BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

光を刻むように窓を設えた「KUSA.喫茶 自家焙煎COFFEE+PAN.」
《CAFÉ&BUY》「KUSA.喫茶 自家焙煎COFFEE+PAN.」
言葉の降り注ぐ深煎りコーヒー

ゆっくりと湯をおとす姫野氏
プロローグは、昨秋訪れた結城の「cafe robinet」へと遡る。店自慢のスペシャリティコーヒーは、「TRAD」と名付けられた鋭角な奥行きと透明感が溶け合った深煎りの一杯。そのコーヒーを生み出している焙煎人こそが「KUSA.喫茶 自家焙煎COFFEE+PAN.」の姫野 博氏だ。優しい陰影が忘れられず、今回の旅先の筆頭に連ねた。
名もなき草むらを整地して建てられた所以から、「KUSA」と名付けられた店は、街道から少し奥まって立つ。アイボリーの外壁に包まれた建物の横顔を眺めながら、さらに奥へ進むと、ポツリと呟いたような小さなドアが現れる。

冬の午後、温かなコーヒーを求めて

木漏れ日が投影する陰さえも美しい
ドアを開けると、コーヒー豆を焙煎する熱気が高い天井にまで立ち込めていた。外光を抑制したアンバーな照明のもと、スモーキーな空気に屈折する微かな光がなんとも幻想的。インスピレーションソースが“海辺の修道院”と聞いて、目の前の光景に納得する。10代の頃から心のサードスペースとして喫茶店を拠り所にしていた店主の姫野氏は、独学でコーヒーの焙煎を学んだ。深煎りコーヒーのレジェンドとして知られる喫茶店に通いつめ、カップの内に秘めた哲学に耳を傾け続けた。
辿り着いた自家焙煎のコーヒーは、シングルオリジンの豆を中心に、約12〜16種類が揃う。理想のフレーバーを生み出す相棒は、焙煎人の技術と繊細な勘所が問われるフジロイヤルの直火式とディードリッヒの半熱風式という2台の焙煎機。火の入る一瞬を読み解き、豆の個性を自分の言葉に翻訳して細密な美学を注いでいる。

店のオープンは水曜日と土曜日、月に一度の日曜日のみ。水曜日は豆の販売に限る

喫茶室は土曜日のみ。深煎りコーヒーに、奥様の優子さんが焼いたクラシックなパウンドケーキが静かな幸福感を添える。4月以降、オープン日が増えるため要問い合わせ
姫野氏がつむいだ自家焙煎のコーヒーは、前衛的かつリリカルな言葉に満ちている。たとえば彼の地で最初に味わった「TRAD」は数種類の深煎りの豆を、日々調整を重ねながらブレンド。深さの中に抜け感があり、後口に複雑な余韻が立ち込める。その体感を姫野氏は“10数年の時を経た聖なる水のような深煎りブレンド”と表現し、ラベルにも記した。喫茶室を祈りの場に見立て、焙煎機の奏でる鎮魂歌を伴奏に、コーヒーの物語を奏でているようだ。
この日オーダーしたのは、「アンダーグラウンド」という名の最も深煎りのブレンド。その場の気配も一緒に吸い込むように味わうと、スモーキーな漆黒の味わいに、一筋の安堵感が差し込んだような感覚に。目には見えない密やかな言葉を抱きかかえたコーヒーが、私自身の人生にピタリと重なり、まるで難しい哲学書が、すっと腑に落ちたような心地よさ。こんな風に原稿におこさず沈黙の中で味わっていたい──というのが、実のところ本音である。

増設した焙煎室の外壁にも、姫野氏の言葉が降り注ぐ
住所:千葉県長生郡長生村一松乙1987-14
電話:0475-32-5600
公式サイトはこちら
《CAFE》「Overview Coffee Ichinomiya」
太陽と海風の中で味わう浅煎りフレーバー

巨大な岩石を嵌め込んだようなエクステリアのカウンター
内なる自分と見つめ合う前述の「KUSA.喫茶」とは対照的に、気持ちを外界へと解き放つようなカフェが「Overview Coffee Ichinomiya」だ。訪れたのは朝食どきの、朝8:00。コーヒーとデリプレートを待つ間、暖かな小春日和の光に包まれながら、この土地の自然と繋がるような感覚を、ファースト・インプレッションで受け止める。海辺の街に流れるフレンドリーな空気や、開放的な建築的要素に加え、「Overview Coffee」というコーヒーメゾンのマインドが運ぶ“地球を見つめる優しさ”が息づくためだろうか。

無機質な空間を冬の太陽が穏やかに照らして

焼き立てのパンとともに、スタッフが好きなものを盛り込んだ野菜中心のデリプレートを味わう
気候変動を解決し、美味しいコーヒーが飲める未来を築きたい──。そんな思いから、プロのスノーボーダーであるアレックス・ヨーダが、2020年に米国ポートランドで立ち上げた「Overview Coffee」。翌年には日本でも展開された。コーヒー豆は本国から焙煎したものを取り寄せるのではなく、日本で扱う豆は瀬戸内海に浮かぶ瀬戸田にて焙煎することを信念としている。さらに「焙煎はローリング社の15kgの焙煎機を使っています。その理由は、ほかの焙煎機と比べ75%のガス削減ができるためです」と日本法人の代表を務める増田啓輔さん。焙煎という日々の営みにおいても、地球環境に対して少しでもポジティブなインパクトを残したいというミッションを貫く。目指す味わいは土壌がもたらすテロワールを感じること。本国と同じ豆に加えて、エチオピアなど6種類を厳選し、毎日飲みたくなる浅煎りのコーヒーが、ここ一宮にも届けられている。

店内にパン工房を設けて焼きたてを提供

Overview Coffeeのフィロソフィーのもと、選び抜いたオーガニックワインが揃う。太陽を仰ぎながらグラスを傾けられるのは旅の醍醐味
一宮店ならではの魅力は、東京・練馬からパンとワインと食の楽しさを発信している「コンビニエンスストア髙橋」のレシピに基づいたデリが味わえること。同店で修行をしたパン職人が常駐し、“化粧をせずに、素顔で美味しいパン”を掲げ、自然の酵母や麹などの菌を用いたパンを日々焼いている。この日、朝食にオーダーしたのは、フムスやクスクス、ファラフェルなどのエスニック料理と、地元のファーム直送のたっぷり野菜、2種類のパンを盛り合わせたデリプレート。朝ごはんには十分すぎるボリュームかと思いきや、スパイスの魔法のせいか胃袋へ軽々と吸い込まれた。
腹ごなしに海までひと歩きしようと向かう手には、ちゃっかりとドーナツと本日2杯目となるコーヒーが。九十九里海岸を抜ける海風に身を置くと、日々が、この上もなく新しく更新されていくようだ。清々しさが満ち渡った朝となった。

シナモンドーナツと果実味のあるコーヒー「アフリカ」を散歩のお供に
住所:千葉県長生郡一宮町一宮字東台場10144
電話:080-4876-3692
公式サイトはこちら

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。
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