BY TAKAKO KABASAWA
「アマン京都」
エレガンスを極めた茶室「仙窟」へ

「仙窟(せんくつ)」という茶室の名は、裏千家16代坐忘斎家元によるもの
PHOTOGRAPH BY YUKIYO DAIDO
旅の目的は、頭でなく心で世の中を見ること──。そんな思いを胸に秘めて夏至の間際に訪れたのは、世界屈指のラグジュアリーリゾートとして知られる「アマン京都」。昨年11月に誕生した茶室「仙窟」で催される「緑陰茶会」へ招かれるという好機を得て、京都駅から車を北へ走らせること30分。門をくぐり抜けると一目千本を誇る青紅葉に出迎えられ、苔をまとったダイナミックな石畳に誘われるまま、森の奥へと足を運ぶ。ふと視界が開けた先に真新しさと鄙びた風情が溶け合う茶室が姿を見せた。
茶室を設計したのは、国内外で多彩な茶室を手がける仙アートスタヂオの遠山典男氏。キャリアのスタートは裏千家への入門から幕開ける。建築事務所で経験を積むのではなく、重要文化財にも指定されている家元の茶室を約8年かけて修復する現場から学んだ。歴史的な背景や伝統工法による茶室を熟知した茶室建築家なのだ。その上で、アマン京都にどんな茶室が相応しいかを考究。「ヒアリングを重ね構想から1年以上を費やし、アマン京都だからこそ表現できる“日本的なおもてなし”を茶室の随所に注ぎ込みました」と遠山氏は語る。

訪れた季節は約2000本の紅葉が翡翠色に艶めく頃。清雅な空気をまとった茶室は、向かって左に椅子席の立礼を、右に伝統的な小間を設えた
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ホテルの名称“アマン”はサンスクリット語で“平和なる”を意味することから、雨樋を支える垂木の先端を鳩のシルエットに細工する心憎い演出を施した
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施工を担当したのは、日本随一の数寄屋建築の名匠として知られる中村外二工務店。三和土(土間)は、定期的にニガリをかけて踏み固め、緻密な経年変化を育んでいる
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約2万4000㎡という豊かな自然に抱かれ、「森の庭」と称される敷地に一棟建で据えられた茶室「仙窟」は、ホテルの茶室と聞いてイメージされる簡略的なものとは一線を画す。その一方で茶人のための場ではなく、海外からのゲストはもちろん、茶の湯に親しみのない日本人も心地よく過ごせることを大前提に、一期一会の高揚感を届けられるかをコンセプトの軸に据えた。「その結果、引き戸を開けると二面開放で自然と一体になる高揚感に満たされる立礼と、躙(にじ)り口から身を屈めて入室し狭い空間で神経を研ぎ澄ませ静寂へと高まる小間という、2段階でリラックスと緊張感を体感できる構成に辿り着きました」(遠山氏)。
まず招き入れられたのは立礼の空間である。入り口の庇を、やや低めかつ奥行きをもたせて設計することで、その先の空間に広がりが感じられた。茶会の幕開けは、一献とともに敷地内の日本料理「鷹庵」による点心。涼やかなディアマンカットの硝子器に盛り付けられた向付は、甘鯛の若狭仕立て。露打ちされた漆椀には、帆立の身蒸しが。大徳寺縁高には、白子の山椒焼きや平井牛の昆布締め、出汁巻き卵などが彩を添え、変化に富んだ季節の味覚を堪能する。八寸が運ばれてくる頃には、ほどよくほろ酔い気分に仕上がる。口福の余韻に浸りながら、隣接した小さな深池に注ぐ水の音に心がそよぐ。

