BY TAKAKO OHARA
春、しだれ桜が美しい円山公園、夏、祇園祭でにぎわう八坂神社と、京都の観光の中心地ともいえる祇園八坂エリアにこの春オープンした宿「そわか(SOWAKA)」。位置するのは観光客の絶えない八坂神社南門の通り沿いだが、暖簾をくぐり石畳の路地を進むと、静寂に包まれた別世界が待っている。
この場所は、もとは100年の歴史を刻む老舗料亭で、料理のおいしさとともに数寄屋建築の見事さから、国内外の多くのVIPを迎えた名店であった。その後、建物は解体の危機に瀕したが、優れた数寄屋大工の技が随所に施された建築の文化的な価値を理解する現所有者によって、京都の宝ともいえる建物はそのままに、幸いにも宿としてよみがえることになった。現在、多くの歴史的文化的な建造物が経年劣化や相続などの理由から取り壊され、姿を消している京都にあって、この改修および再生は京都人を喜ばせている。
大正後期から昭和初期に建てられた数寄屋建築は、11室の本館客室に改装された。この設計を託されたのは、伝統的な町家改修に豊富な実績をもつ「魚谷繁礼建築研究所」。だが食事を楽しむ客をもてなす料亭の構造を、滞在者を迎える宿に改修するのは至難の業だったという。宿の客室に不可欠な風呂やトイレの水回り、完全なプライベート空間を確立する設計は、すなわち建物の構造全体を構築し直す作業である。安全性を高めるため、耐震補強も求められた。
構想から2年以上を費やして完成した宿は、数寄屋建築の品格ある趣を保ちながら、現代人が快適に過ごせる機能性を有した極上の宿となった。更地にして新たに建築したほうが、工事費用はかなり抑えられたと聞く。しかし、あえて費用をかけても、今では手に入らない匠の技を残した所有者の思いは、本物の京数寄屋に過ごす歓びを滞在客にもたらす極上のもてなしといえるだろう。
かつて賓客を迎えた料亭の座敷は、床の間、欄間、天井など随所に職人の技がふんだんに施され、それぞれ異なった趣向が凝らされている。客室も、広さや構造、光の入り具合や庭の見え方など、ひとつとして同じ間取りのない個性豊かな造りとなった。連泊のゲストやリピーターの中には、一泊ずつ別の部屋に宿泊を希望する人もいるというのもうなずける。
今回の改修では、現代の数寄屋建築の技も随所に取り入れられた。たとえば大広間を改装した客室には、壁一面に木材の表面を手斧(ちょうな)で削る「擲り(なぐり)」という伝統の技法が使われている。まさに時代を超えた匠の技の共演だ。
全室に大きめサイズのベッドが置かれ、和風の宿ながら、滞在中いつでも休むことができるホテルのような使いやすさも備える。京都の寝具メーカー「イワタ」のベッドは、スプリングやコイルではなく、ヤクやキャメルなどの毛を使った布団のような特別製のマットを採用。体をやさしく支え、快適な眠りへと誘ってくれる。
数寄屋建築の本館に隣接して、新たに建設されたモダンな新館は、シンプルなしつらえの中に京町家のような風情を漂わせる全12室。天井から床までの大きなガラス窓から庭を望む客室や、東山の景色を望む部屋、開放的なバルコニーのあるメゾネットタイプなど、こちらも個性豊かな部屋が揃っている。
ゲストをもてなす料理は、2008年から10年連続ミシュランガイドの星を獲得した実績を持つ東京西麻布の名店「ラ・ボンバンス」がディレクション。日本料理の伝統を踏まえながらも、オーナーシェフ岡元信氏の斬新なアイディアと確かな腕から生み出される創作料理は、すでに多くの国内外のVIPを唸らせている。京都という日本料理の本拠地への進出を担うのは、料理長の瓜守忠彦氏だ。京都をはじめ関西のさまざまな日本料理の名店で腕を磨いた実績と経験が、ここ「ラ・ボンバンス 祇園」でも発揮されている。
食前食後のひととき、バーでグラスを傾けようか、それとも夜風を楽しみつつ祇園に飲みにでかけようか――。そう、ここは京都情緒あふれる祇園八坂エリア。一歩宿を出れば八坂神社にともる灯りが見え、いっそう旅情が誘われる。インドのサンスクリット語で「幸あれ」という意味の「SOWAKA(そわか)」。その名の通り、ゲストに日本の美という幸福を存分に味わわせてくれる宿である。
「そわか(SOWAKA)」
住所:京都市東山区下河原通八坂鳥居前下ル清井町480
電話:075(541)5323
料金:本館11室(離れ1室を含む)デラックス<50㎡>¥60,000~ ほか
新館12室 デラックス<44㎡>¥64,000~ ほか(すべて消費税・サービス料別)
交通:JP「京都駅」からタクシー約15分
公式サイト