偉大な父、18世中村勘三郎の指導のもと、幼少の頃からともに舞台に立ち、深い絆で結ばれた兄弟、中村勘九郎と中村七之助。父から受け継いだ「平成中村座」で、彼らは何を目指しているのだろうか

BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY KAZUYA TOMITA

「平成中村座」といえば、一足踏み入れるだけで江戸時代の芝居小屋にタイムトリップしたような感覚が味わえる劇空間。コロナ禍に入ってからその姿を目にすることはできなかったが、2022年10月から2か月にわたって浅草寺境内で上演された際に復活し、2023年は史上初の姫路城での公演も行われた。そして11月には“北九州市制60周年”を旗に掲げた小倉城の勝山公園内での公演が控えている。

 前回の2019年11月の小倉城公演では、九州初の公演ということもあって熱狂的な雰囲気に包まれ、連日、終演後の歌舞伎俳優たちの “出待ち”をするファンたちが列をなしたその光景は今にも眼前に甦ってくる。4年ぶりとなるこの公演に、平成中村座を牽引する中村勘九郎さんと中村七之助さんはどんな思いを抱いているのだろうか。率直な思いをそれぞれに伺った。

画像: 中村勘九郎(右)と中村七之助

中村勘九郎(右)と中村七之助

──小倉城での公演は2019年に続き、2度目となります。2023年は姫路城でも平成中村座の公演が行われましたが、どんな手応えを感じていますか?

勘九郎:2019年の小倉城公演は、本当にすごかったです。“お祭り騒ぎ”というのはこういうことなんだ!と思うぐらい、盛り上がってくれました。実は公演が終わって早い段階で“また小倉で平成中村座をやってほしい”というお声がけをいただいて、公演も決まっていたんですが、コロナの影響で実現しなかったんです。今回は北九州市制60周年ということですが、姫路城も世界遺産登録30周年という記念すべき年にちなんで呼んでいただけたのはありがたいことですね。“観たい”、“平成中村座を建ててほしい”という皆さんのお気持ちが素直に嬉しいです。

七之助:僕はほとんど初めてのような感覚で小倉の地に行ったので、どういうところなのかがわからなかったのですが、知れば知るほど素晴らしいところで、お客様も盛り上がりがすごかったです。平成中村座はご覧になったかたはご存じの通り、舞台の後ろが開く演出がありまして、そこを開けると、外に大勢のお客様がいて、劇場内で観劇されているお客様よりも多いんじゃないかと思うほどでした。人数でいえば最高記録だったんじゃないでしょうか。これはスタッフの方から聞いたんですが、舞台が終わって居酒屋へ行って飲んでいたら、隣の大部屋で小倉の商店街の皆様が宴会をしていて「平成中村座さんのおかげで〇〇の売り上げが〇%上がりました!」という声が聞こえてきたそうです。涙が出るほど嬉しかったと言っていました。そんな熱い気持ちを持った地で舞台を演らせていただけるのは、本当に嬉しく思います。

──今度の小倉城公演では初の試みとしてチャリティーイベントが開催されるそうですね。どんな意図があって行われることになったのでしょうか。

勘九郎:2022年の4月と8月に北九州の台所とも言われている旦過市場で火災が起きて、それをニュースで知って、本当にショックでした。平山秀幸監督とトークイベントにご一緒させていただいて登壇した「小倉昭和館」も今では数少ない昭和の雰囲気がある映画館でしたし、何度もフルーツジュースを飲んだフルーツ屋さん、美味しいスペイン料理屋さんなど馴染みのあるところがいくつも被害にあって、なんとも言えない気持ちになりました。とてもお世話になった方々なので、何かできないかと考えました。そこで今回、夜の部一回公演だった11月13日の昼の部の時間にチャリティーイベントを行い、その売り上げを復興のために寄付させていただきます。平成中村座が再びその姿を現して、少しでも皆さんの元気を取り戻していただくことができたらと思っています。

