BY MASANOBU MATSUMOTO
国際的なアートシーンで活躍している画家、ヘルナン・バスの日本初となる個展『異郷の昆虫たち』が六本木のペロタン東京で始まった。バスは1978年、アメリカ・フロリダ州生まれ。オスカー・ワイルドなど19世紀デカダン派の文学や、同じく19世紀末のフランスで起こった前衛表現運動のナビ派に影響を受けた、メランコリックで装飾性の高いポートレイトを多く描いてきた。彼が好む主題は、大人にも子どもにも属さない、危うく物憂げな青年。「自分のセクシャリティに関係しているのかもしれないけど、“自分は何者なのか”という問いのさなかにある人物に魅力を感じるんだ」と、個展のために来日したバスは言う。今回のエキシビションでは、そんな"成体"になる前の青年たちを、幼虫から成虫へと変態したり、外敵から身を守るために擬態する昆虫に見立てた新作シリーズを発表している。
作品の着想源は、1874年に出版された昆虫学の書籍『Insects Abroad(海外の昆虫−その構造、生態と変態の報告)』。「その本では、海外の昆虫、自分たちの生活圏外に生きる昆虫が、とても詩的に描かれていた」とバスは話す。当時のヨーロッパで「ダンディ」という言葉が指し示していた男性像にも、彼は目を向けた。それは現在のように紳士的な男性を褒め称える言葉ではなく、貴族を真似する、軟弱で奇妙な格好の男を揶揄する言葉として使われていたのだという。「ダンディたちは、風刺画などで(モンスターや外来の昆虫のように)気持ちの悪いものとして描かれていたけど、本当はそうじゃない。魅力的で美しいものであることを伝えたかったんです」。バスは演劇の配役を設定するかのように、それぞれの昆虫に架空の男性を割り当て、奇妙で美しい彼らの生態を描いた。また今回の制作過程では、かつてゴーギャンがタヒチに滞在中に編み出したという、インクの転写技法を使ったドローイングにも挑んでいる。
2016年、バスは、ニューヨークでの個展で、1920年代のロンドンで見られた享楽的なボヘミアン貴族たちの呼び名「ブライト・ヤング・シングス」をタイトルに掲げたことがあった。この呼称も、時代によっては「ダンディ」のように特定の男性への揶揄として使われた言葉だという。「リサーチすることも大好きなんだ」という彼のモチベーションは、歴史のなかで奇妙なものとしてレッテルを貼られた男性たちをすくい上げ、本来の美しく魅力的な姿を絵で描きなおすことに向かっているのかもしれない。ポートレイトの新しい可能性を切り開く「アートによる男性学」ともいえる彼の作品には、多様性の尊重が謳われる現代において、よりいっそう特別な価値が見出せるだろう。
『異郷の昆虫たち』Hernan Bas:Insects from Abroad
会期:〜2018年3月11日(日)
会場:ペロタン東京
住所:東京都港区六本木6-6-9
時間:11:00〜19:00
休廊日:月・日曜
電話:03(6721)0687
公式サイト