コロナ禍で延期となっていた出演作『朝が来る』の公開を目前に控える、俳優・井浦 新。かつてない危機に直面した映画界、とりわけミニシアターへの熱い想いを語る

BY REIKO KUBO, PHOTOGRAPHS BY TAKEMI YABUKI, STYLED BY KENTARO UENO, HAIR & MAKEUP BY TOMOKO YAMAGUCHI

 俳優として、気鋭の監督たちから厚い信頼を寄せられる一方で、造詣の深いアートやファッションの分野の仕事にも引っ張りだこ。それでもなお寸暇を惜しんで映画と映画館に寄り添おうとする真摯な姿勢は、多忙を極めても全国の映画館に駆けつけ、上映後のティーチインを大切にする是枝裕和監督や、名古屋に自らの映画館シネマスコーレを立ち上げ、批評家よりも身銭を切って映画館に駆けつける観客を信じた故・若松孝二監督らの薫陶によるものだろうか。

「もちろん影響はあると思いますが、もともと僕の中にある何かが、監督たちの資質と共鳴して、引き寄せられるように出会ってきたように思います。人と人は、お芝居みたいなもので、誰かを真似しても何も生まれない。ちゃんと個と個で向き合って、互いに反射し合ってこそ何かのきっかけが見えてきたり、重なり合うことによって前に進めたりするんだなと。是枝監督や若松監督の作品や背中を見ながら、広い視野で見つめ、知ることを惜しまず、その上で自分の想いをしっかり発言していくということを学びました」

 映画館は6月より再開されたが、新型コロナウイルスの感染防止対策として座席の稼働率が50%と定められたため、満席となっても収益は平常時の半分という状況が3カ月以上続いた。9月中旬にはその制限が一部緩和されたものの、感染収束が見られない中、映画館は依然、深刻な状況を強いられている。それでも建築基準法の下、厳しい換気システムが順守された映画館の暗闇で、心ときめく映画と対峙する時間が至福のひとときだと知る人々が懸命にスクリーンに映画をかけ続けている。

初夏から延期されていた井浦の出演作『朝が来る』(2020年)も遂に10月公開となる。河瀨直美監督が辻村深月の同名小説を映画化し、今年のカンヌ国際映画祭「オフィシャルセレクション2020」に選ばれた話題作だ。「特別養子縁組」で男の子を迎える夫婦と、中学生で妊娠し、子どもを手放さざるを得なかった産みの母。双方の人生がスリリングに交差する人間ドラマのなか、井浦は永作博美さんと、養子を授かる清和、佐都子の夫婦を演じる。

画像: © 2020『朝が来る』FILM PARTNERS.

© 2020『朝が来る』FILM PARTNERS.

「河瀨監督は、その独特の役作りの仕方を『役を積む』と呼んでいますが、この役を積む時間がなければ、河瀨組の現場には立っていられない。普通は台本をもらって、ひとりでいろいろ考えて、撮影当日に『よーい、はい』で初めて演技することが多いですけれど、河瀨監督とは一緒に作品のこと、役のことを考えながら撮影当日を迎えるやり方で、とても理にかなっていると思います」

 かつて若松監督から突然、三島由紀夫役を託され、その映画『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』に割腹自殺目前の三島の魂を鮮烈に刻みつけてみせた井浦。当然、役作りはお手のものだが、河瀨監督といえば、撮影前から俳優にこの「役積み」を徹底させ、ともに昼も夜も語り合いながら役柄を紡ぎ出してゆくという独特の手法で知られる。

「今回、実際に養子縁組されたご家族や、不妊治療の医師にもヒアリングさせてもらいました。たとえば、不妊治療の病院に行きますよね。入り口までは映画のスタッフの方がいるんです。でも受付からは永作さんと、佐都子、清和の夫婦としてふたりだけで受付を済ませ、待合室でふたりして待って。検査のために精子を取るところも、どんな部屋でどういう状態で取るのかとか、その検査結果を受けて、どういうふうに医者が清和に話をするのかとか。すべて撮影前の段階で、役柄になって実際にやってみるんです。その一連の過程をすべて体の中に落とし込んでから撮影に向かうんです」

 不妊治療以前に清和と佐都子が出会い、デートを重ねて結婚し、養子を引き取りに広島に向かう旅程も、監督が後ろについて、ずっとふたりを見守っていたのだという。

「佐都子とのデート先も、建築が専門の清和なら、こういうところに行くだろうと全部僕が旅程を考え、レンタカーを運転して佐都子を連れていくんです。知らない人が見たら、週刊誌に載ってしまう図だよなと思いながら(笑)。そうやって役を積むことによって、実際に撮影が始まると、芝居を通り越してカメラの前に立っていられるんです。監督には監督それぞれの撮影方法があるので、みんな違って当然なんですが、それでも今回の河瀨監督の撮り方って、なんて楽しいんだろうって思いました」

画像1: 井浦 新インタビュー
ーー 映画館という
かけがえのない場所

 有明のタワーマンションに住み、互いに支え合い、朝斗と名づけた養子を我が子のように慈しむ佐都子と清和。一方で、カキの養殖棚が湾を形成する、光の美しい広島の島で母性を育み、のちに社会に翻弄される朝斗の実母ひかり。映画『朝が来る』は、誰をも裁くことなく、命を等しく肯定する。子どもがいなかった高齢夫婦の養女になり、血のつながりがないスタートから日々の暮らしを通して絆を紡いだという河瀨監督は、自身の経験をもとに、愛をもって柔軟に対峙することで未来が開けると信じていると語っていた。

「河瀨監督とみんなで悩んで、苦しんで、希望の光を見た。あの生々しい人間の生というものを、ひとりでも多くの人たちに見ていただきたいなと。そして何を感じるのかは見てくださった方たちそれぞれに委ねたい。家族として、血のつながりは必要なのか、必要じゃないのか。そもそも家族って何なのか。人間が命を授かって生きていくこと。人と人とが関わり合い、支え合いながら生きていくこと。この映画が、そんなさまざまな側面で、見てくださった方たちの考えるきっかけになればいいなと切に思います」

 本来なら今年の5月に河瀨監督とともに、この映画を携えてカンヌ国際映画祭のコンペに臨むはずだった。しかし映画の祭典への参加も未曾有のコロナウイルス禍によって阻まれてしまった。「『朝が来る』をカンヌという場で問うてみたかったから残念です」

 それまで、たぎる映画への情熱を静かに語っていた井浦が、一瞬、悔しそうな表情を浮かべ、すぐにまた穏やかな笑みをのぞかせた。

画像: 映画『朝が来る』予告篇 10月23日(金)公開 youtu.be

映画『朝が来る』予告篇 10月23日(金)公開

youtu.be

『朝が来る』
栗原佐都子(永作博美)と清和(井浦 新)夫婦は実の子を持たず、特別養子縁組で男の子(佐藤令旺)を迎え、慈しんできた。彼が6歳になったある日、産みの母・片倉ひかり(蒔田彩珠)を名乗る女が夫婦を訪ね、「子どもを返してほしい」と切り出すが……。

2020年10月23日(金)より、TOHOシネマズ 六本木ヒルズほか全国公開
公式サイト

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.