BY MARI HASHIMOTO
刀、といってまず思い浮かべるのは、大河ドラマに登場する戦国時代の武将たち、あるいは剣豪小説のヒーローだろうか。遡(さかのぼ)れば、弥生時代中期以降に登場する直刀(ちょくとう)の時代を経て、美しいカーブの日本刀が登場するのは、武士たちが台頭してくる平安時代後期のこと。そして武士が実権を握る鎌倉時代に入ると、刀身はより幅広く、厚く、豪壮でマスキュリンな姿に変化し、南北朝時代にも長大化が進んだ。やがて戦国時代を迎え、室町幕府が弱体化していくと、刀のバロック化は止まり、歩兵を中心とする大規模な集団戦闘に適した、薄くて軽量、かつ戦闘のプロでなくても扱いやすい刀が、大量生産されるようになる。
そして迎えた泰平の時代。戦国の世の熱気は行き場をなくして吹きだまり、かぶき者たちは南北朝時代を彷彿とさせる長大な刀を差して、京の大路を闊歩した。徳川幕府の支配体制が強化されるにつれて抑え込まれ、長くは続かなかった平和と熱狂の交錯する時代を象徴するのが、《阿国歌舞伎図屛風》だ。
鼓、鉦(かね)などの拍子に合わせ、踊りながら念仏を唱える踊念仏が、いつしか娯楽本位の念仏踊に転化していったこの時代。髷を結って男装し、刀を肩にかけたかぶき者が茶屋の女と戯れるなど、簡単な節に沿ってうたい踊る阿国のパフォーミングアートは、尋常ではない異端の風流という意味の「かぶく」という言葉で評価され、「阿国歌舞伎」として、北野社頭や四条河原の舞台で熱狂的な人気を博した。現在では男性ばかりで演じられる「歌舞伎」の源流には、男装した女性のカリスマ役者が君臨していたのだ。本作に描かれるのは、阿国らが最初に定舞台を構えた北野天満宮。桟敷席には豊臣秀吉を思わせる、貴人の一家が描かれている。