向付の折敷を青紅葉が鮮やかに染め、甘鯛の味わいも一層瑞々しく
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前所有者の時代からこの土地にあった古い深池が、バックミュージックを奏でて
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2面が完全に解放できる立礼の空間。点心をいただく卓子(たくし)も、通常見かける漆黒ではなく、裏千家3代家元宗旦の頃に用いられていた爪紅台子(つまぐれのだいす)に用いられた色から想起。アマン京都のシグネチャーカラーでもあるフォレストグリーンが、空間を洒脱に演出
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開放的な立礼から一変、茶会のクライマックスとなる仄暗く静謐な小間でいただく一服へ。膨らむ期待を胸に、伝統的な四畳桝床(ますどこ)の形式をなす小間に席入りする。躙り口を前に身を屈めると、妙に入りやすく感じる。長年、茶の湯の稽古に研鑽を重ねてきた成果が出ているかと思いきや、遠山氏曰く「外国の方はもちろん、茶の湯の心得のない日本の方でもスムーズに入れるように、やや大きめに設計しています」とのこと。
躙り口から正面にある床間へと膝行(いざ)ると、大木から製材した継ぎ目のない松の一枚板がフラットに堂々と据えられている。通常の床間のように一段高くなった形式は、格調の高さは演出できるが、ここはホテルの茶室。畏まりすぎず、あくまで純粋にお茶を楽しんでほしいという、アマンの“おもてなし”の精神に添った意図が桝床という設計ひとつとっても表れている。

皮付きの赤松の床柱が力強さを演出するこの日の桝床には、裏千家15代鵬雲斉筆の「雲在嶺頭 水流澗下(くもはれいとうにあって、みずはかんかをながれる」の軸が掛けられ、茶室に清新な気配を漂わせていた
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床間に一番近い「有楽窓(うらくまど)」は、細い竹をすき間なく詰め打ちし、障子に美しい竹の繊細な陰影が映し出される。床間の相手柱はアスナロの錆丸太を使用。節のある表情が侘び寂びの趣を醸して
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一同の席入りが済み茶室全体を見回すと、窓の多さに驚く。躙り口側には大きめの連子窓と下地窓を、床間側には有楽窓、点前座には上下に2つの色紙窓と、狭い空間に5つの窓を配するとう趣向が凝らされている。「複数の窓を配置することで、視覚的にも豊かなデザインを創出しました。緊張感のある茶室でありながら、窓を多く配置することで和やかさも演出しています。各窓の障子の外側には、それぞれ異なる種類の格子を設け、窓の格子の違いによって、室内に入る光の質や表情が変化を生み出すことを計算しました」(遠山氏)。また、障子の色も微妙に異なり、紙の継ぎ目をあえて見せる石垣張りにすることで、その日その瞬間に生まれる光のプリズムさえもデザインとして組み込まれている。さらに、天井を見上げると3種類の異なる意匠が目を楽しませ、客座と点前座で高さと色を変えて張った藍と白の腰張りも、空間を絶妙にグラフィカルな表情に仕上げている。
随所に施されたデザインのレイヤーに視線を奪われ、気持ちが浮き足立つなか、お点前がはじまり、ほどなくして目の前に最初の一服が運ばれてきた。うっかり正客の席に座ってしまったと後悔するも、時すでに遅し。一同に無礼を詫び、ありがたく茶碗を手に取ると重々しい黒楽茶碗。聞けば江戸中期に活躍した楽焼の名窯・七代長入(ちょうにゅう)の作、「常盤」と銘打った黒楽の佳品だった。これほどの名碗でお茶をいただく機会は生涯二度と訪れないと心して、深く深呼吸して清雅な薄茶をゆっくり味わった。

楽長入の作による黒楽茶碗「常盤」
PHOTOGRAPH BY YUKIYO DAIDO

薄茶器は、季節にちなんだ笹露(ささつゆ)を蒔絵の大棗(おおなつめ)
PHOTOGRAPH BY YUKIYO DAIDO
“エレガンス”の語源は“選び抜く”という意味だと聞く。歴史的なストーリを携えた唯一無二の素材を注ぎ込み、包容力に満ちた心地よさを体感できる茶室「仙窟」は、まさにエレガンスを極めた空間と呼べる。ほどよいと緊張と心地よさが、寄せては返す波のようにくりかえる時間もまた、品格ある空間美のなせる技なのだと、心の目で読み取った。

