今年20周年を迎える東京・銀座の〈シャネル・ネクサス・ホール〉で5月22日から中国の若手女性作家の二人展が始まっている。シャネルのグローバル アート&カルチャー部門の責任者ヤナ・ピールに、今後のシャネルのアート支援について話を聞いた

BY MARI MATSUBARA

 2004年12月に開館した〈シャネル・ネクサス・ホール〉は、シャネルが世界で唯一、店舗ビル内に構えているカルチャースペースという点で特徴的だ。これまで写真、インスタレーション、映像などを中心にさまざまな作品を紹介してきた。元サーペンタイン・ギャラリーCEOなど前職を通じて現代アート業界に深く関わってきたヤナ・ピールが2020年にシャネルのグローバル アート&カルチャー部門責任者に就任し、プログラムを統括している。

画像: ヤナ・ピール(Yana Peel) 香港在住中(2009〜2015年)にライブ討論のための世界フォーラムIntelligence Squared Asiaを設立。2016年〜2019年、ロンドンのサーペンタイン・ギャラリーCEOを経て、2020年シャネル グローバル アート&カルチャー部門の責任者に就任

ヤナ・ピール(Yana Peel)
香港在住中(2009〜2015年)にライブ討論のための世界フォーラムIntelligence Squared Asiaを設立。2016年〜2019年、ロンドンのサーペンタイン・ギャラリーCEOを経て、2020年シャネル グローバル アート&カルチャー部門の責任者に就任

──あなたが現在のポジションに就任したことで、〈シャネル・ネクサス・ホール〉が変わったこと、変わらないことは何でしょうか?

ピール: 「ネクサス」という言葉の意味は「つなげる」ということ。それはシャネルの創業者、ガブリエル・シャネルが100年以上前から大事にしてきた哲学で、メゾンの精神の中核をなすものです。たとえばガブリエルが作曲家のストラヴィンスキーなど多くのアーティストを支援したように、彼女は「次にやって来るのは何か?」と常に新しい事象や才能を探し、応援していました。彼女が遺した言葉に“One can never be too modern”=「現代的過ぎるということはない」があります。好奇心と寛容さに支えられたガブリエルの精神を、昔も今もこれからも、変わらずに携えていきます。
 そのうえで、われわれが今後積極的に取り組もうとしているのは、〈シャネル・ネクサス・ホール〉を拠点としてアジアの“新しい声”を世界に発信していくプラットフォームを構築していくことです。アジアの若い世代のさまざまな分野のアーティストの活動を世界に向けて発信し、相互の交流を図っていきたいと考えています。

──具体的にはどのような取り組みを始められたのですか?

ピール:私たちは北京のUCCA 現代アートセンターのディレクターであるフィリップ・ティナリ氏、そして金沢21世紀美術館館長の長谷川祐子氏が率いる次世代キュレーターのためのインキュベーター〈長谷川Lab〉とパートナーシップを組みました。ティナリは5月から〈シャネル・ネクサス・ホール〉で始まった展覧会のキュレーターでもあります。彼らの助言を得ながら、アジアにおける現代アート界の若い才能を掘り起こし、サポートしていきます。

──今回の展覧会の内容についてお聞かせください。

ピール:フェイイ・ウェンとパン・カーという1990年代生まれの中国人若手女性アーティストによる二人展です。驚異的な経済成長の只中に中国で生まれ育ち、その後海外で学んだという共通項をもつ二人は、まさに今紹介すべき声を持った作家であると感じました。どちらも写真に根ざした表現方法をとっています。たとえばフェイイ・ウェンは、ライスペーパーというカミヤツデや麻などの繊維から作られた薄く不透明な紙に写真をプリントしていますが、日本が手工芸や職人技にリスペクトを捧げる国であることと通底しているように思います。また、今回の会場デザインは、日本の若手建築家である〈KOMPAS〉の小室舞さんにお願いしました。展覧会にも会場にも、若い女性の才能を採用することができてうれしく思っています。

画像: Feiyi Wen, The Untitled from Seeing a pine tree from your bedroom window フェイイ・ウェンは1990年中国・北京生まれ。英国ロンドンを拠点にするビジュアルアーティスト。あたかも中国の山水画を想起させる写真はイギリスの自然を写したもので、黄色味を帯びたライスペーパーに印刷している

