BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA
美食を求め心して訪れたときよりも、無防備に訪ねて意表を突く美味しさに出会ったときほど大きな感動が得られる──。今回ご紹介する食体験は、まさに後者のごとし。この地に移住してきたオーナーによる、三者三様のセンスが光る自慢の一品を、心地よい空間で堪能したい。
《EAT》「sundaysfood」
旅先の“よき一日”をつくる“よき一皿”
旅から戻ると、何日かはその余韻を引きずっている。漠然とした思い出の合間に、はっきりと形になって浮かんでくるのは土地の空気感と食べた物の記憶だ。「あの人参のピューレには何のスパイスを使っているのだろう」とか「フォカッチャは香り高かった」とか「こぼれ落ちたパンくずと溶け合う木の床が印象派の絵画みたいだった」など……。食べた時の情景を思い出しているうちに、場面がつながって旅の輪郭が色濃く浮かび上がる。「sundaysfood」で過ごした時間も、日常の中でふと蘇る美味しい記憶のひとつ。「アボカドチーズトースト」の香ばしさを記憶の引き出しから取り出すと、かつて資材置き場として使われていた木造平屋建ての小屋に風と光が行き交う、清々しい空気感に包まれる。
オーナーでありシェフの大給亮一さんは神戸の出身。ブティックやレストランを中心にフラワーディスプレイを手掛ける仕事に就いたのち、お好み焼きと独創的な料理をカウンターで振る舞う店を始めて話題となる。7年前に家族とともに山梨へ移住し甲府で飲食店をスタートさせ、2021年に現在の店舗を構えた。朝8時半のオープンと同時に賑わいを見せ、週末ともなると行列ができる人気店となった。
メニューに連なるのは、今でもお好み焼きを看板に自家製のパンやスイーツ、個性豊かなナチュールワイン、現地買い付け豆をオリジナル焙煎で提供する甲府の「AKITO COFFEE」の香り高い珈琲。「どんな人でも入りやすいように、間口が狭くならないようにしたかった」と大給さんが語るように、料理のランナップも空間も、包容力の広さを感じる。壁には「ここは、田舎の“小屋”です。特別なものは、ございませんが、人の話し声、スプーンと食器がかさなる音、風や雨の音、土の匂いなど、“よき1日”になるものは揃っています。特別な日も、普通の日も、ゆっくりとお過ごしください」というメッセージが貼られている。この言葉こそ、何度でもここを訪れたくなるのに十分な理由といえる。
住所:山梨県北杜市高根町五町田1227-1
電話:0551-88-9011
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《EAT&BUY》「MANGOSTEEN HOKUTO(マンゴスチン ホクト)」
美酒美食を堪能する迷宮食堂
美味しいものは無条件に人を幸せにするが、珍しい食べ物は未知の冒険をするかのように人をワクワクさせる。2022年の秋にオープンした「MANGOSTEEN HOKUTO」は、そのどちらも満たしてくれる店である。インダストリアルな建物には、3つの機能が共存。自社輸入によるメキシコのクラフトスピリッツ“メスカル”を扱う「万珍酒店」、クラフトビールの工場としての機能を持つ「万珍醸造」、そしてビールとの相性も抜群の食堂「万珍包」。いずれも万(よろず)珍しいものに出会えるという意味を込めて「万珍(まんちん)」という名前を掲げている。一見すると飲食店とは思えない空間は、向かって左手に同店オリジナルのクラフトビールが納まったリーチインを据え、右手にはポップなラベルを纏ったメスカルのボトルがずらり並ぶ。入り口正面のステージを登ると、その奥には大きなステンレス製の醸造タンクが鎮座。地図のない探検をするように奥へと進んでも、一向に食堂らしき場所は見当たらない……。
実は、こちらの建物は前編で紹介した現代アートギャラリー「GASBON METABOLISM」と同じ敷地に建つ。カメラの三脚メーカー「ベルボン」の元工場で、社員食堂があった棟をリノベーションした。内側からは迷路のように見つけにくいが、建物を出て裏手に回ると食堂「万珍包」の小さな入口が目に止まる。ペパーミントグリーンの壁に、レトロな赤いテーブルや椅子は、当時のまま。気取らずに、珍しい酒と料理を味わうための完璧な舞台装置のようだ。
ここで是非とも賞味したい一品は、ビールを製造する際に残る麦芽を皮に練りこんだ「蒸餃子」である。香ばしく、もっちりとした琥珀色の皮に包まれている具材は、「豚肉と発酵大根」「鹿肉味噌漬けごぼう」「春菊と葱」「鶏肉と柚子と発酵大根」の4種類。中の具材にしっかりと味がついているため、まずは何もつけずに一口。味変を求めるなら、自家製の唐辛子味噌と黒酢で楽しみたい。食材の珍しいマリアージュを、冷えた缶ビールで流し込む。まだまだ、日本には未体験の美酒美食があるからこそ、「日常にない、どこか」を求める旅はやめられない。
住所:山梨県北杜市明野町浅尾新田31-1
電話:0551-45-6773
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《EAT》「コジシタ八ヶ岳」
森の異空間で味わうオイスター尽くし
旅に出たら、その土地のものを食すというのは美味しいものに辿り着く鉄則である。だが、流通の発達している今の時代、いつでも、どこにいても上質な食材は手に入る。大切なのは、それを扱う“人”なのだと「コジシタ八ヶ岳」を訪れて確信する。笑顔で迎えてくれたのは、森田信子さんと娘の夕季さんだ。森田さんは、牡蠣のスペシャリストとして麻布十番で人気のオイスターバー「コジシタ」を経営。全国各地に加え世界にも独自のルートを築いてきたキャリアから、季節ごとに最適な産地から上質な牡蠣を仕入れてオイスターファンを虜にしてきた。海水の状態が牡蠣のクオリティに大きく影響することから、海域や生産者を厳選し、安全な牡蠣を提供することにこだわる。そのハイレベルな牡蠣を求め、周辺の別荘に滞在する美食家の間でも話題となり、麻布時代の常連までが店を訪れる。
自慢の生牡蠣はもちろん、クリーミーな牡蠣フライも甲乙つけがたい。さらに、東京で行列のできるキッチンカーを手がけていた、夕季さん自慢のエスニック料理も看板メニューの一つ。生牡蠣を白ワインで流し、オイル漬けでもう一杯……。カキフライを注文する頃には、そろそろ、ここが山の中だということを忘れてしまいそうだ。絶品の牡蠣を振る舞う「コジシタ八ヶ岳」のもう一つの顔は、器の店「iito(イイト)」を併設していること。自分たちの料理を引き立てる器を探し求める中で、数々の作家と出会い器を扱う展開へと発展した。料理と器の幸せな関係を、旅から戻った日常でも体現したくなる。
住所:山梨県北杜市大泉町西井出8353-1
電話:0551-38-3070
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