かつては剣豪や武将に憧れた男性が、現代ではゲームに熱狂する女性たちが、刀剣を追いかける。21世紀刀剣ブームの到達点となる特別展『京のかたな』が開催中の今、日本刀の新しい見方、楽しみ方を橋本麻里が伝授する

BY MARI HASHIMOTO

 さて刀へ目を戻すと、阿国が活躍した慶長年間(1596~1615年)以降の刀は新刀、それ以前は古刀と区別する。戦国の世に出回った、数打物と呼ばれる大量生産の刀とは異なる、武士のアイデンティティを託すに足る質の高い刀こそが新刀だ。この新刀の祖と見なされるのが、埋忠明寿(うめただみょうじゅ)である。埋忠家は刀工専業ではなく、刀の鐔(つば)や拵金具、磨(す)り上げ、刀身彫刻、金象嵌(きんぞうがん)などを多岐にわたって手がけた金工の家。本作の「他江不可渡之(ほかえこれをわたすべからず)」という銘文のように、代々伝えよと記すものはほかにもあり、明寿は必ずしも販売を目的として刀剣制作をしていない。だからこそ、それまでの慣習にとらわれず、自由な発想を試すことができたとする意見もある。

画像: 直近では大正期と平成17年に開封。大正の開封時には押形を取っただけで、調査は行わず 《長刀》室町時代、刃長114.1cm、長刀鉾保存会蔵 © PUBLIC INTEREST INCORPORATED FOUNDATION OF NAGINATA AND HOKO ほかの写真を見る

直近では大正期と平成17年に開封。大正の開封時には押形を取っただけで、調査は行わず
《長刀》室町時代、刃長114.1cm、長刀鉾保存会蔵
© PUBLIC INTEREST INCORPORATED FOUNDATION OF NAGINATA AND HOKO
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 斬ったはった以外の場所でも、刀は重要な役割を果たしている。それが京都を代表する、まさに「京のまつり」と呼ぶべき祇園祭だ。平安時代以来、何度かの中断を挟みながらも、今日まで千年以上にわたって続くこの祭の核心は、神輿(みこし)が往還する「御渡り」。前祭では、旧暦6月7日(現在は7月17日)の夕刻に祇園社(八坂神社)から3基の神輿が御旅所へ渡り、7日間滞在したのち、後祭の旧暦6月14日(現在は7月24日)のやはり夕刻に祇園社へ帰還する。そして神輿渡御に先立つ当日の朝から、あたかもその道筋を浄(きよ)めるかのように、山鉾が巡行するのだ。

 こうして京を巡行していく神輿や山鉾を描いたのが、《祇園祭礼図屛風》である。右隻の鴨川の向こう岸、3扇目の祇園社には、いよいよ渡御に出ようかという3基の神輿の姿が。そこからやや左に視線を向けると、四条河原に設けられた「大かぶき」「若衆かぶき」舞台の賑わいが目につく。そして画面中央、常に先頭を巡行する長刀鉾の鉾頭に取りつける長刀は、現在では安全上の理由から竹製になっている。オリジナルのほうは「神品」として厳重に保管され、学術調査はされてこなかった。それが今展のために初めて調査を行なった結果、さまざまな新しい発見があった。

画像: 一双の中に4800人以上を描き込み、祭礼に集まる群衆の賑わいを活写する 《祇園祭礼図屛風》17世紀初、紙本金地着色、六曲一双、京都国立博物館蔵(左隻) © KYOTO NATIONAL MUSEUM ほかの写真を見る

一双の中に4800人以上を描き込み、祭礼に集まる群衆の賑わいを活写する
《祇園祭礼図屛風》17世紀初、紙本金地着色、六曲一双、京都国立博物館蔵(左隻)
© KYOTO NATIONAL MUSEUM
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画像: 《祇園祭礼図屛風》17世紀初、紙本金地着色、六曲一双、京都国立博物館蔵(右隻) © KYOTO NATIONAL MUSEUM ほかの写真を見る

《祇園祭礼図屛風》17世紀初、紙本金地着色、六曲一双、京都国立博物館蔵(右隻)
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 なんといっても茎(なかご)に刻まれた銘文を読めたことが大きい。銘文にはまず、京の刀鍛冶・後三条派の長吉が「平安城住三条長吉作」と名を刻み、作製年代を「大永2(1522)年6月3日」と記す。これで従来言われてきたとおり、制作者が後三条派の刀工と確定した。さらに天文5(1536)年、比叡山延暦寺の僧徒と日蓮宗徒が争った天文法華の乱の際、何者かに長刀が奪われてしまうが、翌年、近江の石塔寺(滋賀県東近江市)麓に住む刀鍛冶・助長が発見して買い戻し、八坂神社に奉納したと記される(略奪以降の経緯は、助長がつけ加えたらしい)。またこの長刀は焼入れされておらず、実用の機能はない。刀工がこうした祭礼に、オブジェ制作を目的として参加したという新しい知見も含め、「京のかたな」のこれまで知られていなかった側面が、この展覧会を通じて初めて紹介されることになったのである。

特別展『京のかたな 匠のわざと雅のこころ』

会期:〜2018年11月25日(日)
会場:京都国立博物館 平成知新館
住所:京都市東山区茶屋町527
休館日:月曜休
開館時間:9:30〜18:00(金曜・土曜は20:00まで。入館は閉館30分前まで)
観覧料:一般¥1,500
電話:075(525)2473(テレホンサービス)
公式サイト

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