Feiyi Wen, The Untitled from Seeing a pine tree from your bedroom window
フェイイ・ウェンは1990年中国・北京生まれ。英国ロンドンを拠点にするビジュアルアーティスト。あたかも中国の山水画を想起させる写真はイギリスの自然を写したもので、黄色味を帯びたライスペーパーに印刷している

画像: Peng Ke, (左から)The Boiling Cancer, Dance Floor, A Billiard Room in Hailar パン・カーは1992年中国・湖南省生まれ。中国とアメリカを拠点に活動するビジュアルアーティスト。今回は写真をベースにステンドグラスの手法やガラス絵を用いて図像をコラージュした立体作品を展示

Peng Ke, (左から)The Boiling Cancer, Dance Floor, A Billiard Room in Hailar 
パン・カーは1992年中国・湖南省生まれ。中国とアメリカを拠点に活動するビジュアルアーティスト。今回は写真をベースにステンドグラスの手法やガラス絵を用いて図像をコラージュした立体作品を展示

──今後はより若手や女性のアーティストにフォーカスしていくということでしょうか?

ピール:女性の存在やその地位向上はシャネルの創業以来、切っても切り離せない重要なテーマです。創業者が女性であることはもちろん、現在世界中で働くシャネルの従業員の75%は女性ですし、パートナーシップを組んでいるロンドンの〈ナショナル・ポートレート・ギャラリー〉では2023年に女性アーティストの作品展示を行うプロジェクトを成功させました。ただ、女性だけに特化するというよりは、さまざまな背景を持ったすべての人たちの新しい声を取り上げていくつもりです。

──日本に〈シャネル・ネクサス・ホール〉があることの意義をどう捉えていますか?

ピール:まず私が現在のポストに就いて5年が経とうとしていますが、その間、アジアのアーティストたちにより多くの関心が集まっているように思います。日本にはすでに世界的に名の知れたアーティストや建築家が多く、草間彌生、安藤忠雄、村上隆、SANAAなど枚挙にいとまがありません。日本のアーティストに興味を寄せる人は世界中にいますが、彼ら同士が互いにつながったり、日本の新しいアートシーンを知りたいときにアクセスできるようなプラットフォームが、残念ながら現状では充分ではないように思います。日本のアートを受容したいと考えている人たちがより気軽にアクセスできるような仕組みの一端を、今後われわれが担っていければと願っています。

──そのほか、シャネルが取り組んでいるアート支援について教えてください。

ピール:2021年にCHANEL Culutre Fund(シャネル文化基金)を設立しました。その一環として創設した「CHANEL Next Prize」では2年に一度、10名の新進気鋭のクリエイターを選び、賞金10万ユーロを授与してその活動をサポートしています。今年の受賞者の顔ぶれは4大陸6カ国にまたがり、ゲームデザイナー、オペラ歌手、ダンサーなど実に多様なジャンルの方々です。その審査員も偏りがないよう、俳優のティルダ・スウィントンやアーティストのツァオ・フェイ(曹斐)、ハンス・ウルリッヒ・オブリスト、キュレーターのレガシー・ラッセルなど多彩な分野の方にお願いしています。また「CHANEL Connects」というアート&カルチャーのポッドキャストも開設し、さまざまな分野のアーティストの言葉や対話を発信しています。

──今後の展望を聞かせてください。

ピール:〈シャネル・ネクサス・ホール〉は単に展覧会スペースというだけでなく、さまざまな国・ジェンダー・世代・文化圏のアーティストやアート受容者を結びつけ、対話が生まれるベースとして機能していきます。コロナ後に多くの人が真っ先に旅したい場所として挙げたエキサイティングな都市である東京で、次の世代、次に起こることへの支援を強化し、発信していきます。

画像: PHOTOGRAPHS: ⒸCHANEL

PHOTOGRAPHS: ⒸCHANEL

Borrowed Landscapes
フェイイ・ウェン|パン・カー 二人展
会期:2024年5月22日(水)〜7月15日(月・祝)
会場:シャネル・ネクサス・ホール
住所:東京都中央区銀座3-5-3 シャネル銀座ビルディング4階
開館時間:11:00〜19:00(最終入場18:30)
問い合わせ:シャネル・ネクサス・ホール事務局 TEL.03-6386-3071

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