グリニッチビレッジのコンパクトな一室に暮らすインテリアデザイナー、ニコラス・オベイド。彼が自らデザインした小さなオアシスは窓の外の喧騒を忘れさせる

BY NICK MARINO, PHOTOGRAPHS BY DAVID CHOW, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 ニューヨークを拠点とするインテリアデザイナー、ニコラス・オベイド(32歳)。彼は5 年前にブエノスアイレスを訪れ、サンテルモ地区の蚤の市で、赤いパンチングメタルでできたミッドセンチュリーのシャンデリアを見つけた。心惹かれたが、飛行機で持ち帰るのは難しいだろうと諦めた。しかし、一年たっても忘れられず、再びその蚤の市に戻ると、驚いたことに70ドルのシャンデリアは同じ場所にそのまま残っていた(母親の故郷であるアルゼンチンに彼はよく行く)。今、そのシャンデリアは、グリニッチビレッジの彼の家にある。オベイドは自ら配線をしなおし、キッチンにあるステンレス製オープンラックの上に吊り下げた。「『1stDibs』(註:美術品や高級品に特化したECサイト)では、これとほぼ同じものが数千ドルで出品されていたんだ」

 オベイドにとって、こうしたオブジェの修理はお手のものだ。彼は世界各地を自分の足で、あるいはオンライン上で巡り、良質で趣のあるヴィンテージアイテムを探しだす(「欲しいのは魂を感じるオブジェ」だそうだ)。入手したアイテムは、質感に特徴のあるユニークな家具や装飾品(素材はシルクからモヘア、メタル、ガラス、レザー、さまざまな色の多様な木材、大理石、シアリングムートンまでバラエティ豊富)とミックスし、約53㎡の彼の家とクライアントたちの居住空間を飾っている。またここ5年間に、彼は数十種類のオリジナル家具をデザインしてきた。組み合わせ自在のユニット式レザーソファ、コンクリート製サイドテーブル、黒檀風の色に仕上げたオーク材のランプ、真鍮のウォールランプなど、どれもひねりのきいたデザインが魅力だ。

リビングルーム。ベイリーフ色のモヘア地で包んだ「ジャン・ミシェル・フランク」風のソファの上には「ピエール・フレイ」社のジャカードのクッション。ブラウンのペーパーシェードをかぶせた錬鉄のランプはヴィンテージ。X型のレザーベルトが特徴のテーブルはカスタムメイドで、メキシコ「カサミディ」社の鉄とガラスとレザーを使用。Tチェア(註:背もたれなどがT字型の椅子)にはボタン飾りを配したリネンのチェアパッドを載せて。

 デザインのアイデアは家で練ることが多いという。2020年に入居したウォークアップ・ビル内の賃貸の部屋は、彼にとって心安らぐ隠れ家だ。所在地はニューヨーク大学の南側、ポスターショップやピアス専門店などがずらりと数ブロック分並んだ通り。3 階に位置するコンパクトな空間(キッチンが、ベッドルームとリビングルームの真ん中にある)で、全体がバターカラーとウォールナットカラーの色調でまとめられている。ベッドルームで目を引くのは、脱色したアカシア材を白く塗ったオーダーメイドのナイトスタンドと、その後ろの壁を飾るサンフランシスコ・ベイエリアのアーティスト、ローラ・レンギールの木炭画(1975年)。額装する際に入れたマット台紙は、手前に置かれたナイトスタンドの形に合わせて彼がカットした。この絵もブエノスアイレスで見つけたそうだ。一方、ミニマルなローベッドの前の、アイボリーの壁には何も飾られていない。「いろんなことでいつも頭がいっぱいだから、静かな環境が欲しくて」

画像: 絵はジョージ・ボーディス作。ヴィンテージのサイドボードの上には「ラドナー」のヘンリー・ウィルソンがデザインした大理石のテーブルランプ。

絵はジョージ・ボーディス作。ヴィンテージのサイドボードの上には「ラドナー」のヘンリー・ウィルソンがデザインした大理石のテーブルランプ。

 部屋と同じ幅の広いテラスも、穏やかな静寂に包まれている。6×4mのスペースを活かしてダイニングテーブルを置き、その周りにラタンのヴィンテージ・サークルチェアやソファを並べている。テーブルにはよくオリーブ色のリネンをかけるそうだ。一日の始まりはここでコーヒーを片手に「しんとした空気のなか、陽の光を浴びながら読書をするんだ」とオベイド。

 彼の父親は外傷外科医で、研修医としてシリアからアメリカに移住してきた。オベイドが育ったのはミシガン州のトロイだ。日曜日にはよく叔母や叔父、いとこたちが来て、卵料理やマヌーシェ(註:いろいろなものをトッピングした丸く平たいパン)がメインのブランチをした。そんなときも彼はデザイン誌を読むのに夢中で、新しい知識を得ると、みんなに伝えていたそうだ。
 ミシガン州立大学を卒業後、オベイドは陶芸作家兼デザイナーであるジョナサン・アドラーのニューヨークオフィスでインターンを経験した。そのまま社員となり、クリエイティブサービス部門の運営と写真撮影を担当。7 年の在職期間、オフタイムには家族や友人のためにインテリアのデザインもしていた。2018年には自身の事務所を設立。翌年からは米インテリアショップ「CB2」向けの仕事もしており、彼がデザインした家具や照明、オブジェなどすでに40点以上がリリースされている。

 これらのアイテムが少しずつ増えてきた家は、オベイドのショールームのようになりつつもある。だが同時に、カスタムメイドのインテリア用品(ベッドカバーは、約150年の歴史を誇るスペインのテキスタイルメーカー「ガストンダニエラ」のリネンと、別のリネンを組み合わせている)やヴィンテージアイテム(テラスのラタンのソファはパンデミック期にミシガン州の蚤の市で見つけたもの)も彼のオアシスになくてはならない存在だ。オベイドにとっては、どのオブジェにも大切な意味があるのだ。「自分の家を好きになると心が満たされる。気持ちもクリアになり、自信に満ちた人生が送れるようになるんだ」

画像: リビングの一角を飾るテーブルはオベイドがデザイン。素材はカラカッタ大理石とホワイトオーク。木炭画はジョージ・ダマート作、椅子は「アルヴァ・アアルト」のヴィンテージ品。モスグリーンのシアリング素材を張ったスツールは「ラブハウス」のウンベルト・ベラルディ・リッチの作品。

リビングの一角を飾るテーブルはオベイドがデザイン。素材はカラカッタ大理石とホワイトオーク。木炭画はジョージ・ダマート作、椅子は「アルヴァ・アアルト」のヴィンテージ品。モスグリーンのシアリング素材を張ったスツールは「ラブハウス」のウンベルト・ベラルディ・リッチの作品。

PHOTO ASSISTANT: ALEX LOPEZ

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