七之助:僕も兄と全く同じ意見です。平成中村座が小倉に来ることによって、被害にあわれた方や傷ついてしまった方々が少しでも元気が出るように、僕らは芝居を勤めなければならないと思います。いつもは客様から僕たちがパワーをいただいているんです。そのことを胸に、一生懸命演じたいと思います。

画像: 中村勘九郎(NAKAMURA KANKURO) 1981年生まれ。1986年1月歌舞伎座『盛綱陣屋』の小三郎で初御目見得。2012年六代目中村勘九郎を襲名。歌舞伎だけでなく、現代劇、映画、ドラマなど幅広く活躍。NHK大河ドラマにて2004年『新選組!』で藤堂平助役を演じ、2019年には『いだてん~東京オリムピック噺~』では主役の一人である金栗四三役を演じる。2013年に読売演劇大賞最優秀男優賞受賞

中村勘九郎(NAKAMURA KANKURO)
1981年生まれ。1986年1月歌舞伎座『盛綱陣屋』の小三郎で初御目見得。2012年六代目中村勘九郎を襲名。歌舞伎だけでなく、現代劇、映画、ドラマなど幅広く活躍。NHK大河ドラマにて2004年『新選組!』で藤堂平助役を演じ、2019年には『いだてん~東京オリムピック噺~』では主役の一人である金栗四三役を演じる。2013年に読売演劇大賞最優秀男優賞受賞

──今度の小倉城公演では“三十軒長屋”が平成中村座の前に立ち並び、一般の方々にもご利用いただけるそうですね。楽しみ方を教えていただけますか?

勘九郎:小倉の前回は“二十軒長屋”でしたが、多くの方にご来場いただいて、“よかった”というお声が聞けたのでとても嬉しかったです。今年5月の姫路城公演同様に、今回は三十軒にパワーアップします。江戸文字や指物、竹工芸、かんざしなど、単にモノを売るだけでなく、“職人”の卓越した技術を実際にお見せすることができて、そこでできたものをお買い求めいただくこともできる。お客さまにも楽しんでいただけるのではないでしょうか。手仕事で何かを作るという職人は高齢化もあって、年々減ってきていますが、こうした職人さんたちがいなければ僕たちの商売も成り立たないんです。この機会に日本の伝統文化というものをみんなで底上げしていこうという思いでいっぱいです。

七之助:姫路にも九州の職人さんがたくさんいらっしゃってくださいました。平成中村座は場内もそうですが、外に出ても江戸の街並みや雰囲気を楽しんでいただけるようなテーマパークをイメージして作っているので、皆さんにもこの思いが伝わるといいなと思います。僕たちの行きつけのラーメン屋さんやバーなど飲食のお店もありますし、指圧マッサージもあるので、いろいろな趣向を楽しんでいただけます。

──平成中村座といえばご当地の演目が上演されることも楽しみの一つですが、今回はどんな趣向を凝らされるのでしょうか?

勘九郎:義経が九州へ逃げるために大物浦から船に乗ったという伝説があるので『義経千本桜』の「大物浦」を選びましたし、これは僕が“いつかは演りたい”と思っていた演目でもあります。また再演のリクエスト多くて今回も上演することになった『小笠原騒動』は小倉藩の小笠原忠苗が藩を治めていたときに起きた騒動が描かれています。(中村)芝翫の叔父が『小笠原騒動』を勤めた時に、あまりにも面白くて。博多座で上演されたときは2度観に行って、自分でチケットを取って前から2列目で観たくらい、大好きな演目なんです。平成中村座は演出機構として、舞台の後ろを開けて、そこから見える城を借景にしますが、前回の演出をベースに上手い具合に演れたらと思っています。「小倉祇園太鼓」も前回同様に参加していただきます。

画像1: 熱狂に包まれる“江戸の芝居小屋”
中村勘九郎・中村七之助が広げる
「平成中村座」の可能性

──「小倉祇園太鼓」とはどのようにして出会ったのですか?

