新刊『星に仄めかされて』―― この物語はどこから来てどこへ向かうのか。言葉を紡ぎ描く世界が不思議と近い未来を予見する、作家、多和田 葉子にインタビュー

BY AKANE WATANUKI, PHOTOGRAPHS BY ELENA GIANNOULIS

 小説には、Susanooだけではなく古事記や日本書紀に書かれた神たちと登場人物がリンクするなど、日本の神話のモチーフがちりばめられている。同時に、スカンジナビアにも似た神話や言い伝えがあることも示されている。
「神話こそ国を表すものとナショナリストたちに思われていますが、逆です。日本の神話と似た話は、東南アジアや南米でも見つかります。特に蛇や水に関する神話はとても多い。人間には洪水や干ばつと戦ってきた歴史があり、それらを司る神みたいなものが自然と生まれてきたんでしょう。そういう共通の話はむしろ文化をつなぐものであって、隔離するものではありません。神話というと土着みたいですが、私は土着から離れて越境していく事物に昔から関心を持っています」

画像: 人が見あたらず、怖いくらいがらんとしたベルリンの地下街

人が見あたらず、怖いくらいがらんとしたベルリンの地下街

 近年の地球温暖化やコロナ禍など、国や大陸を越え、地球という惑星として取り組まなくては解決しない問題に直面すると、ここで描かれている小説世界がより身近に迫ってくる。
「ヨーロッパでは国境をなるべくなくして共同体にする方向に進んでいますが、それは必ずしも土地の個性を忘れようということではありません。例えばトリアーは古代ローマ帝国の領地だったことを表す文化があって、それはベルリンにはないもの。また、グリーンランドとデンマークは違う国だけれど、以前は植民地関係にあったから共通した特徴が見つけられる。境界を超えることは、土地の文化的特徴を忘れることではないんです。境界線を意識しながら、それぞれ固有の文化を知り、考えることで、地球が一つになっていくということだと思います」

 第二部の終盤にはムンンがみんなを部屋に呼び、旅のお守りとして星をプレゼントする、という美しいシーンが用意されている。
「第一部では地球上の人々が平面的に移動する人間の目線で描かれていたのが、第二部ではムンンという地下にいながら天空からものを見られる人が現れたことで、宇宙から地球を見るような視点になります。宇宙から地球を眺めると、丸い海に点在する大きな浮島がまるで水の上を流れているように見える。だからHirukoの故国の列島もみつからないのかもしれない、という想像も膨らみます」

 視点や言葉から触発されるイメージが飛躍し、思いも寄らないところとつながったり対比するものが見つかったり。その連想関係の一つひとつの光のまたたきが小説全体を重層的に輝かせ、スケールの大きな星空となって読者を包み込む。

 第三章でナヌークは「地球には穴もあるが、連続性もある。それは海がつながっているからだ。まだ行ったことはないけれどアラスカやシベリアだって、俺の生まれた土地と同じ冷たい水でつながっている。(中略)遠い国から来たSusanooやHirukoが俺と顔が似ていたりするのも地球に連続性があるからだ」と語り、最終的に次は船でHirukoの故郷の島国を訪ねようとクヌートが提案する。これから書かれるという第三部では、船の旅を予感させているが……。

「コロナ禍の影響で船旅は難しくなりました。小説のなかでも別の方法を取らざるを得ないでしょう。このウィルスはもともとあった問題をあぶり出しました。つまりイギリスはドイツとは違う政策を取りたがっていることや、東ヨーロッパはやはり移民を受け入れたくないということなど、ヨーロッパ内での意見の違いをはっきりと浮き彫りにし、私たちにさまざまなことを考えさせます」

 その一方で、コロナ禍の協力関係において、戦後のドイツとフランスはようやく真の友好関係を深めることに成功した、とポジティブに捉えられる面もあった。
「私が生きている間に嫌なことが起こるとしたら、第三次世界大戦だと思っていましたが、コロナ禍という予想外のことが起きてしまった。でもこの問題では、世界中のみんなが力を合わせなければならないことがわかりました。つまり戦争の逆です。全員が協力しないと乗り越えられないという課題が、人類に与えられたのかもしれませんね」

『星に仄めかされて』¥1,800
多和田 葉子 著/講談社
COURTESY OF KODANSHA

多和田 葉子(YOKO TAWADA)
1960年、東京生まれ。’82年、早稻田大学第一文学部ロシア文学科卒業。同年、ドイツに渡り、書籍取次会社で’87年まで働きながら、ハンブルグ大学修士課程修了。創作活動の傍ら、2000年チューリッヒ大学博士課程修了。’93年、『犬婿入り』で芥川賞受賞。’03年、『容疑者の夜行列車』で谷崎潤一郎賞、’09年には国際的な文学活動が評価されて坪内逍遙賞受賞。ドイツでは’87年に詩集でデビューし、翌年からドイツ語でも創作活動を開始。ドイツ語で書いた作品群で’96年シャミッソー賞、’05年、ゲーテ・メダル受賞
http://yokotawada.de

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