バーバラ・クルーガーというアーティストは、短いフレーズを使い、ゾクゾクするほど面白く、未来を予言するような作品を作る。彼女の作品は、何を意味しているのか―― 見わかりにくいが、そのメッセージは永遠に不滅だ。彼女の紡ぐ言葉は、政治スローガンと詩の間にある境界線を曖昧にし、アメリカの広告やメディアが使う言語をハイアートの地位まで押し上げた。彼女の作品は、インターネット・ミームに右往左往させられる私たちの真の姿を映す暗い鏡の役割を果たしている

BY MEGAN O’GRADY, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 多分、誰もがバーバラ・クルーガーの作品と人生のどこかの時点で出会っているはずだ。たとえば1980年代後半に、美術館のギフトショップで買った彼女の作品のポストカードを大学の寮の部屋の壁に貼っていた人もいるだろう。そのカードの下にはカセットテープが山と積まれていたかもしれない。カードには「あなたはあなた自身ではない」という言葉が書かれている。そして、弾丸か拳によって割られた鏡に、女性の顔がズタズタに引き裂かれた形で映っている画像がそこにある。クールであることの代名詞のような彼女の作品のメッセージは、長年、色褪せることはなかった。その後、何十年かして、新聞の論説ページに印刷された彼女のフレーズを切り抜いた人もいるかもしれない。「それが欲しい。それを買う。それを忘れる」というメッセージは、自分は資本主義マシンの歯車のひとつになってしまったのではないかという疑問を薄々抱き始めた人に刺さったことだろう。

ニューヨークの住民の多くは、彼女が2017年にデザインした地下鉄の乗車カードを使ったことがあるはずだ。そのカードには「癒やされるのは誰か?家があるのは誰か? 沈黙しているのは誰か? 話しているのは誰か?」という質問が印刷されている。私たちは、Q番電車に乗ってマンハッタンに行くときに、乗車カードを使う。そしてそのたびに、そこに印刷された質問を見て、少しドキッとする。クルーガーが演奏ステージ上の垂れ幕をデザインしたレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの1996年の「悪の帝国」ツアーのコンサートを観に行った人もいるかもしれない。または、私の友人のベンのように、彼女がデザインしたTシャツを高校時代に持っていた人もいるだろう。それは専業主婦らしき女性が虫眼鏡を手にしており、その女性の目がレンズの裏で漫画のように大きく拡大されたヴィンテージ写真がプリントされているTシャツだ。「世界は狭いが、掃除をしなければならない者にとっては狭くはない」と書かれている。「バーバラは正しかった」とベンは私に言った。「僕は一度も掃除をせずにすんでいた」

画像: デボラ・ロバーツの作品 バーバラ・クルーガーのアート作品に刺激され、デボラ・ロバーツがTマガジンのためだけに2020年に制作した、文字と写真のコラージュ作品が《歴史の結末》だ。クルーガーとロバーツ、このふたりのアーティストはともに、既存の写真を自身の作品に使っている。ロバーツは、いつもは写真と文字を組み合わせることはしないのだが、今回は、クルーガーの手法に敬意を表し、文字も使用した。時代こそ違えど、ともにシラキュース大学で学んでいたふたり。ロバーツにインタビューすると、クルーガーの作品をこう評した。「彼女の言いたいことが、観る側に必ずきちんと伝わるように作られている」 DEBORAH ROBERTS, “A CONSEQUENCE OF HISTORY,” THE NEW YORK TIMES, 2020, MIXED-MEDIA COLLAGE ON PAPER © DEBORAH ROBERTS, COURTESY OF THE ARTIST AND STEPHEN FRIEDMAN GALLERY, LONDON

デボラ・ロバーツの作品
バーバラ・クルーガーのアート作品に刺激され、デボラ・ロバーツがTマガジンのためだけに2020年に制作した、文字と写真のコラージュ作品が《歴史の結末》だ。クルーガーとロバーツ、このふたりのアーティストはともに、既存の写真を自身の作品に使っている。ロバーツは、いつもは写真と文字を組み合わせることはしないのだが、今回は、クルーガーの手法に敬意を表し、文字も使用した。時代こそ違えど、ともにシラキュース大学で学んでいたふたり。ロバーツにインタビューすると、クルーガーの作品をこう評した。「彼女の言いたいことが、観る側に必ずきちんと伝わるように作られている」
DEBORAH ROBERTS, “A CONSEQUENCE OF HISTORY,” THE NEW YORK TIMES, 2020, MIXED-MEDIA COLLAGE ON PAPER © DEBORAH ROBERTS, COURTESY OF THE ARTIST AND STEPHEN FRIEDMAN GALLERY, LONDON