勘九郎:この「小倉祇園太鼓」との出会いは、本当に運命的でした。前回の小倉城公演の取材会を小倉城で行ったんですが、そこの休憩所のような場所にポスターが貼られていて「小倉祇園太鼓」と書かれていたんです。調べてみると400年もの歴史があるお祭りであることを初めて知って、歌舞伎の歴史とバッチリ合っていたんです。そこですぐに連絡を取っていただいたところ、そのポスターが、僕が見つけることを計算して狙って仕掛けられた策であったことがわかったんです(笑)。その策を考えたのが日高洋平さんという方で、なんと僕と同じ年で同じ誕生日。すぐに意気投合して共演させていただきました。
 この『小笠原騒動』で「小倉祇園太鼓」の方たちが驚いていたのは、白狐が登場すること。彼らに舞台を観ていただいているとき、狐が登場した瞬間にざわついたんです。その理由を尋ねると、祇園太鼓は3日間ずっと打ち続けて最後に“キツネツキ”(狐に憑かれたような状態)で叩くそうなんです。
 「小倉祇園太鼓」の演奏はチームによって“色”が違っていたり、演奏する方の身内や仲間が応援しに来たりするので、僕自身もお祭りの中に身を置いているような気分で、とても楽しかったです。今回も同じようにできたらと思います。

──『義経千本桜』の知盛は初役で勤めたときに片岡仁左衛門さんから教わったと伺いました。印象に残っていることを教えてください。

勘九郎:『義経千本桜』の「渡海屋」「大物浦」は僕が勘九郎を襲名した際に博多座で演らせていただいたので、約11年ぶりになります。当時は父が亡くなったばかりで、仁左衛門のおじ様から習った大切な役です。襲名するにあたって演目の話し合いをした際に、そのときは父もいて『義経千本桜』の(主要な役)忠信、知盛、権太は演ったほうがいいということで選びました。知盛は仁左衛門のおじ様の仁左衛門型、(尾上)松緑のおじ様の音羽屋の型、(中村)吉右衛門のおじ様の播磨屋の型などがある中で、父は一度しか勤めていないんですが、昔の資料や文献を引っ張り出してきて、實川延若のおじ様がなさったときの知盛やいろいろなものを混ぜ合わせて演じています。衣裳も銀平(知盛)が渡海屋に帰ってくるときに傘を差して出てくるんですが、父は浮世絵を参考に碇を担いで出てくるんです。父の型で演りたいと思っていたら、父が亡くなってしまい、仁左衛門のおじ様が手を差し伸べてくださいました。
  そのとき「のり(勘三郎さんの愛称)はどうやっていたのか」とか、「のりの衣裳や頭(鬘)はどうだったのか」ということを前提に、知盛の気持ちや台詞回しなどを教えてくださいました。父の型を生かしつつ、知盛という役の大切なことを教えてくだったんですが、それはなかなかできることではないので、本当に有り難かったです。仁左衛門のおじ様とはひと月ご一緒させていただいて、大きな力もいただいたので、受け継いでいきたいと思います。知盛は、信念と情念と慈愛に溢れている一人の男としても格好いいのでそこをしっかり演じていきます。

画像: 中村七之助(NAKAMURA SHICHINOSUKE) 1983年生まれ。1986年9月歌舞伎座『檻』の祭りの子勘吉で初御目見得。1987年1月歌舞伎座「門出二人桃太郎」の弟の桃太郎で二代目中村七之助を名乗り初舞台。歌舞伎の舞台以外には2003年ハリウッド映画『ラストサムライ』で明治天皇役やNHKドラマ『ライジング若冲』に出演する。2015年、第1回森光子の奨励賞を受賞。

中村七之助(NAKAMURA SHICHINOSUKE)
1983年生まれ。1986年9月歌舞伎座『檻』の祭りの子勘吉で初御目見得。1987年1月歌舞伎座「門出二人桃太郎」の弟の桃太郎で二代目中村七之助を名乗り初舞台。歌舞伎の舞台以外には2003年ハリウッド映画『ラストサムライ』で明治天皇役やNHKドラマ『ライジング若冲』に出演する。2015年、第1回森光子の奨励賞を受賞。

──七之助さんは、今回演じる『義経千本桜』の曲侍の局を初役で勤めた時に、祖父の中村芝翫(7代目)さんに教わったそうですが、どんなことが印象に残っていますか?

