BY AYANO TANAKA, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO, HAIR & MAKEUP BY MASAAKI MURAI
記事初出:2023年6月8日
KASANE PROJECT VOL.1 素浄瑠璃「色彩間苅豆」
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尾上右近は、昨年開催した自主公演、第六回「研の會」で、舞踊『色彩間苅豆(いろもようちょっとかりまめ)』(通称『かさね』)を文楽人形との共演という前代未聞の形で上演、話題をさらった。今年は『かさね』の初演(1823年)から200年の節目の年。今度は清元栄寿太夫として、兄の斎寿とともにKASANE PROJECTを立ち上げ、素浄瑠璃(素演奏)の会を大阪・国立文楽劇場で開催。『かさね』の立語りを初役で務める。
清元節は邦楽の浄瑠璃(語りと三味線音楽)の一流派で、江戸時代の1814年に初代清元延寿太夫が創始した。主に歌舞伎作品や歌舞伎舞踊の伴奏音楽として奏でられ、太夫は情緒溢れる詞章を高音で粋な節回しで語る。現家元の七代目延寿太夫の子息である右近は、父と同じ浄瑠璃方として2018年に七代目栄寿太夫を襲名し、三味線方で兄の初代清元斎寿とともに清元節の普及にも力を入れている。
そんな邦楽界注目の兄弟が、プロジェクトへの意気込み、清元の未来についての思いを語った。
―第六回「研の會」の「かさね」を振り返って
Q:この場所(東京・外苑前にあるバー「ARTS」)は、右近さんが昨年の「研の會」で文楽人形を相手に『かさね』を踊るという企画を思いついた場所ですね。清元の家に生まれ、栄寿太夫の名を持つ右近さんにとって『かさね』は大切な作品です。それを初役で演じるにあたり、文楽人形を相手に、主役のかさねと与右衛門のどちらも担いました。また、お父様の延寿太夫さんの立唄、お兄様の斎寿さんの立三味線という布陣で、歌舞伎俳優×文楽人形×清元という三つ巴による誰も観たことがない『かさね』が誕生し、大きな話題となりました。実際に舞台を振り返っていかがでしたか。
栄寿太夫:やはり『かさね』は、大曲だと改めて感じました。文楽人形との共演という実験的な試みのなかで、かさねと与右衛門を初役で演じましたが、他の作品の初役よりは落ち着いてできたかな、とは思いました。清元の演目は、『かさね』に限らず、曲をよく理解していないと務められないところがあります。その意味では、自分のルーツを生かすことができたと思っています。と同時に、落ち着いていたからこそ、課題も見えてきました。かさね(という役)について言えば、かさねが背負った背景や普通の娘とは違う色気の出し方、与右衛門の場合は、色悪としての存在感など、自分がどれだけ向き合えているのかを冷静に分析することができました。とはいえ、自分でやりたいと言ってやったことですし、父や兄にも出てもらって、恵まれた環境のなかで楽しくやらせていただきました。
『かさね』のストーリー:
夏の夜。出奔した恋人の与右衛門を追って川堤にやって来た奥女中かさね。与右衛門はかさねに別れを告げるが、与右衛門の子を身籠もるかさねは恋心を訴える。やがて川辺に髑髏と卒塔婆が流れ着き、清らかなかさねの顔は醜く変貌する。実は与右衛門はかさねの母と交わり、父を殺害した仇であった。かさねと与右衛門の因縁が織りなす、美しくも残酷な物語。
Q:斎寿さんは「研の會」で舞踊『かさね』の立三味線を初役で担当されました。
斎寿:『かさね』の立三味線は、様々なことを熟知していなければ務められないポジションです。通常は、自分の年齢では出来ませんが、昨年は弟の自主公演で大きなチャンスをいただいたことに感謝しています。これまでも立三味線の横に並んで弾いていましたから、イメージはありましたが、実際に自分が立三味線の立場で弾くと、発見がたくさんありました。たとえば右近と人形がキマる(見得をする)ところなど、三味線できちんとしたキッカケを作るのは、経験の積み重ねが大事だとつくづく思いました。
―清元『かさね』初演200年の節目の年に兄弟で務める素浄瑠璃
Q:『かさね』は1823年に鶴屋南北の『法懸松成田利剣(けさかけまつなりたのりけん)』の一場面として初演されました。今年は初演から200年の記念の年であり、KASANE PROJECTとして『かさね』の素浄瑠璃(演奏のみ)の会を大阪の国立文楽劇場小ホールで行います。ご兄弟による立語り、立三味線による上演ですが、演奏としての『かさね』の魅力はどんなところにありますか。
栄寿太夫: 残酷美というのが『かさね』のテーマですからね。醜さと美しさが同居するので、それを意識して自分なりの『かさね』を創って取り組みたいです。清元の作品のなかでも特にドラマチックで、気持ちが大事な曲でもあるので、役者としての自分も生かせるのではないかと。初の立語りですが、芝居心を存分に発揮しながら臨みたいと思っています。僕は役者として演じる時は「やりすぎだよ」とか「くさいよ」ってよく言われるのですが(笑)、「やりすぎ」というのは、そもそも基本がなっていないと出来ないという考えをお持ちの先輩もいらっしゃるので、僕はその考えを信じて励んでいるつもりです。清元では、そこがどうなるかな、とは思っていますね。
