BY JUNKO ASAKA, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO
800年以上の歴史を誇る“刃物の町”、岐阜県関市。この町にルーツをもつ刃物メーカーが貝印だ。代表的製品である包丁をはじめ、ヒゲ剃りやビューティアイテム、医療用器具までと、扱う製品の幅は世界でも類を見ないほどに幅広く、現在は「KAIグループ」として世界でもその名を知られている。
そのKAIが誇る、最高峰のキッチンツールブランド「Michel BRAS」をご存じだろうか? 包丁の名としては知らずとも、20数年間にわたってミシュランの星を保ち続けてきたレストランの名前を知る人は多いに違いない。フランス中南部のオーブラック地方にあるレストラン「BRAS」は、20年前からランチもディナーも連日満席。パリから遠く離れた片田舎のこの店を訪ねて、世界中からおいしいもの好きが集まってくる。
オーブラックのライヨル村に生まれたミシェル・ブラス氏は、有名シェフに師事することなく、地元のオーベルジュを営む母親を手伝いながら、ブラス氏いわく“緑の砂漠”のような豊かな自然の中、ほぼ独学でその料理を確立した。アリゴやガルグイユは、もともとオーブラック地方の郷土料理だったものが彼の手によって洗練され、いまや店のスペシャリテとなっている。料理研究家のゴーミヨが1978年にこの店を訪れたとき、「上質だが素朴な郷土の素材を活かして、これほどまでにシンプルで軽やかで多彩で、創造的ですばらしい饗宴を仕上げる術を持つ者は、ミシェル・ブラスのほかにいない」と激賞。ミシェル・ブラスの名を一躍、世間に知らしめた。その後、1982年にミシュランの一ツ星を獲得して以来、星を獲り続け、1999年からは三ツ星を保ってきた。
そんな彼が貝印と組んで包丁を生み出したのは2005年のこと。そもそもブラス氏の出身地ライヨルはソムリエナイフの故郷として知られ、父親も鍛冶職人だった。そんな環境の中で育ったブラス氏は、自らの料理にとって重要な要素として「香りと味わい」を挙げる。「きれいにスライスされた野菜は、見た目に美しいだけでなく食感や風味、香りも違う」というほどナイフの切れ味にこだわる彼は、料理人のニーズに合った究極の包丁を作れないものかと考え、世界中の包丁が集まる展示会で貝印に白羽の矢を立てた。