BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

山間で熟成を待つウイスキーの宝庫(「小諸蒸留所」)
《SEE&BAR》ここでしか味わえない熟成過程のウイスキー
「小諸蒸留所」

館内ツアーでは迫力のポットスチルを間近に感じられる
旅の余韻を美酒に重ねて味わいたいと訪れたのが、ウイスキーの蒸留所である。というのも、軽井沢にはかつてジャパニーズウイスキーの金字塔として世界から称賛された蒸留所が存在し、海外からも高い評価を得ていたと聞く。伝説の蒸留所は2000年に惜しまれながらも幕を閉じたが、このエリアのウイスキー文化に想いを馳せた気鋭の蒸留所が小諸にあると知り、車を走らせた。軽井沢から向かうこと約30分、浅間山の裾野に位置する標高910mの高原に立つ「小諸蒸留所」に到着する。

バーを併設したビジターセンター。奥にはポットスチルが異彩を放つ
ウイスキーの製造においては、水と気候といった環境という“テロワール”が味わいを左右するが、高原の冷涼な空気、昼夜の温度差、湿度、そして森からの清流など――ここ小諸は理想の条件が整っていたという。「理想の土地を軽井沢周辺に探し続けて5年、ようやく小諸の地に辿り着いたのが2019年でした。山を切り開き、ビジターセンターを備えた蒸留所と2棟の熟成庫が完成するのに、さらなる月日を重ね施設がグランドオープンしたのは2023年の7月です」と語るのは、専務取締役の島岡良衣氏。開業のタイミングをジャパニーズウィスキーの生誕100周年の年に重ねたというから、並々ならぬウイスキー愛が感じられる。

アーチ型の庫内は意外にも土の床。熟成を促すのに土から酸素を取り入れる重要な役割を担うという (一日一回の見学ツアーあり)
オープンから2年を経た「小諸蒸留所」では、まだ、ボトリングされたウイスキーが存在しない。というのも、ジャパニーズウイスキーは3年以上熟成したものと定義づけられているため、満を持しての販売は2026年以降に待たれる。そう聞くと御預けを食らうようだが、ここでは樽に入れる直前の“ニューメイク”や、樽に入れて一日後〜三年未満の “ニューボーン”と呼ばれるウイスキーを味わうことができる。流通にはのらない、蒸留所でしか味わうことのできない、日々更新されるフレッシュな一杯なのだ。

無色透明なもの(右)が“ニューメイク”。左は木樽の色を纏った“ニューボーン”。オリジナルのスイーツとともに
さらに、同社のウイスキー造りを手がけるのは、世界最高峰のマスターブレンダーの一人とされる台湾出身のイアン・チャン氏だ。季節によってブレンドが微調整されるため、訪れるたびに一期一会の“ニューボーン”と出合えることも、ウイスキー通が何度も足を運びたくなる理由として十分だ。取材で訪れた日は平日にもかかわらず、人の流れが途切れなかった。バーテンダーの含蓄に耳を傾けながら、ガラス越しに映るポットスチルを眺めていたら、ウイスキーへの造形を深めてみたくなり、60分ほどのウイスキーアカデミーに参加。ほろ酔い気分で座学に浸りながら、2026年に産声を上げるであろう3年熟成のウイスキーに想いを馳せる。この美しい森の気配を宿った琥珀色の美酒は、次の100年を歩み出したジャパニーズウイスキーの歴史において、新たなマイルストーンとなるに違いないと。

「TASTING 101」では特徴が異なる3杯のテイスティングとともに、多角的な視点からウイスキーの基礎が学べる

テイスティンググラスやハイボールグラスなど、蒸留所オリジナルのプロダクトも販売されている
「小諸蒸留所」
住所:長野県小諸市甲4630-1
電話:0267-48-6086
公式サイトはこちら
《EAT&BUY》実直なテロワールから生まれる洒脱なワイン
「Rue de Vin(リュードヴァン)」

山の傾斜を利用したブドウ畑。カフェ・レストランから見えるのはカベルネ・ソーヴィニヨンの実り
“アラウンド浅間山”と銘打って軽井沢を中心に、御代田や小諸にも足を伸ばした旅の最後を締めくくるのは東御市。牧歌的な丘陵地に住宅が点在する細い道を進むと、ふわりと優しい風が抜け視界が開けた。敷地の角にはマロニエを宿木にブルーの車が佇み、目線の先にはノスタルジーを纏ったような平屋のカフェ・レストランが建ち、その先には葡萄の樹々が端正な列をなす。フランス語で“ワイン通り”という名を冠した、ここ「Rue de Vin(リュードヴァン)」は醸造家の小山英明氏が“土地の記憶を映すワイン”を理想に掲げ、2010年に幕開けた。