画像: 《無題(それが欲しい。それを買う。それを忘れる)》は、2012年のニューヨーク・タイムズ紙の論説ページに1ページ大のサイズで掲載された BARBARA KRUGER, “UNTITLED(YOU WANT IT, YOU BUY IT, YOU FORGET IT),” 2012, FOR THE NEW YORK TIMES, COURTESY OF THE ARTIST

《無題(それが欲しい。それを買う。それを忘れる)》は、2012年のニューヨーク・タイムズ紙の論説ページに1ページ大のサイズで掲載された
BARBARA KRUGER, “UNTITLED(YOU WANT IT, YOU BUY IT, YOU FORGET IT),” 2012, FOR THE NEW YORK TIMES, COURTESY OF THE ARTIST

 そう、バーバラは常に正しかった(実際にそう表現したTシャツもある。コメディアンのハサン・ミンハジが「バーバラ・クルーガーは正しかった」という言葉を印刷した限定版Tシャツを2018年に作った。それは、ストリートウェアブランドのシュプリームがバーバラのブランド・イメージを勝手に盗用したのを嘲笑するためだった)。1980年代にはクルーガーは雑誌や教科書から切り抜いた写真にコントラストの効いた短い宣言文を貼り付けて有名になった。1981年の彼女の作品《無題(あなたの心地よさは私の沈黙)》では、フェルト帽を被った匿名の男性が指を唇にあてて黙れと警告している。また1986年の作品《無題(ヒーローはひとりだけでいい)》では、ノーマン・ロックウェル風のイラストに描かれた若い女の子が、小さな男の子の上腕二頭筋を指さして何かをつぶやいている。どこかで使われていた白黒の写真の上に、文字が字幕のように載せられている。文字の書体は、今では彼女を象徴するものとなったサンセリフ体で、文字の色は白だ(サンセリフの中でも、だいたいいつもフーツラの斜体の太字が使用されている)。赤地のボックスに書かれた言葉は、女性嫌悪や消費主義や、私たちと権威と欲望の関係など、長い間、人々がずっと内面に隠してきたものを表現しているように見える。『マッド・メン』(註:60年代の広告代理店を舞台にしたテレビドラマ)の登場人物のドン・ドレーパーの解釈によるアメリカ精神病理学を、詩人のエミリー・ディッキンソンのパンチの効いた鋭い言葉で表現したような感じを想像してほしい。そんなさまざまな概念は、それを実際に感じている瞬間ではなく、あとから思い返して、ああそうだったのかと気づくものだ。

クルーガーの作品はほとんどいつも単刀直入に観る者に語りかけ、あっという間に受け入れられる。支配の構造に断固として抵抗するクルーガーの挑発の姿勢は、コーヒーカップや市営バスの表面に印刷されて形になる。ローワー・イーストサイドのスケートボード用の公園の壁や、フランクフルトのデパートの壁いっぱいに彼女の作品が描かれており、これまで美術館やギャラリーに一度も足を踏み入れたことがない人でも、彼女のメディアやメッセージや場所にアクセスすることができるのだ。彼女は今、美術関係の多くの非営利団体のためにマスクのデザインをしている。さらにこの4月には、新聞の論説ページにジャーナリスティックな社会批評のアート作品を載せている(《無題(死体は消費者ではない)》という作品が最近、ニューヨーク・タイムズ紙に掲載された)。

近年、クルーガーは、写真は使わずに言葉の意味だけで大きなインパクトを与えるような作品を作っている。たとえば《無題(欲深い嫌なやつ)》では、作品の表題と同じ言葉を巨大な白い文字で黒いパネルに印刷し、2012年のアート・バーゼル・マイアミ・ビーチ・フェアの会場を訪れた観客にそのメッセージをつきつけた。そんなふうに、あるメッセージが意識の中に植えつけられ、そこから次第に根が生えて花が咲くと、メッセージの受け手である私たちは自分が今、どんな立場にあるのかを考えさせられる。自分自身が嫌なやつなのか、それとも、現状を傍観する構成員のひとりにすぎないのか。または冗談として笑えるだけの知性がありながらも、心地よさゆえに現状を変えることは何もせず、ただ自己満足に浸っているのか?

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