BY ALEXA BRAZILIAN, PHOTOGRAPHS BY DANIEL PAIK, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO
ローマン&ウィリアムスが手がけたハンプトンの海辺の家【前編】

階段のスペースを彩るのは、1920年代英国製の鉛枠で飾ったガラスのペンダントランプと、陶器のコレクションが並ぶアーチ型のニッチ。
ダークグリーンの扉を開けると、ダークパープルの手すりと四角い支柱飾りが印象的な階段が迎えてくれる。支柱飾りはアレッシュ自身が手がけたもので、マサチューセッツ州のシングル様式住宅(註:19世紀後半の米国で流行した、外壁や屋根をシングル材〔こけら板〕で覆った家)の、屋根飾りを模したそうだ。右手にはウォールナットカラーの木材で覆われた20㎡ほどのシアタールームがある。そこで目を引くのは、コネチカット州を拠点とする「バンタム・タイルワークス」製の、セージ色とグレイッシュグリーンのタイルで縁取られた暖炉だ。そのつややかなハンドカットタイルはひとつひとつ濃淡や表情が異なる。「ローマン&ウィリアムス」がデザインしたオットマンは、1920年代のトルコのウシャク絨毯地で包まれ、ロールアームソファは英国の老舗ブランド「Watts 1874」(テキスタイルや壁紙、さらに聖職者用衣装のメーカーとして知られ、150年の歴史をもつ)の炎のモチーフを織り込んだベルベットで覆われている。

シアタールームを灯すのはアンティークのエンパイア様式のシャンデリア。パイン古材で覆った壁にはポンペイレッドの漆喰のフリーズ(註:壁の帯状の装飾)と、1930年代の鏡つき燭台(NYのアンティーク家具店「Carlos de la Puente」で入手)があしらわれている。19世紀製の木製の暖炉枠は「バンタム・タイルワークス」特注の緑色のタイルをあしらい、その存在感をさらに際立たせている。「Watts 1874」の炎のモチーフを織り込んだベルベットでくるんだソファと、トルコのウシャク絨毯地で覆ったオットマンは、ともに「ローマン&ウィリアムス」によるデザイン。
その奥に続くのは約36㎡のリビング・ダイニングエリアだ。壁は、荒れた北大西洋を思わせる、どこか不穏な青緑。部屋の中央には、ジョージアン様式の小ぶりなマホガニーのダイニングテーブルが鎮座し、その両端にはアレッシュがデザインした精巧なビルトイン家具が並んでいる。窓辺に配したのは「ピエール・フレイ」の金色のベルベットを張った椅子。パキスタン・スワート渓谷の伝統的な刺しゅうが施された、アンティークのクッションが載っている。反対側は、つくりつけの棚を備えた読書スペースだ。
このふたつのスペースの中間には、床から天井まで届くキャビネットを設けた。スタンデファーがオークションで入手した、「ヘレンド」の稀少な70点のテーブルウェア・セットを飾るためだ。ふたりの美意識は一貫していて、まずこの赤橙色の花柄のテーブルウェアを見つけてから、それに合う室内の色調を選んだという。まるで展示物を引き立てるために壁の色を選ぶ美術館さながらの緻密で徹底したアプローチである。「ディスプレイという芸術」に情熱を注ぐふたりと、「ローマン&ウィリアムス」のアーティスティック・ディレクターであるタニア・ジョンソンは、各地のエステートセール(註:故人の遺品を公開して売却する)やアンティークマーケットを巡り、この邸宅に趣を与えるヴィンテージの肖像画を収集した。当時、彼らはこの家のリノベーションに加えて、NYのメトロポリタン美術館の「英国ギャラリー」─1500~1900年代の装飾芸術を集めたスペース─の改修プロジェクトにも携わっていた。「かつてイギリスの豪邸には壁一面に陶器を飾る『プレートルーム』と呼ばれる一室があったんです。ユニークな伝統文化ですよね」とスタンデファー。平日にメトロポリタン美術館で作業を進め、週末になると車で海辺に向かったふたりは「ふたつのプロジェクトには共通点があり、互いに影響し合った部分も多い」と語る。

ダイニングエリアのディスプレイ用キャビネットは「ファイン・ペインツ・オブ・ヨーロッパ」の深いティール色が印象的。そこに並ぶのは「ヘレンド」が前世紀に発表した「インディアン・バスケット」柄のテーブルウェア・セット。アンティークのイギリス製ラスターウェア(註:光沢ある金属釉を施した陶磁器)のピッチャーとヒマワリがダイニングテーブルを鮮やかに彩る。
室内の大部分はダークで重厚なムードだが、穏やかな光が広がる一角もある。上階のワンフロアを占めるスイートルームを、スタンデファーは海辺で見つけたホタテ貝に着想を得て、淡いアプリコットカラーで包み込んだ。そこにはドレッシングルーム、ウォークインクロゼット、バスルーム、寝室があり、天蓋つきベッドや「ペニー・モリソン」の赤と白のピンストライプのカーテン、1880年代製の赤とセージ色のトルコのウシャク絨毯などが、美しいアクセントを与えている。
1 階のサンルームは、上階のスイートルームとは異なる雰囲気の明るさに満ちた、くつろぎと読書のためのスペースだ。尖塔型の天井と、淡いブルーの窓枠が印象的なビクトリア朝様式のガラス張りの空間で、庭が一望できるよう家の背面に配されている。それはアレッシュとスタンデファーが、この家の本来の構造に加えた唯一の要素でもある。断熱を施したこの部屋に並ぶのは、19世紀後期のスウェーデン製薪ストーブや、グリーンの大きな籐製アンティークソファ(布帛部分は「ピエール・フレイ」の金色のベルベット地で張り替えた)、19世紀のイギリス製シノワズリのキャビネット、ペルシャ陶器のアンティークランプ(シェードは「KRB」のイカット地を使用)。青みがかったつややかな石材の床には、錆色のベルベル絨毯が敷かれ、部屋全体に穏やかなぬくもりを添えている。

メインのバスルーム。「ローマン&ウィリアムス」がバス&キッチンのハイブランド「Waterworks」向けにデザインしたコレクション「R.W. Atlas」のタイルや、「Country Floors」の石灰岩のモザイクを使用。ヴィンテージの脚つきのバスタブや、「Barber Wilsons」の水回りのパーツがさりげない気品を感じさせる。
サンルームの増築に着手する前に、スタンデファーとアレッシュは増設予定地のそばに背丈約7.5mのアメリカサイカチの木を植えた。その枝葉を通して差し込む光が、映画のように幻想的な明暗のグラデーションを描き出すのを知っていたからだ。こういった動きのある陰影は、窓を装飾しただけでは決してつくれない。
「最初にそういう部分まで考えておかないと。あとでやろうと思ったときにはすでに手遅れだから」とスタンデファー。彼女がこうした「空間に独特の味わいをもたらす木」を初めて植えたのは今から約30年前のことだ。1998年に公開された映画『プラクティカル・マジック』のセットデザインを担当した彼女は、ワシントン州に建てられた撮影用のビクトリアン朝様式の家の横に、見事なオークの木を植えたのだ。「繊細なこだわりを何層も重ねることで生まれるムードや趣が、その家や空間を特別な場所にするんです」
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