役目を終えた水色のルノー車は、この店のシンボル
小山氏が一杯の赤ワインと運命の出合いを果たしたのは、20代初めに遡る。その味わいは酸味と渋みが心地よく調和し、花畑のような香りにスパイシーな余韻が溶け込み、一瞬にして心を奪われたという。「当時は学生でしたのでエチケットを確認するような教養もなく、なで肩のボトルのシルエットと味の記憶だけを頼りに、仮初めの一杯を求めてワインバーを訪ね続けました。3年をかけてようやく見つけたのが、南フランスはローヌのグルナッシュ品種を主体とする赤ワインでした」と語る。卒業後は大手電気メーカーに勤めながらもワインへの情熱は深まるばかり。知識を蓄積しながら思い描いたのは、“大きなテーブルを家族が賑やかに囲む情景を彩るワイン”だった。ソムリエを介さず、料理や気分に合わせて迷わず手にできる、土地に根ざした“ちょっと特別な日常のワイン”の姿である。その理想に向かうために、葡萄栽培から手がけようと一念発起。会社を辞め、まずは醸造を学ぶためにワイナリーへ転職したのが約27年前のことだ。

醸造家の小山英明氏。カフェ・レストランがあるブドウ畑とは別に、10年ほど前からは大規模農園にも着手
千曲川に沿うように開けた斜面に、自分のブドウ畑を持つ好機が訪れたのは2005年のこと。目を留めたのは、農業従事者の減少によって荒廃の一途をたどっていたリンゴ農園だ。健全なブドウを育てるために、過度な農薬や肥料を使用することなく、土壌に多くの微生物が暮す豊かな生態系を作り出すことを地道に重ね、2006年に初めてシャルドネを植えた。その後、段々畑を少しずつ開墾しながら作付面積を広げ、今では12種類もの品種を栽培。さらに、10年ほど前には、カフェ・レストランのある十二平からほど近い御堂エリアに、5haの土地を求め大規模農場を展開。現在はソーヴィニヨン・ブランを中心に、セミヨンやカベルネ・フラン、ピノ・グリを栽培し、ブドウ栽培とワイン醸造を一貫して行う産業を、この土地に定着させるために尽力している。

収穫前のソーヴィニヨン・ブラン。地面には草花が茂り、樹上に昆虫が集う環境を目指した結果、健やかなブドウに育ったという

左から「ピノ・ノワール」、「ソーヴィニヨン・ブラン」、ピノ・ノワールとシャルドネを使用した辛口のスパークリングワイン「リュードヴァン・スペシャル」
撮影するワインのセレクトをお願いすると、小山氏は迷わず次の3本を選んだ。真っ先に手に取ったのは、大規模農場でも力を注ぎ安定感のある「ソーヴィニヨン・ブラン」だ。ワインのスタイルはフランス・ロワール川上流の産地を連想させ、青リンゴやパッションフルーツ、余韻に蜂蜜のような甘い香りを宿している。上質で豊富な酸味と非常にしっかりとした骨格はリュードヴァンならではだという。続いては、しっかりとした骨格と可憐な香りを纏った「ピノ・ノワール」を持ち出した。ヴィンテージごとの味わいの進化が劇的で、その過程を体験できる醍醐味があるそう。
最後に、「とっておきの一本です」という言葉を添えてピックアップしたのは、シャンパーニュ製法によるスパークリングワイン「リュードヴァン・スペシャル」である。あえて100%ピノ・ノワールにはせず、少量のシャルドネを加えることで、味わいにしなやかさが生まれた「リュードヴァン」の頂点となるエレガントな一本だ。取材を終え、その珠玉のスパークリングワインを求めたことは言うに及ばず。都内に戻った週末の夕刻に、特別なワインが手に入ったら食べようと冷凍庫に寝かせておいた牛ほほ肉の赤ワイン煮に火を入れた。抜栓してシャンパーニュグラスに注いだ「リュードヴァン・スペシャル」の儚げな珊瑚色に、気持ちはボルテージアップ。樽による醗酵と長期の熟成によって、豊富な酸味が滑らかでエレガントなものへと変化し、濃厚なソースともしっかりと寄り添ってくれた。繊細な泡の奥から、「リュードヴァン」が奏でる土地の声が聞こえてくるようだった。

「ソーヴィニヨン・ブラン」に合わせたのは、オードブルの盛り合わせ

カフェ・レストランでは、小山氏が最初に描いた“大きなテーブルを家族が賑やかに囲む情景を彩るワイン”の光景が、まさに広がっていた
「Rue de Vin(リュードヴァン)」
住所:長野県東御市祢津405
電話:0268-71-5973
公式サイトはこちら
軽井沢の旅に向かったのは、まだ暑さのみぎり。季節が巡り、こうして原稿を書いていると、冬の面影をまとった浅間山から“美味しい”風の便りが届きそうだ。都心からは車で約3時間。ジビエとワインを味わいに、小雪の舞う“アラウンド浅間山”へ出掛けてはいかがだろう。

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。
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