BY MAKIKO HARAGA

ARTWORK BY SACHIYO OISHI,
広くはなくても快適で、ささやかな庭には四季折々の花が咲く。そんな「ちいさいおうち」を構える夢は、地価の上昇が著しい大都市ではかなわないと、あきらめかけている人は少なくない。一方で、実は空き家はたくさんあるし、今後も増える。都心からほど近く、駅から徒歩圏内の地区も例外ではない。高齢世帯の持ち家が相続を機に空き家になり、長く放置されることが多いからだ。
そんな「既存の住宅ストック」を活かし、まちの機能を更新していくことを都市政策で重視する流れが醸成されつつある。この流れを太くしていくためには何が必要か─。都市工学者で、国土交通省主催の「都市の個性の確立と質や価値の向上に関する懇談会」の座長を務めた明治大学教授の野澤千絵と、国内外の近代建築に造詣が深く、一般社団法人住宅遺産トラストの理事として歴史的および文化的価値の高い建築を守る活動を続ける木下壽子に話を聞いた。
都市部の再開発というと、近年は主要な駅の近くにタワーマンションが建つ事例が多い。「駅直結」「駅前」の住宅は便利ではあるが価格がとても高く、ここに自分の住まいを持てる人は非常に限られている。それでもなお画一的な駅前の再開発が続くのはなぜか。

(写真左)木下壽子(きのした・としこ)●一般社団法人住宅遺産トラスト理事。兵庫県生まれ。日本と英国の大学院で近代住居の歴史を研究したのち、建築雑誌『a+u』で世界各地のモダンハウスを取材した。建築・不動産の会社を自ら経営し、NPO法人玉川まちづくりハウスの理事も務める。
(写真右)野澤千絵(のざわ・ちえ)●明治大学政治経済学部教授。都市工学者。専門は都市政策と住宅政策。兵庫県生まれ。東京大学先端科学技術研究センター先端まちづくり研究特任助手などを経て現職。都市計画協会の委員として国や自治体の都市政策や住宅政策に多く携わる。著書に『2030-2040年 日本の土地と住宅』(中公新書ラクレ)など。
PHOTOGRAPH BY KIKUKO USUYAMA
「都市政策を“生活圏の再生”へ転換することが大事ですね」――野澤千絵
野澤 バブルの崩壊後、都市再生は「経済対策」に位置づけられ、再開発に関する規制緩和が進み、公的な補助金も使われました。オフィスの需要が減り、店舗で床を埋めるのも難しく、建設費が高騰している今も、タワマンは投資対象としての需要もあって売れる。つまり、事業として成立するからです。
木下 富裕層しか買えない住宅が自治体の後押しで過剰につくられています。開発地の一部をアフォーダブル住宅(相場より安い価格で購入または賃貸できる住宅)の供給に充(あ)てるなどの政策が必要です。
野澤 神戸市は、戸建てを中心とした住宅を市が主体的に供給するという画期的な方針を打ち出しました。「自宅でパン屋を開きたい」「里山の近くの平屋に住み、菜園を持ちたい」など市民から寄せられた声を聞き、多様なライフスタイルを支える工夫をする。空き家や空き地、低利用・未利用の市有地を活用して約5000戸を2030年までに供給し、その半数を木造の戸建て住宅にする計画です。このように都市政策を「生活圏の再生」へ転換することが大事ですね。
木下 20世紀の都市はまちを用途で区分し、たとえばル・コルビュジエは車社会を前提とした集合住宅群による都市を提唱しました。こうした近代都市の弊害も昨今、指摘されています。世界では今、脱炭素化に向けて都市計画を見直す機運が高まり、「15分都市」(徒歩や自転車で15分圏内に生活に必要なものが揃う都市)が注目され、パリやロンドンは本気で取り組んでいます。
野澤 日本は世界有数の高度に発達した鉄道網を誇り、都市部では徒歩15分圏内にスーパーや病院があることが、さまざまな学術研究で報告されています。ところが最近は高齢化が進み、医院や魅力的な商店が後継者不在で次々と姿を消している。住まいも事業も、親族以外に目をむければ継承者は見つかるのに、日本人は引き継ぐことが苦手で、それもまちを衰退させる要因に。木下さんが携わっておられる「住宅遺産トラスト」は、名建築と継承希望者をマッチングするのですよね。
木下 はい。持ち主が所有できなくなった建築的価値の高い「住宅遺産」を引き継いでくれる人に橋渡しをする仕組みをつくりました。この活動は、昭和を代表する建築家が設計した住宅が相次いで解体の危機に瀕し、私を含めた有志が継承者を探して救済したことに端を発しています。1軒はピアニストの園田高弘が吉村順三に依頼して建てた家(1955年竣工)、もう1軒は「新・前川國男自邸」(1974年竣工)です。海外では建物に資産価値があり、残すことが前提ですが、日本の不動産市場では、既存建物を残すよりも、更地にして分譲あるいは新築するほうが経済合理性があると考えられています。だから普通に自宅を売却しようとすると、有名建築でも文化財でも壊される可能性がきわめて高いのです。

建築家の前川國男が晩年に設計し、歳の離れた妻のために耐震性を考慮して鉄筋コンクリート造で建て直した「新・前川國男自邸」(品川区)の外観。旧自邸は解体されて軽井沢の別荘で保管されていたが、現在は江戸東京たてもの園(小金井市)に移築され、一般に公開されている。

「新・前川國男自邸」の内観。前川夫妻の没後は親族が外国人向けの賃貸住宅として活用していたが、2007年に不動産開発業者に売却された。この家の存続に危機感を抱いた当時の賃借人が複数の建築団体に支援を求める手紙を送り、木下に情報がもたらされ、継承者を探す活動が始まった。
PHOTOGRAPHS BY SADAMU SAITO
「壊して建て替えるのではなく、住み継ぐ仕組みが必要です」――木下壽子
野澤 今までは重要文化財のような建物だけが守るべき対象でした。ようやく最近、昭和の古い建物をなるべく壊さずに活かす、銭湯を守るといった取り組みも、まちづくりの創意工夫として評価する流れが出てきたんですよ。
木下 「住宅遺産」もアートやヴィンテージを好む若い世代を中心に希望者が増え、継承のスピードは飛躍的に上がりました。ただし、金融機関は新築には積極的に融資をしますが、築年数が古い既存住宅に対しては評価基準が確立されておらず、消極的です。そのため融資が受けられず、「住宅遺産」の継承を断念するかたもいます。
野澤 そこが問題ですよね。銀行が既存住宅に対するローンの取り扱いを柔軟にしないと、国が税制を改正しても買えない。田園調布や荻窪、吉祥寺など100年の歴史があるまちは、第二世代の住人が団塊の世代。彼らが平均寿命を迎える2030年以降、多くの戸建て住宅が空く見込みです。
木下 質の高い家が大量に余り始めますね。日本の不動産業界では家が消費財のように扱われています。簡単に壊して建て替えるのではなく、大切に住み継ぐ仕組みや、既存住宅が健全に流通する市場形成が必要です。
野澤 まちもこれまで育んだ歴史の証しとしていろんな建物が雑多に残されているほうが、新しい出会いや発想を生む。みんなが共感できること。それが今、まちづくりに求められています。
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