BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA
大分市街から車で約20分。かつての豊後国の中心を流れる大野川の南の出入り口として交通の要だった「戸次(へつぎ)」というエリアに辿り着く。日向街道筋の在郷町として繁栄した歴史ある建物で、暮らしに溶け込むサスティナビリティを見つけた
《SHOP&EAT》「量り売り からはな百貨店」
上質な食材を少しだけ、旅先で知る暮らしの適量
日々の食生活でフードロスを減らすことは、サスティナブルな暮らしを等身大のスケールで実現できることの一つだ。頭では理解していても、いざ大型スーパーマーケットなどに出向くと、「あったら便利」を枕詞に、いつ出番を迎えるかわからないものや使いきれない量をカートに入れてしまう。こうして賞味期限を過ぎたものを捨てることへの罪悪感が麻痺してくる。そんな都会での暮らしのルーティーンを、少し立ち止まって考えることができるのが「量り売り からはな百貨店」である。
「毎日の買い物で、一人でも多くの人が楽しく続けられるゼロ・ウェイストとプラスチックフリーの場を提供したい」と語るのは、店主の井藤優子さん。10年以上に渡たって、環境課題に取り組んできた経験を生かし2022年5月に常設の店舗としてオープン。地球への優しさが行き交う場となったのは、明治33年築の国立旧二十三銀行だった木造建築である。木枠の引き戸を開けると、小規模生産の野菜をはじめ、スパイスや出汁の素材、味噌や塩、醤油などの調味料、小麦粉やパスタにお芋チップスの果てまで……幅広いアイテムが整然と並ぶ。家族構成やその日のメニューに合わせて「適量を購入する」というデフォルトが、ここには無理なく浸透している。焼きあごは3本、干し椎茸を2個、イチゴを5粒……パッケージングされていない、自分の適量を考える好機となりそうだ。
住所:大分県大分市中戸次4343-1
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《SHOP》「川の駅 戸次」
名人が手がけるローカルフードを発掘
旅先で名物を食すことはもちろん、その土地にしかない食材を見つけることも大人の旅の醍醐味だ。大野川沿いに店舗を構えるこちらは、「道の駅」ならぬ「川の駅」。一ヶ月に約400軒もの農家が出入りし、各々の収穫時期や時間帯に合わせて野菜を搬入するため、曜日や時間帯に関わらず瑞々しい品が揃う。ラベルには、直売スタイルならではの生産者の名前が記されており、アイテムごとに名人なる存在が。「薩摩芋なら甲斐まりこさん」、「いちごは安達一男さん」など……それを目当てに市内の遠方からも買い物客が訪れるほどだ。取材に訪れた頃には、珍しい「田せり」が旬を迎えていた。水耕栽培にはない滋味豊かな香りが特徴と知り、その調理法を伺うと、軽く茹でて胡麻や塩と合わせてご飯に混ぜる「せりご飯」がお勧めとか。こうして、地元のレシピを発掘できることも一興である。
「川の駅」では、野菜に限らず加工品や惣菜にも土地の個性が表れている。その一つが戸次の名産である牛蒡だ。大野川沿いのミネラルを豊富に含んだ肥沃な土壌を生かし、牛蒡農家のビニールハウスが軒を連ねる。香り高く甘みさえ感じる深い味わいは、今までの牛蒡の概念が覆るほど。その牛蒡と大分の地鶏を炊き込んだ郷土料理が鶏めしである。中でも昔ながらの鶏めしのレシピを守る「吉野鶏めし保存会」が作るおにぎりは、午前中には売り切れるほど人気が高い。さらに、地元では「サンチー」という愛称で親しまれている「三角チーズパン」や名物の酒まんじゅう「ばっぽ」まで。ここは、まさにローカルフードの聖地と呼べる。
住所:大分県大分市下戸次1538-6
電話:097-597-1557
《SHOP&EAT》「帆足本家 富春館(ふしゅんかん)」
眼福と口福を満たす、現代の文人墨客のサロン
日向街道に沿って、広大な敷地を構える帆足本家。豊後の地を収めていた大友氏との主従関係を結び、戸次に居を構えたのは天正14(1586)年にまで遡る。400年以上の歴史を誇る旧家にもかかわらず、ここは旅人を垣根なく受け入れる軽やかな風が吹き抜けている。その理由を辿ると、この館の文人墨客のサロンとしての顔が見えてきた。酒造りを生業として財を成した代々の当主は、パトロンとして多くの芸術家の芽吹きを見送った。江戸時代後期にその名を馳せた、南画家の田能村竹田(たのむら・ちくでん)もその一人だ。帆足家に幾度も逗留し、後に国指定の重要文化財となった南画も残している。「気鋭の芸術家が往来し多様な文化が交差した、往時の賑わいを現代に甦らせたい」。その思いから、再びこの館に明かりを灯したのが現15代当主に嫁いだ帆足めぐみさんである。居住空間を改装し、日本古来の衣食住を継承する人とモノが行き交う空間として、2001年に「帆足本家 富春館」が幕を開けた。
「帆足本家 富春館」には、様々な見所が点在する。臼杵の名棟梁である高橋団内によって随所に技を凝らした母屋や、釘が1本も使われていない昭和12年築の離れなど……様式美が残る建物は「ギャラリー富春館」へ。日向街道に面した蔵はレストラン「桃花流水」や菓子処「一楽庵」、「LIFE&DELI」へと姿を変えた。「開かずの間に眠っていた磁器や漆器は磨きをかけてレストランで利用。祖母の箪笥は陳列棚に造り変え、母の帯は壁のアクセントクロスとして活かしました。簡単に処分してしまうのではなく、ほんの少しデザインを加えるだけで新たな価値が芽生える。外から嫁いできたからこそ、建物の個性や何気ない物の美しさに気づくことができたのかもしれません」と帆足さんは語ります。
用の美を“パッチワーク”のように組み合わせた独特な館内を巡った後はグルメ探訪へ。敷地内のレストラン「桃花流水」のメニューは、なんと「発酵ごぼう弁当」のみという潔さ。キッシュや豆腐、筑前煮から1本揚まで、香り高い牛蒡の滋味が様々に姿を変え、舌を楽しませてくれる。さらに、山のチーズと呼ばれる有精卵の醤油漬けや豊後鶏肉のチリソースなど、良質な素材を厳選した10品以上が重箱に凝縮。圧力鍋で炊いた玄米と小豆を約3日間かけて発酵させる発酵玄米も添えられ、箸が迷うほどいずれも甲乙つけがたい。口福の記憶は、再びこの場所を訪れるのに十分な「言い訳」となることだろう。
住所:大分県大分市中戸次4381
電話:097-597-0002
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