シェイクスピアと日本の古典、そしてロックの名盤を自在に操り、劇作家・野田秀樹が極限の愛を描きだしたNODA・MAP第25回公演『Q』:A Night At The Kabuki。初演時に7万人を動員し、第27回読売演劇大賞・最優秀作品賞を受賞した傑作舞台が再演される。2019年11月に掲載した野田秀樹へのインタビューを再掲。

BY NORIHIKO YONEHARA, PHOTOGRAPHS BY KISHIN SHINOYAMA

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 野田秀樹が疾走している。
 劇作家、演出家、役者として1970年代後半から頭角を現し、80年代以降、世間から注目を浴び続ける日本演劇界の旗手だ。彼がもっか上演中(註:2019年11月当時)なのが、NODA・MAPの最新作『Q』:A Night At The Kabuki(野田作・演出・出演)である。英国のロックバンド「クイーン」の傑作アルバム『オペラ座の夜』の全12曲にインスパイアされた舞台。シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の後日談と源平合戦の世が奇想天外に溶け合い、そこにクイーンの楽曲が緊密に絡む。

画像: 野田秀樹(HIDEKI NODA) 劇作家・演出家・役者。東京芸術劇場芸術監督、多摩美術大学教授。1955年長崎県生まれ。東京大学在学中に「劇団夢の遊眠社」を結成。数々の名作を生み出す。’92年、劇団解散後、ロンドンに留学。帰国後の’93年、演劇企画製作会社「NODA・MAP」を設立。演劇界の旗手として国内・海外を問わず、精力的な活動を展開。 2009年、名誉大英勲章OBE受勲。’09年度朝日賞受賞。’11年6月、紫綬褒章受章

野田秀樹(HIDEKI NODA)
劇作家・演出家・役者。東京芸術劇場芸術監督、多摩美術大学教授。1955年長崎県生まれ。東京大学在学中に「劇団夢の遊眠社」を結成。数々の名作を生み出す。’92年、劇団解散後、ロンドンに留学。帰国後の’93年、演劇企画製作会社「NODA・MAP」を設立。演劇界の旗手として国内・海外を問わず、精力的な活動を展開。
2009年、名誉大英勲章OBE受勲。’09年度朝日賞受賞。’11年6月、紫綬褒章受章

 約3時間の大作は「極限の愛」を伝える特筆すべき舞台となった。言語遊戯が炸裂し、身体が弾ける1幕。求心力で世界を「愛」という名の切ない懐かしさへと収斂(しゅうれん)させる二幕。生き延びてしまったロミオとジュリエットと、若き日のふたり、その4人がまるで音符となって深い愛の歌を奏でるようだ。クイーンの曲、そしてフレディ・マーキュリーの麗声は、物語が進んでゆくにつれ、その芯に不可分の調べとなって溶け込む。野田は言う。
「クイーンは曲の力がすごいですね。発表当時もロックというふうに聴こえてこなかったし、全然違うものが出てきたと思いました。ロックのアルバム全曲と正面から向き合って芝居を作るのは初めてでした」

 東京大学在学中に結成した「劇団夢の遊眠社」(’76年~’92年)による作品、『ゼンダ城の虜』『野獣降臨(のけものきたりて)』『半神』などは多くの支持を受けた。『贋作・桜の森の満開の下』に出てくる「オニ」→「クニ」のように、戯曲は「言葉遊び」「言語変奏」の構造を内包。古典作品のリミックスも得意だ。身体をさらす役者であることにもこだわる。言語と身体は相まって目に見えない社会の壁をこじあけ、観客は割れ目の向こうに国家のあり方や普遍的な感情など「何か」を見てきた。故十八代目中村勘三郎とタッグを組んだ「野田版歌舞伎」は歌舞伎界に新風を吹き込んだ。

今回の企画は『オペラ座の夜』の出版権を持つソニー・ミュージックパブリッシングなどが、クイーン側に「アルバム全曲使用による新たな芸術作品を制作するアイデア」を示したことから始まり、クイーン側も前向きになった。その後、ソニー側が、この企画の実現には劇作家・演出家として国内外で高く評価されている野田秀樹しかいないとオファーし、野田率いるNODA・MAPとソニー・ミュジックとの共同企画として本格始動したという。

画像: 役者としての身体性にもこだわり続けてきた野田。稽古場にて

役者としての身体性にもこだわり続けてきた野田。稽古場にて

 それにしても『オペラ座の夜』は、『クイーンⅡ』と並んでロックの枠におさまらない名盤との誉れが高い。「ボヘミアン・ラプソディ」をはじめ、バラード「ラヴ・オブ・マイ・ライフ」など名曲が並ぶ。たまたま同時期に企画が進行し、2018年秋に公開されて世界的ヒットを記録した映画『ボヘミアン・ラプソディ』でも、これらは重要な曲として位置づけられた。野田は「あえて映画を観なかった」という。「描く世界観は違うので、気負いはなかった。曲は非常にバラエティに富み、演劇的。今回は詞を読み込みました」。オファーを受けた当時、野田はNODA・MAPの新作公演として『ロミオとジュリエット』の後日談をテーマにした戯曲を構想していた。そこにクイーンの詞が刺さった。

