美味しい“食”に満ちる土地には、必ずや美酒があるに違いない。食いしん坊の直感と聞き込みをもとに訪れたのは、造り酒屋とワイン畑である。豊かな風土に彩られた日本に存在する独自の「地方カルチャー」= “ローカルトレジャー”を、クリエイティブ・ディレクターの樺澤貴子が探す連載。あきる野の旅の最終回はほろ酔い気分でお届けしたい

BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

画像: 仕込み蔵の前に鎮座する、オブジェのような有田焼の酒樽

仕込み蔵の前に鎮座する、オブジェのような有田焼の酒樽

《BUY》「喜正 野﨑酒造」
爽やかな酔いを誘う、清流のごとき酒

画像: 堂々とした端正な佇まいが蔵の歴史を物語る

堂々とした端正な佇まいが蔵の歴史を物語る

 あきる野の旅Vol.2で紹介した一客一亭の宿「風姿-FUSHI」を訪れたときのことだ。料理に合わせる自慢の銘酒「喜正」を試飲し、あまりの清々しさに、取材を終えたその足で酒蔵に向かったことは言うまでもない。件の酒を造るのは、あきる野で明治17年(1884)に創業した「野﨑酒造」と聞く。風格ある門構えをくぐると、手入れの行き届いた庭や大谷石の蔵、母屋に設えた直売店へと視界が開ける。先ほど喉を満たした「喜正」を求め、その日のうちに夫と即席の宴を催す。日本酒には一過言ある夫も唸る。これは、改めて取材しないわけにはいかないと、後日、再びのあきる野の地を訪れた。

画像: 銘酒「喜正(きしょう)」の左はキリリとした夏の限定酒、中央は穏やかな香りと米の旨みが調和した純米吟醸。右は日本酒に梅を漬け、複雑なコクを引き出した「梅ざけ」

銘酒「喜正(きしょう)」の左はキリリとした夏の限定酒、中央は穏やかな香りと米の旨みが調和した純米吟醸。右は日本酒に梅を漬け、複雑なコクを引き出した「梅ざけ」

画像: 酒蔵の向かいにある城山(しろやま)から引き込んだ湧水は、酒の仕込みに使われている

酒蔵の向かいにある城山(しろやま)から引き込んだ湧水は、酒の仕込みに使われている

 迎えてくれたのは5代目当主の野崎三永さん。初代の野﨑喜三郎は越後の農家の出で幕末に16歳を数える頃に江戸へ向かい、杜氏として各地で修行。あきる野は水に恵まれていることに加え、貸し蔵があることを知り、この地で独立をしたのが始まりとなる。酒に銘をつけることが一般的となった明治中期に、初代の名前から一文字をとり「喜正」は誕生した。

「向かいにある城山から引き込んだ水は有機物が少ない軟水のため、穏やかな発酵を誘い、口当たりの柔らかな酒に仕上がります」と野崎さん。華やかすぎると飲み疲れするため、口に運ぶと仄かな香りが広がるような酒を目指しているという。

画像: 蔵に併設された直売店では全種類が揃う(12月以外は平日のみ営業。昼時はクローズしているため、要問い合わせ)

蔵に併設された直売店では全種類が揃う(12月以外は平日のみ営業。昼時はクローズしているため、要問い合わせ)

画像: 商売繁盛の大黒天と恵比寿像が、愛嬌たっぷりに帳場を見守る

商売繁盛の大黒天と恵比寿像が、愛嬌たっぷりに帳場を見守る

 江戸期に建てられた仕込み蔵で造られた酒は、昭和40年に建て替えられた蔵で低音管理されている。「野﨑酒造」では、この“貯蔵”にも重きを置く。吟醸酒は上槽後すぐに瓶詰めをして、その後低温庫で熟成させる。流通段階での酒の品質低下を避けるために、販路は目が行き届く地元酒販店と一部地酒専門店のみ。まさに、あきる野の旅だからこそ出合える銘酒なのだ。

 酒蔵の隅々を取材して感じたことは、どのゾーンに足を踏み入れても、長い年月を経たとは思えないほど手入れが行き届き、清らかな空気が満ちていたことだ。“丹精を込める”という言葉を体現したかのような蔵のあり方、それを守る当主の佇まいを確かめ、初めて口に含んだ「喜正」の清らかさに納得した。どんなに大成する物事も日々の積み重ねでしか高みに辿り着かないように、美しい日本酒造りも一朝一夕にして成し得ない。今宵の一献は、この地で酒造りを幕開けた初代にも深々とお辞儀をしてから盃を傾けよう。そう心に決めながら、晩酌の主役を求めた。