「仙窟」の立ち上げにも参画し、茶席の亭主を務めた裏千家教授・村上宗美さん。今回体験したような茶事は「幽玄茶会」と称しビジターでも楽しむことができる
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「幽玄茶会」
時間:12:00〜(約2時間)
料金:2名 ¥100,000(鷹庵特性の点心、炭点前、続き薄茶) *1名につき追加料金¥50,000で最大4名まで可
予約:075-496-1333
心温かなラグジュアリーの本質に触れる

アマン京都を象徴するザ リビング パビリオン by アマン
COURTESY OF AMAN KYOTO
茶会を終え、向かった先は京都駅ではなく森の庭を望む客室。日本のローカルトレジャーを旅する連載を通して数々のスモールラグジュアリーホテルを巡ってきたが、アマンで一夜を過ごすのは初めての体験である。ビジターで過ごす際とは異なる “おもてなしの真価”を突き止めたいと、期待が膨らむ。通された部屋は、茶会の際にはダイナミックな露路と化した石畳の小径に面する宿泊棟の2階「楓」。床から天井まで続く一面のガラス窓によって、青紅葉の緑陰が巨大なフレームで切り取られ、躍動する樹々の景観を独り占めしている気分にしばし浸る。

床は温もりのある無垢の木材を基調に、リビングエリアには思わず素足で過ごしたくなる畳を設えて
COURTESY OF AMAN KYOTO

客室には大きな檜風呂が。湯で満たすと、檜特有の高貴な香りが広がる
COURTESY OF AMAN KYOTO
待ちかねた夕餉は日本料理「鷹庵」へ。ミシュラン2つ星を保持する金沢の老舗料亭「銭屋」の二代目当主である髙木慎一朗氏を総料理長として迎え、季(とき)の移ろいを懐石料理で味わう。滋味豊かな京野菜や旬の鮮魚が、選び抜かれた器のうえで素材の命の輝きを放つ。たおやかな生命力を、素直に五感で味わい尽くす思いで、料理という姿を借りた芸術を味わう。シンプルでありながら創意工夫を奥行きに据えた料理には、「ここ鷹峯を拠点に芸術活動を広げた本阿弥光悦へのオマージュを込めています」と髙木氏。

折敷には琳派の意匠を現代に伝える作家・中村卓夫氏のショープレートを配し、料理が振る舞われる前から高揚感を誘う
PHOTOGRAPH BY YUKIYO DAIDO

一枚板のカウンター席では、職人が無駄のない動きでパフォーマンスを繰り広げる、その様はあたかも舞台を眺めているよう
COURTESY OF AMAN KYOTO
宿泊のハイライトは翌朝に訪れた。野鳥の声に誘われるように起きると、窓の外には朝日に照らされた青紅葉が幻想的に艶めいていた。あまりの心地よさに、濃淡の緑に促されるように森の散策へと出かける。朝の5時前、誰もいない景色の独り占めである。長い時間を重ねた樹々を見つめながら、前日の茶会の余韻が遠山氏の言葉とともに蘇る。微に入り細に入り美学を注ぎ込んだ茶室でありながら、最も大切にしている哲学は「いかに、自分らしさを消せるか」ということだとか。それは、施工を手がけた中村外二工務店の職人の仕事とも共通するという。設えられた軸や花、茶道具の“目の邪魔にならない”ように、個性を隠した極上の素材を卓越した技をもって、“何事もなかったかのように”施すのだとか。それこそが日本的な表現であり、アマン京都にも息づく“おもてなしの真価”なのではないだろうか。
「アマン京都」
住所:京都府京都市北区大北山鷲峯町1番
電話:075-496-1334(宿泊予約)
公式サイトはこちら

山間の小径から、心豊かな時間を手繰り寄せながら茶室「仙窟」を見下ろして
PHOTOGRAPH BY YUKIYO DAIDO

密やかな森の庭で、自分だけの心に残る景色と出合った
PHOTOGRAPH BY YUKIYO DAIDO

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。
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