「『ボヘミアン・ラプソディ』では少年が殺人を犯す。なぜ、この子は人を殺したのだろうか。どういう状況で『ママ』という言葉が出てきたのか。ガリレオ・パートも、変なフレーズだなと思っていたところが実は裁判シーンなのだとわかったりした。『ラヴ・オブ・マイ・ライフ』も含め、『ロミオとジュリエット』に近いのではないか、と思ったのです」。かくして野田は、NODA・MAPの新作のために準備してきた企画と、クイーンの企画を融合することを発案する。

 劇伴音楽への考え方は揺れてきた。「音楽には観客をたやすく感動させる力がある」との実感は若い頃からあった。だが、ロンドン留学時、「言葉重視、音楽排除」の傾向が強い英国演劇に直面。帰国後の2000年から10年間ほどは、音楽の使用を抑制していた。今回は音楽ありきの作品だが、「音楽は危険な側面があるというところを一回通っているから、自分ではわかって使っています」。

 創作にあたり野田は、NODA・MAP公演への出演が決定していた松たか子、上川隆也、広瀬すず、志尊淳、竹中直人ら俳優陣とともにワークショップを重ねた。各曲でどんな場面が描けるのか、模索が続いた。「音楽と芝居が同化する使い方と同時に、芝居の内容と対照的な気分の曲を異化的に使えば、できそうだと思った」。野田は登場人物の相関図や、簡単なセリフ入りの物語の流れと使用する曲名などを記したシノプシス(あらすじ)を書き上げ、クイーン側に渡した。その構想にクイーン側も興味をもち、ギターのブライアン・メイが「光栄に感じています」とのメッセージを送ってきた。「メッセージには感激しました。ちゃんとわかってくれたと思いました」

画像: 松たか子と上川隆也、広瀬すずと志尊淳。二組のロミオとジュリエットの物語が時代を超えて重なり合う

松たか子と上川隆也、広瀬すずと志尊淳。二組のロミオとジュリエットの物語が時代を超えて重なり合う

 曲に感化された箇所は随所にあった。「セリフがなく、『ボヘミアン・ラプソディ』だけが流れるシーンを作りました」。「’39」の詞にも触発された。「『Your mother’s eyes, from your eyes』『Write your letters in the sand』などは人物設定に合うと思ったり、『白い砂に書かれた文字』などという言葉に変えて戯曲に取り込んだりしました」と語る。「今までたぶん書いたことがないようなものに仕上がりました。特に2 幕は、今まで作ったことがないものという気がしますね」。クイーンと野田。それぞれの世界で名を確立した両者が、みずみずしい感覚を持ち合って、新たな芸術的世界を求め歩み寄る。そんな光景が目に浮かぶ。
JASRAC 出 1912245-901

画像: 出演者たちと。稽古前、リラックスした笑顔がこぼれる

出演者たちと。稽古前、リラックスした笑顔がこぼれる

 周囲から見ると、野田は『Q』の戯曲を生き生きと執筆していたというが、本人の脳裏には、ひとりの人物の姿がよぎっていた。1970年、野田が14歳のときに自決した鬼才、三島由紀夫だった。「『ロミオとジュリエット』をなぜみんな好きかというと、若者の『美しい死』が描かれているからでしょう。今回の戯曲は、ある意味で、若者の美しい死を冒瀆しているわけで、三島さんが生きていたらどう思うだろう、とはちょっと思いました」。今作は、そうした三島のまなざしをはね返そうとする意識からか、2幕はひたむきに終点へと急ぐかのようだ。

 近年、英語戯曲『THE BEE』をはじめ海外での上演に積極的な野田。好評を得る『Q』。欧米などでの公演にも意欲を示す。
 野田秀樹は今、クイーンの名曲群を得て、ぐっと思考を深めながら疾走している。

※再演は2022年7月からの東京公演を皮切りに、大阪、ロンドン、台北を巡るワールドツアー。初演の東京公演を来日観劇したクイーンの伝説的マネージャー、ジム・ビーチ氏が絶賛したことで実現したという。松たか子、上川隆也、広瀬すず、志尊淳ら、初演時のオリジナルキャストが再集結する。

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NODA・MAP第25回公演『Q』:A Night At The Kabuki
作・演出:野田秀樹
音楽:QUEEN
出演:松たか子、上川隆也、広瀬すず、志尊淳、橋本さとし、小松和重、伊勢佳世、羽野晶紀、野田秀樹、竹中直人
東京公演
会場:東京芸術劇場プレイハウス(東京・池袋)
住所:東京都豊島区西池袋1-8-1
期間:2022年7月29日(金)~9月11日(日)
チケット一般発売:7月3日(日)
大阪公演
会場:新歌舞伎座
住所:大阪府大阪市天王寺区上本町6-5-13
期間:2022年10月7日(金)~10月16日(日)
チケット一般発売:9月10日(土)
※ロンドン、台北公演もあり。

公式サイト

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