画像: 奥に続く母屋は明治の建物。店舗は、昔ながらの趣を保ちながら30年ほど前に改築

奥に続く母屋は明治の建物。店舗は、昔ながらの趣を保ちながら30年ほど前に改築

野﨑酒造
住所:東京都あきる野市戸倉63
TEL:042-596-0123
公式サイトはこちら

《BUY&BAR》「ヴィンヤード多摩」
オープンマインドな東京ワイン

画像: 自社農園のぶどうを100%用いたエレガントな赤ワイン「東京ルージュ」

自社農園のぶどうを100%用いたエレガントな赤ワイン「東京ルージュ」

 東京にぶどう畑があるだけでも意外だが、加えて醸造設備まで整えていることが、かなりハードルの高いことだと、これまでの取材で学んだ。ここヴィンヤードは、「農福連携」を掲げ高齢者や福祉施設の入居者の労働機会をつくる目的によって誕生。オーナーは歯科医と二足の草鞋を履き、医院の休業日を利用してワイナリーに心を注ぐ。2015年からぶどう栽培に取り組み、2018年にファーストヴィンテージが誕生。10,000平米もの作付面積を1,000本のぶどうの木が満たしている。

画像: 住宅街で突然視界が開け、広大なぶどう畑が広がる

住宅街で突然視界が開け、広大なぶどう畑が広がる

画像: 山ぶどうとカベルネソービニヨンを掛け合わせた品種「ヤマソービニヨン」は、野趣溢れる風味ながら優雅な余韻が香る

山ぶどうとカベルネソービニヨンを掛け合わせた品種「ヤマソービニヨン」は、野趣溢れる風味ながら優雅な余韻が香る

 当初はぶどう畑と醸造施設は2箇所にわかれていたが、2019年に多摩地区を襲った豪雨で醸造所が浸水直前に。回り道を強いられるも3年前には現在の地で畑と醸造所、直売ショップがひとつになったワイナリーがオープン。

 自社農園のぶどう100%を用いた「東京ルージュ」「東京ロゼ」「東京ブラン」をはじめ、あきる野特有の野菜“のらぼう菜”の名称を冠した、その名も「norabou」シリーズをはじめ、山梨県や長野県といった近県から仕入れたぶどうを用いた20種類以上ものワインが、ここあきる野で醸造されている。

画像: 2022年にオープンした直営ショップ。テイスティングバーも兼ね備え、軽いおつまみと一緒にワインを楽しむことができる

2022年にオープンした直営ショップ。テイスティングバーも兼ね備え、軽いおつまみと一緒にワインを楽しむことができる

画像: 充実のラインナップが揃うリカーコーナー

充実のラインナップが揃うリカーコーナー

 また、ワインを仕込んだ後のぶどうの絞りカスは、ゴミとして廃棄するのではなく、牛舎で餌として活用。その牛のフンを畑の肥料として撒くといった循環型のぶどう栽培も始動。さらに、ワインを利用した塩をはじめ、現在は絞りカスを原料に加えたグラノーラの開発も進行中。ここあきる野と地球の未来を見つめながら、一歩ずつ歩みを進めている。

 取材に訪れた日は眩い夏の陽射しに恵まれ、テラスで自家農園のヤマソービニヨン100%からなる赤ワイン「東京ルージュ」で喉の渇きを潤した。目の前に広がる瑞々しいぶどう畑が、さながらトスカーナの山間の一画のように映る──そんな “明るい幻”を携えながら帰路についた。

画像: テイスティングバーとショップを備えた施設

テイスティングバーとショップを備えた施設

画像: 赤ワインやロゼワインに仄かに染まったオリジナルソルトは、手土産にも喜ばれる

赤ワインやロゼワインに仄かに染まったオリジナルソルトは、手土産にも喜ばれる

ヴィンヤード多摩
住所:東京都あきる野市上ノ台55
TEL:042-533-2866
公式サイトはこちら

 あきる野の旅を終えた3週間後、こうして最後の原稿を書いているタイミングで再びのこ の地を訪れる機会に恵まれた。お目当ては「MAKI TEXTILE STUDIO」でのイベント。そ こで、出展していた「山のスパイス」のコーヒーと焼き菓子を味わい、回り道をして日本酒 「喜正」を晩酌に求める。この土地に流れる“緩やかな東京時間”を求めて時折訪れたくなる 場所へと変わった。

画像: 樺澤貴子(かばさわ・たかこ) クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

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