培について自分の考えが固まったのは2017~2018年になってから。畑をすべて有機栽培にするまでにかなりの時間がかかりました」

垣根仕立てのぶどう畑。植えられている木と木の間が空いているところも多く見受けられるのも独特
“できるだけ手を加えない自然なワイン造り”というのは、鈴木さんのぶどう畑を見ると納得する。垣根仕立てなのだが、枝が長く伸びているものもあれば短いものもあり、自由奔放に枝先が伸び、根元の雑草も生え放題だ。だからといって、ほったらかしているわけではない。そんなぶどうの木を鈴木さんは毎日細部まで観察し、今、木のなかで何が起きているかを四六時中考えている。「春になったらぶどうの樹液が木の中を流れ始め、母枝の先端や枝の切り口から水のしずくが落ちるのを見ると活動を開始し始めたなと感じます。樹体に水分が満たされて発芽したぶどうの木の状況から“1週間後に花が咲くんだな”とわかる。ぶどうを取り巻く自然のサイクルは見ていると本当におもしろい」と、鈴木さん。「木に害虫がついてしまったときは、ぶどうの木が植物ホルモンを出すんですよ。すると害虫の天敵であるクモのような虫がそれをかぎとって集まってきて、害虫を食べてくれる。そういった植物の自然のサイクルは大事にしたい」と、楽しそうに話す。
「畑作業がご自身に合っていたんですね」と伝えたら、「合っているか合ってないかって聞かれたら……人のせいにできないのでその点は合っているかな」と笑い、「あとは、あまり人と関わることがない点も」とつぶやいた。

ぶどうの生育を確認する鈴木さん
鈴木さんから聞いてびっくりしたのは、「僕にとって、ワイン造りをする上でぶどうの品種が何かはそんなに重要じゃない」と話していたこと。「もともと畑に植えられていたぶどうを中心にワインを造っているし、ぶどうの品種がなんであれ、おいしいワインになる自信がある。僕が一番大事にしたいことは、この畑の環境や畑作業、そして畑に関わる人。最近ではそういった人間模様をワインに落とし込めるような造りをしたいと思うようになりました」
実際、同じぶどう品種であっても、畑が違い、造る人が違ったらワインはまったく異なる味になる。ぶどう品種をブレンドしてワインを造るのは、単一品種で造るのとはまた異なる技術や感性が必要だ。鈴木さんは醸造家として卓越しているのは言うまでもないけど(しかも難易度の高い野生酵母で樽発酵・樽熟成している)、ワイン造りのいわゆる教科書的なところとはまったく異なるところを見ているのだ、と感じた。
誰かの真似をするわけでなく(「誰かの真似はカッコわるい」と鈴木さん)、何かに迎合するわけでもなく、一日中、畑と向き合い、独自の信念によって行動する。ワインのキュべひとつとっても、毎年同じぶどう品種で造る訳ではないらしいし、仕込み方も必要ならば変えているらしい(そんな生産者を私はほかに知らない)。つまり、年によって味わいが大きく異なる、ということも起こりえる。ワイン造りに対して実直でありながら、型破りでもあるのだ。
鈴木さんが目指す高みはきっと未知の領域だと思うけど、ワインを通してその挑戦を知ることができると考えると、ワクワクしか感じない。問題は生産数が少ないのでなかなか出合うことが難しいこと。1杯でいいから鈴木さんのワインを飲める機会に恵まれますように!と強く願うのだった。

キュートなエチケットが目印の「ドメーヌ アツシ スズキ」のワイン。ラベルのキャラクターにはモデルがいる。亀は鈴木さん、うさぎは奥さん、熊はちいさな娘さんたちだそう。あとフーテンの寅さんをイメージした、「旅おじさん」キャラもいるらしい
高山裕美子(たかやま・ゆみこ)
エディター、ライター。ファッション誌やカルチャー映画誌、インテリアや食の専門誌の編集者を経て、現在フリーランスに。国内外のローカルな食文化を探求することがライフワーク。2024年8月に、東京から北海道・十勝エリアに引っ越してきたばかり
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