七之助:僕がまだ20代前半の時に新春浅草歌舞伎で演らせていただいたんですが、祖父に一から教わった思い深いお役なので、大切にできたらと思います。女方の大役で、台詞の言い方から所作など、何から何まで全部指導していただきました。祖父が大切にしているお役であることがすごく伝わってきましたし、生半可な気持ちではできないと思いました。それくらい祖父の熱心さや教わったことに対して凄みを感じたんでしょうね。

──平成中村座では若手の歌舞伎俳優たちの活躍も注目されています。勘九郎さんと七之助さんは若手の皆さんをどのような思いで見ていますか?

勘九郎:(中村)橋之助、福之助、歌之助の三兄弟は物心がつくかつかないかぐらいの頃から彼らの父(8代目中村芝翫)を通して『小笠原騒動』と出会って、陶酔していました。水車小屋の立ち廻りの場面のジオラマを作ったり、お風呂場で立ち廻りをやったりしていたそうです。そういう憧れていたものが受け継がれていくことはいいですね。彼らはまだ成長の過程ですが、僕たちと一緒に闘っていくメンバーとしても意見交換し合いながら創り上げていきたいと思っています。歌舞伎は同じ演目でも役者が違うだけで違った風に見えてきますので、そこも楽しんでいただけるのではないでしょうか?

七之助:平成中村座だけでなくて、三兄弟は仲がいいので、これからも手に手を取って一生懸命精進していってほしいです。
 中村虎之介くんは去年の10月の平成中村座で『綾の鼓』を演じているのを観て、姫路城公演の『天守物語』の図書之助に相応しいのではないかという話が出て、決まりました。彼の場合は、僕らが新春浅草歌舞伎で初役に挑戦させていただいたような機会が極端に少なかったのですが、去年くらいから良い役が回ってくるようになりました。そのわずかな場数でもどんどんスピードアップして成長していっているのが素晴らしいと思います。これからもどんどん成長していって欲しいです。

──これまで数々の平成中村座の公演を経験されてきて、中村勘三郎(18代目)さんのスピリットが生きていると感じるのはどんな時ですか?

勘九郎:昨年、宮藤官九郎さんに新作を書いていただいて、それが平成中村座にとって初の新作となったんですが、また一つ“平成中村座の可能性”を広げることができたと思えました。父が叶えられなかった「何でもできる夢の劇場」という夢を実現できたことを実感できましたね。コロナ禍を経て、劇場から客足が遠のいていく中で、姫路城公演はわずか2日で完売したというのはありがたいですね。平成中村座は歌舞伎をより身近なものとして捉えていただける場所です。まだまだ“歌舞伎人口”は少ないですから、平成中村座を通してお客様に「歌舞伎が観たい」という心を持っていただけるように努めたいと思います。

北九州市制60周年 平成中村座小倉城公演
昼の部 11:00開演
一、『義経千本桜 渡海屋 大物浦』
二、『風流小倉俄廓彩』

夜の部 15:30開演
通し狂言『小笠原騒動』

出演:中村勘九郎、中村七之助、中村橋之助、中村虎之介、中村鶴松、中村歌之助、
中村福之助、坂東新悟、片岡亀蔵ほか

上演期間:2023年11月1日(水)〜26日(日)
休演:7日昼の部・夜の部、13日昼の部、20日昼の部・夜の部
会場:小倉城勝山公園内 特設劇場(福岡県北九州市)
料金:松席(1階平場・座布団席)¥16,000、竹席(1・2階長椅子席)¥16,000、
梅席(2階長椅子席)¥14,000、桜席(2回長椅子席) ¥12,000、お大尽席(2階特別席)¥36,000
※満席時に立見席(2階後方)¥4,000を販売します

チケット予約:博多座電話予約センター TEL. 092-263-5555
博多座オンラインチケット
チケットぴあ
ローソンチケット

▼あわせて読みたいおすすめ記事

歌舞伎・伝統芸能 関連記事一覧へ

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.