ジャズの巨匠、ルイ・アームストロングが暮らした家がニューヨークの目立たぬ一角に今も残る。手入れが行き届いた家は彼自身と、ミッドセンチュリーのデザインのレガシーを語り継ぐものだ

BY M. H. MILLER, PHOTOGRAPHS BY CHRIS MOTTALINI, TRANSLATED BY MAKIKO HARAGA

 コロナはニューヨークのクイーンズ地区にある、地味で落ち着いたエリアだ。近くには、ニューヨーク万博(1964年)のときにつくられたステンレススチール製の球体オブジェ「ユニスフィア」があり、約5キロメートル西へ行くとフラッシングのメインストリートにぶつかる。ここは飲茶の店が軒を連ねる中華街だ。近隣の喧騒とは対照的に、コロナには都会に無理やり押し込められた郊外みたいな雰囲気が漂う。この閑静な住宅街には、築100年を超えた控えめな戸建ての家が並ぶ。どの家にも小さなコンクリートの玄関ポーチがあって、外壁にはアルミサイディングが施されている。その中に、ジャズトランペット奏者、そしてビッグバンドのリーダーとして活躍したルイ・アームストロングが1943年から69歳で亡くなる1971年まで過ごした家がある。奇跡としか言いようがないかたちで保存されている、全米屈指の素晴らしいミュージアムだ。ただし、知名度は低い。

画像: クイーンズのコロナにあるルイ・アームストロング邸の客間。1960年代後半のボタニカルプリントの壁紙と、おそろいのカバーが、当時のまま残る。ポートレートのモデルは、アームストロングの妻のルシール

クイーンズのコロナにあるルイ・アームストロング邸の客間。1960年代後半のボタニカルプリントの壁紙と、おそろいのカバーが、当時のまま残る。ポートレートのモデルは、アームストロングの妻のルシール

 アームストロングは1901年、ニューオーリンズで生を受けた。幼くして学校教育から脱落したが、20代前半で早くもミュージシャンとして成功を収め、全米各地を巡業していた。1929年より前からハーレムに住んでいたが、年に300日は旅に出ていた。レコードが売れるアーティストとして、全米で一、二を争う人気者だったにもかかわらず、だ。そして1939年、ハーレムの「コットンクラブ」のダンサーだったルシール・ウィルソンと出会う。彼の4番目の、そして最後の妻となった女性だ。少女時代の一時期をコロナで過ごしたルシールは、夫にホテル暮らしをやめさせて、ほんとうの意味での家を構えて落ち着かせようと決意した(とはいえ、ふたりが結婚式を挙げた場所は歌手のヴェルマ・ミドルトンの自宅で、セントルイスで巡業中のことだった)。

 アームストロングが公演で留守にしていたある日、彼女は8,000ドル(現在の11万9,000ドルに相当)の頭金を払い、107番街の34-56番地にある家を買った。夫にはこのことを8カ月間内緒にしていたが、この間も彼女は残金の支払いを続けていた。ルシールは「ダメ」と言われるのが嫌いな性分だったと、ルイ・アームストロング・ハウスミュージアムのギフトショップを運営するハイランド・ハリスは語る。「彼女が最後の妻だったというのは、それなりの理由があるんですよ」。ちなみに、ショップがある場所は、かつてはガレージだった。夫妻が住んでいた当時と現在を比較して、もっとも大きく変わったところだ。

 280平方メートルほどの広さで、ベッドルームが二つあるアームストロングの家は、外観は周囲の家となんら変わらないが、これは意図的にそうなっているのだ。彼はよく、自分のことを「サラリーマン」と称し、「あの古きよき時代の田舎生活」と愛情を込めて表現したコロナで、電話交換手や教師や清掃員といった人たちを隣人にもつ暮らしに安らぎを見いだしていた。裏を返せば、アームストロングはいかに人生の大半をジャズクラブで過ごしたか、ということの証しである。

 コロナはニューヨーク市内でいち早く整備されたエリアのひとつで、アームストロングが移り住んだ当時は、住民の多くが中間所得層のアフリカ系アメリカ人かイタリアからの移民だった。その後数十年で住民の顔ぶれは変わり、60年代からイタリア系に代わって増え始めたヒスパニック系が、今や大半を占める。だがこのほかにはあまり変化はなかった。再開発や高級化の大波に見舞われることもなかった。アームストロングは近隣の一般労働者たちに溶け込むことに心を砕いていたので、妻がレンガ造りの壁にすると決めたとき、区画内の住民を一軒ずつ訪ねた。費用は自分が負担するので、彼らの家にもレンガを貼って外側をきれいにしたいかどうか、希望を聞いて歩いたのだ(数軒がこの申し出を受け入れた。だから今でもこの通りには、レンガ造りの家がぽつぽつと散在する)。

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