製造業が怒濤の勢いでもたらした莫大な資金、広大な土地、そして堅牢な産業によって、20世紀半ばのミシガンは、モダニズムが最も豊かに花開いた重要な拠点のひとつとなった。今日この街に残る建物は、アメリカのイノベーションにおける失われた歳月の証拠であり、現代デザインのいまだ語られざる一章なのだ

BY M. H. MILLER, PHOTOGRAPHS BY ANDREW MOORE, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 ミシガン総合ガス会社の本社社屋(註:現在のワン・ウッドワード・アベニュービル)は、ヤマサキがはじめて設計した高層ビルだ。現在ギルバートが所有するこのビルは、ワールド・トレード・センターの前身といえるデザインだ。ランチタイムで、ビルの中を従業員たちが行き交っている。ビルの扉を開けて外に出れば、ダウンタウンのあちこちに、都市開発で整備された街に中流階級が戻ってくる最初の兆しである、典型的なしるしを発見できる。すなわち、ハンバーガーチェーンのシェイク・シャックと、ヨガウェアのルルレモンの店だ。

 これはある意味では、明るい希望がもてる兆候だ。10年前、これらのビルの多くは空室ばかりだった。ニュース報道は、ダウンタウンに商業施設が戻ってきたことを祝福し、ナショナル・ジオグラフィック誌からニューヨーク・タイムズ紙まで、さまざまな媒体がデトロイト再生を記事にした。だが、街のほかの地域は、それまでの数十年間ずっと同じだったように、基本的にまだ苦闘している。開発の兆しから切り離された広大な地域に住む貧しい人々にとって、デトロイトの復活は何を意味するのか? デトロイト・フリープレス紙の最近の記事によると、同市は建物の不法占拠が全米最悪レベルで、デトロイト・ランド・バンク局(註:デトロイト市内の放置された住宅を管理する機関)が所有する数千軒の空き家に勝手に人々が住み着き、臨時のホームレス・シェルターと化しているとのことだ。現在、人口の80%が黒人のデトロイト市では、「再生」は「またしても白人の中流階級にとって喜ばしいもの」を意味するようだ(昨年、ギルバート所有の不動産会社ベッドロックが、「私たちのデトロイトを見て」というキャッチコピーで、情熱的な白人たちのグループをフィーチャーするという配慮に欠けた広告を出した。その後、ギルバートは謝罪をしている)。

 つまり、また同じことの繰り返しなのだ。どんなにその代償が大きかろうと、決して止まることのない進歩という概念に戻ってきてしまう。しかし、誰のための進歩なのか? それは、いかにもアメリカ的思考の典型というだけではなく、モダニストの考え方でもある。低所得者が住む地域を更地にして、工場や高層コンドミニアムやスポーツ・スタジアムを建設し、それを人類の業績として歴史に記すということだ。同じことが1世紀前に起き、米国民はそれをはじめて目撃したのだった。ミシガンのモダニストの遺産は、誰もがアクセスできる歴史のひとかけらというだけでなく、世に警告を与える物語でもある。

画像: ほかの写真をみる サウスフィールド郊外にある、ミノル・ヤマサキ設計のレイノルズ・メタルズ販売支部オフィス。現在は空きビルとなっている

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サウスフィールド郊外にある、ミノル・ヤマサキ設計のレイノルズ・メタルズ販売支部オフィス。現在は空きビルとなっている

 ミシガンを去る前日に、私は郊外のサウスフィールドまで車を運転して、ヤマサキが設計したかつてのレイノルズ・メタルズ販売支部オフィスを見に行った。1959年に完成したその建物は、アルミニウムに捧げられた精密な造りの記念碑だった。かつてデトロイトはアルミニウムにその富の源を頼っていたのだ。そのビルは、高速道路から降りてすぐの、ほとんどが空室の灰色のオフィスビル群の中にそびえ立っていた。遅い午後の時刻で、太陽がヤマサキのデザインした格子模様に反射していた。金色のアルマイト加工が施されたアルミニウムの輪が、編み込まれたように重なっている模様だ。1959年当時、このビルの周囲を反射池が取り巻き、ガラス張りのロビーと真っ白なコンクリートの床、大理石とアルミニウム製の受付デスクなどを、水面がキラキラと映していたのだろう。だが、レイノルズがこのビルから移転してもう長い月日が経過した。直近では、このビルにはLAフィットネス(註:フィットネスクラブのチェーン)の店舗が入っていたが、ここ数年は空きビルになっている。私は車から降りて、正面玄関への階段を歩いて上った。フェンスには誰かが巻きつけたクリスマス用のモール飾りが残されていた。正面玄関のドアには雨風にさらされてボロボロになった合板が打ちつけてあった。高速道路を降りてすぐの場所にある、この朽ち果てた芸術作品についた値札は、90万ドル(約9,800万円)だった。私は車に戻ると、その場を後にした。

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