BY NOBUYUKI HAYASHI
今年のミラノデザインウィークで歴史ある京都の織物ブランド2社が静かな存在感を放っていた。
1社は「HOSOO」。今年で創業335年、京都・西陣で1688年から続く老舗。同時に、西陣織という工芸を、その真価を理解してくれるラグジュアリー層に広めた立役者でもある。2010年以降、世界標準の150cmの生地幅に対応した織り機を独自開発。その後、作られたテキスタイルは国内外の高級ホテルやラグジュアリーブランドに認められ、内装材として採用されてきた。
伝統と革新に満ちたブランドを牽引するのは12代目の細尾真孝さん。アートやデザイン、工芸、サイエンスなど多角的な視点から染織を扱うギャラリーを開設するなど、それまでの業界の伝統に囚われないチャレンジでも知られている。
ミラノデザインウィークとの関わりも長く、2011年には京都のSferaの展示に協力、2012年には上海発のStellar Worksが展示した新作コレクションにテキスタイルを提供、2017年にはGO ON × Panasonicのプロジェクト “Electronics Meets Crafts:”として、金銀箔をセンサーとした音を奏でる西陣織の作品を提供した。
2022年にはミラノサローネ国際家具見本市に単独で出展し、古布が持つ独特の気配を現代の西陣織にした新作テキスタイルコレクション「Heritage Nova」を発表していた。
今年は、2月に初の海外拠点としてオープンしたショールーム「HOSOO MILAN」のお披露目を兼ねる形での参加となった。総面積110平方メートルの店舗があるのはミラノの文化的心臓部で、インテリアの店も集まるブレラ地区。内装デザインは京都の旗艦店同様、デンマークのOEO Studioが手掛けている。
今回、HOSOOがこの古くて新しいショールームで発表したのは、オランダ人テキスタイルデザイナー、メイ・エンゲルギールとのコラボレーションによる新作テキスタイル「Shoji Fabrics」シリーズ。その名の通り、日本の障子からインスピレーションを受け、光を操るセミトランスペアレントなテキスタイル「Diaphanous(ダイアファナス)」と、石畳模様を描く「Essence(エッセンス)」の2種から成る計16バリエーションのコレクションだ。大きな窓から入る自然光で楽しんだ後、室内の照明をつけると、それまでとは違った表情を見せる。日本の織物の表情の奥深さを感じさせる展示となっていた。
新作は京都や東京のショールームでも5月から展示される予定だ。細尾真孝さん曰く、同ブランドでは、今後、まずはミラノで新作を発表し、その後、それを日本に持ち帰るというスタイルが増えるかも知れないとのことだ。
さてミラノデザインウィークに出展していたもう1つの織物ブランドが、1843年創業、今年180周年を迎えた日常を贅沢に彩るファブリックを追求する川島織物セルコンだ。2021年には一度、参画したLIXILグループから独立。1000人近い従業員を抱える大企業でありながら、インテリアメーカーやアーティスト、ファッションデザイナーとのコラボなどを軽やかに展開するブランドとしても知られている。
ミラノデザインウィーク初出展は2019年。17世紀の宮殿の壁を琳派の画家・工芸デザイナーの神坂雪佳が制作した「百花」のテキスタイルで飾った。また2022年には、ミラノ最古の文化協会のインスタレーションで京都を守ってきた神話上の霊獣の物語を紹介した。
今年はこれまでと趣向を変え、会場は歴史建造物ではなく注目展示の多い市内の人気の展示会場Superstudio Più(スーパースタジオ・ピウ)。照明デザイナーの岡安泉さんをアートディレクターに迎え、ピックアップした資料写真やインスタレーションといったサンプル標本を通して、同社180年の進化を紹介した展示「Evolutionary Specimen of fabrics ― 織物進化標本」という形でまとめられた。
写真では同社がパリ万博出品作品(1900年)、横浜ホテルニューグランドの映画撮影にもよく使われる有名なロビーエレベーターの綴織り(1927年)、ル・コルビュジエが原画を描いた旧東急文化会館の緞帳(どんちょう)(1956年)など、数々の歴史に残る名品を手掛けたことが紹介されていた。
だが、メインの展示は三原康裕、ロク・ファン、井野将之の3名のファッションデザイナーとコラボレーションして作ったイスと、そこからインスピレーションを得て作ったファブリックだ。イスのベースはFRITZ HANSENの名作、エッグチェアだが、同社伝統の織りの技をファッションデザイナーの表現力で昇華させて生地を作った。
2019年、2020 年に東京で 開催された「織物屋の試み」展の作品から、「錆」や「苔」といった日本の生んだ美意識を感じさせる三脚を選んでいる。「錆」の腐食度によって変化する色やザラッとした感触、「苔」の微妙な色合いや毛羽立ち感は織物ならではの立体感や質感を活かして表現した。
その際、ヒントとなったのが「引箔(ひきはく)」という技術。もともとは金箔やプラチナ箔、薄くスライスした貝を貼った和紙を 細く裁断して糸状にし、これを光を反射する側が表になるように注意しながら手作業で織って光沢を出していた。様々な形状や色・太さの糸を撚る意匠撚糸という伝統技術も使われている。同社はこれらを機械でも実現する方法を開発したという。
片面だけに光沢を持つ箔糸は光の当て方によって見え方が変わる。展示では岡安さんによる照明の工夫で、同じ布が光の当て方でまったく異なって見えることに来場者も驚いていた。
会社の規模も文化も異なる2社が、本質を突き詰めた結果、日本の織物の魅力は光の当て方で変わる表情という結論に辿り着いたのは興味深い。その上で今年の展示では、HOSOOは障子の透ける光を、川島織物セルコンは箔が反射する光の変化を紹介する形となっていた。