クリエイティブなエネルギーの中心地へと成長中のメキシコの都市グアダラハラでは、一世紀前にルイス・バラガンから始まった建築デザインの伝統が発展し、宗教にインスパイアされた瞑想的な居住空間の新風が吹いている

BY MICHAEL SNYDER, PHOTOGRAPHS BY ANTHONY COTSIFAS, TRANSLATED BY NHK G-MEDIA

 メキシコ中西部、ハリスコ州の州都グアダラハラの郊外にある〈カサ・パディーヤ(パディーヤ邸)〉は、通りから見ると、住居というよりは僧院のような姿をしている―― 白い壁には、幅の広い三日月型の縦樋(たてどい)と、飾り気のないシダー材の扉があるだけだ。高さが2mほどしかないドアを開けると、日陰になった小さな玄関ホールがあり、その突きあたりにまたドアがある。そこを開けると、まぶしい日差しに照らされた中庭に出る。

 中庭は、教会の周りにあるような壁に囲まれている。正面に見える淡紅色のカンテラ石に囲われた階段は、半ばあたりから別の壁の裏に吸い込まれていく。どこへ上っていくのかわからない階段は、建築というよりは抽象的な彫刻作品のようだ。階段の横の角を曲がったところにある別のドアを開けると、ハッとするほど暗いホールに入る。そして、迷路のような通路を歩いていくと、突然、屋根つきの広いテラスに出る。高さ4.5mほどの屋根は、何本ものマツ材の梁に支えられ、アーチはグアムチルの木の曲がりくねった枝を縁取っている。

画像: ウーゴ・ゴンザレスが1989年にメキシコのサポパンの町に建てた〈パディーヤ邸〉の、石灰岩を敷いた中庭に植えられているのは、この地方で長年栽培されているグアムチルの木

ウーゴ・ゴンザレスが1989年にメキシコのサポパンの町に建てた〈パディーヤ邸〉の、石灰岩を敷いた中庭に植えられているのは、この地方で長年栽培されているグアムチルの木

〈パディーヤ邸〉は、世界的にはあまり知られていないが、結束の固いグアダラハラの建築コミュニティでは深く尊敬されている建築家ウーゴ・ゴンザレスが1989年に手がけた作品である。現在63歳になったゴンザレスが設計した広さ約800m²の邸宅は、建造物というよりはひとつの物語のようだが、物語の全体を判読することはできない。ハイモダニズムのガラスの宝石箱やブルータリズムのシェルターのようなコンクリートの建造物がある種の冷徹さを受容しているとすれば、〈パディーヤ邸〉は、グアダラハラの象徴的な建物の多くがそうであるように、神秘的で畏敬の念を抱かせる古い宗教的な道理に根ざしている。

「ウーゴが何よりも大事にしたのは、明暗の間の“半影”と“発見”です」と話すカルロス・A・モーラは、37歳のランドスケープアーキテクトで、ゴンザレスの娘婿であり、彼の遺産の非公式の管理人でもある。ゴンザレスが抱いた理想は、1920年代から脈々と受け継がれてきたグアダラハラの建築の伝統の根幹をなしている。

 ちょうどこの頃、グアダラハラ建築の4人の創始者であるイグナシオ・ディアス・モラレス、ペドロ・カステヤノス・ランブリー、ラファエル・ウルスア・アリアス、ルイス・バラガン・モルフィンが、地元のエスクエラ・リブレ・デ・インヘニエロス(エンジニアのフリー・スクール)を卒業した。当時のグアダラハラは、商人や職人、地方役人などが暮らす保守的なカトリックの町で、16世紀の創設以来ずっと、裕福な都市に見られるような華美な建築物とは縁がなかった。19世紀に建てられたいくつかの壮大な新古典派のモニュメントが歴史地区にそびえているものの、つつましい低層の建物が多い都市景観とは不釣り合いに見える。地域特有の建築学的規範を確立するため、タパティオ派(“タパティオ”はグアダラハラ出身の人を指すメキシコの言葉)の4人の創始者は、歴史と呼べるようなものが見あたらない都市の歴史を“発掘”する必要があった。

画像: 〈パディーヤ邸〉の中庭の明るい黄色の壁とフィロデンドロンやハマグルマなどの植物

〈パディーヤ邸〉の中庭の明るい黄色の壁とフィロデンドロンやハマグルマなどの植物

 都市の周りの田園地帯にあるアシエンダ(大農場)や修道院にインスピレーションを得た彼らは、壁に漆喰を厚く塗り、修道院の回廊のように中庭を中心に建物を構成した。1950年代から1960年代にかけて、グアダラハラの建築も現代的になり、シンプルな立方体のフォルムや、ブリーズ・ソレイユと呼ばれる日よけ装置に守られた窓の列などのモダンなデザインの要素が増えると、タパティオ派の継承者たちは、曲がりくねった通路や瞑想のための静かな空間が屋内にあることをうかがい知ることができないようなファサードを用いて、繁栄する都市の居住者にとっても信心深い住民にとっても魅力的な建物を設計した。
「グアダラハラでは、モダニズムでさえも、完全なモダンではありませんでした」と44歳のアレハンドロ・ゲレーロは語る。彼はグアダラハラで最も著名な現役建築家のひとりだ。

 今日のグアダラハラは、人口500万のメキシコ第2の都市に成長し、産業と工芸が交差する場所として多くの芸術家やデザイナーを惹きつけている。セメント工場の隣には陶芸や吹きガラスの小さな工場や、何世紀も前から継承されてきた職人技を用いて陶器をつくっている家族経営の工房がある。タパティオ派の継承者らは今では5代目になり、あたかも記憶を原材料として使っているかのように、建築物の形状や構造と同じくらい、それがもたらす雰囲気や体験を大切にしている。

 彼らは先駆者たちほど宗教的ではないが、崇高な美を指し示し、開口部のないファサードで内部にあるものを隠し、内面に目を向けるよう促すところは、今も変わらない。現代的な建物の多くがテクノロジーを武器のように使い、私たちが未来に目を向けることを強いるとすれば、これらの作品は進歩に対して慎重なアプローチをとり、私たちが静かに自問し、考えるための場所を与えてくれる。目新しさよりも、互いに共有する哲学の段階的な進化に重点を置くグアダラハラの建築家は、使用する建築資材が煉瓦やスタッコ(化粧しっくい)であっても、鋼鉄であっても、「ノスタルジアを再構築し、更新する」ことによって「現代的にする」というルイス・バラガンの教えを守り続けている。

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