斎寿:『かさね』は、芝居(舞踊)で演奏するのと素浄瑠璃で演奏するのとでは、ノリが全く違うんですよ。芝居では端折るところもあるのですが、今回は清元の曲としての魅力を丁寧にお聴かせしなければと思っています。『かさね』は、内容が内容ですから、どうしても演奏に熱が入ってしまうのですが、それが力みになってしまうとダメですからね。冒頭のかさねの出も、奥女中としての格が滲み出なければならないですし、それを演奏で表現したいです。芝居の『かさね』をご存知の方もそうでない方も、素演奏から『かさね』の情景を思い浮かべていただけることを目標にしています。
―復活した義太夫節『かさね』との同時上演
Q:今回の公演では清元節と並んで、62年ぶりに復曲された義太夫節による『かさね』が上演されます。実は、昨年の「研の會」が手がかりとなり、昭和11年(1936年)から昭和36年(1961年)まで文楽でも『かさね』が上演されていたことが判明、埋もれていた義太夫節の朱(楽譜)も見つかって、今回の復曲へと至ったのですよね。
栄寿太夫: 伝統芸能の世界は、持ちつ持たれつで、歌舞伎の三大名作(『菅原伝授手習鑑』、『義経千本桜』、『仮名手本忠臣蔵』)は文楽が原作ですし、歌舞伎の演目が文楽化しているものもありますからね。そういう形で、両者が切磋琢磨して発展してきました。文楽に置き換えやすいものとして『かさね』が上演されていたというのはよくわかります。
Q:義太夫の『かさね』も詞章は清元と同じですが、語り方や三味線が違いますね。
栄寿太夫: 清元は江戸情緒に溢れ、涼しい顔で粋に唄いますが、義太夫の語りは力強いですからね。清元と義太夫とでどんな違いになるのか楽しみです。同時に上演することで、僕たち清元側にも発見があると思います。曲の中でも演奏で力が入るところはありますが、迫力が特徴の義太夫とは違う、清元の力強さというのは一体どういう表現になるのか、改めて考えることになると思います。
斎寿: 三味線の違いも大きいですよね。清元は中棹ですが、義太夫は太棹ですから、音の大きさが違います。今回の『かさね』で聴き比べていただくことで、双方の音の違いや特徴がわかりやすく伝わるのではないかと思います。聴いていただいた人がその違いを発見してくれれば嬉しいですし、僕も義太夫の『かさね』に興味があります。
栄寿太夫: 義太夫にも力強さだけではなく艶っぽさがあるじゃないですか。僕が想像するに、義太夫の『かさね』は力強さと艶っぽさが7対3の割合であるとすれば、清元は3対7ぐらいかな、と。足して10になることで『かさね』の魅力が伝わるというのが、今回の公演の狙いどころだと思います。僕にとっても『かさね』は大好きな曲ですから、お客様には双方の演奏を通じて『かさね』の魅力を感じ取ってほしいですね。
—清元節を同世代に。新ユニットが始動
Q:今年のお二人は清元節の普及活動にも力を入れていらっしゃって、体験型イヤーコンテンツ「IMAGE OF KIYOMOTO」の配信や、5月末には若手による新・清元演奏会「來音」の公演もありました。
栄寿太夫: 歌舞伎や清元をまだ知らない方たちにどういうアプローチができるのかと思った時に、僕たちが率先して同世代に伝えていかなければならないと思い、若手の清元のメンバー14名に集まってもらってユニットを立ち上げました。まずは5月29日の演奏会を皮切りに、ワークショップや配信など様々な活動を通して清元の普及を試みていきたいと考えています。
斎寿: これまでの演奏会とは違うスタイルでやりたいな、と思っています。若いお客様たちが聴きやすいような演目構成、たとえば一曲をお聴かせする形だけでなく、清元の曲を組み合わてのメドレー形式など、工夫を考えています。まずは、お客様に清元の曲を知っていただきたいですね。
栄寿太夫: 清元を普及させていくためには、お客様へのアプローチと演奏家へのアプローチがあって。伝統芸能は年功序列の世界でもあり、それは芸の上ではとても大切なことなのですが、その序列のなかにだけいると、若いパフォーマーたちはなかなか夢を見られないこともあります。ですから、このユニットでは、その序列をひっくり返してもいいと思っています。
斎寿: 時代的に伝統芸能を志す若い人たちが減少しているという現状があり、だからこそいま清元の世界にいる若い演奏家たちはより多くの経験を積まなければならないのですが、そのチャンスがありません。それならば自分たちでその機会を創っていこうと考えたわけです。若手と呼ばれる世代が真ん中に立つという経験は必要で、そういう勉強がないと、次世代の後輩たちに教えることもできません。それを弟やユニットのみんなでやっていこうと思っています。
栄寿太夫: 僕は栄寿太夫という名前を継がせていただいて、その意味では立場はあるものの、経験値が少ないというチグハグな存在です。それを考えた時、こうやって序列をかき混ぜて(笑)、整頓するというところまでが栄寿太夫の役割だと思っています。
―KASANE PROJECT公演に向けて
Q:最後に、8月12日に大阪・国立文楽劇場で開催されるKASANE PROJECTの公演に向けて、一言ずつお願いいたします。
斎寿:『かさね』は、芝居ではたくさんかかっていますが、実は、素浄瑠璃での形で披露するというのがほとんどないのですよ。今回、演奏だけでお聴かせできるというのは、大変貴重な機会です。この機会を大切にして、また、義太夫の『かさね』も楽しみにしながら、準備していきたいと思います。
栄寿太夫: 今回、会場が国立文楽劇場ということで、文楽の本拠地である大阪の皆様にも清元を知っていただき、お楽しみいただければと思います。そして、8月12日は父の誕生日なんです。しっかり語ることが父へのプレゼントだと思って(笑)、初の立語りを心して務めます!
『かさね』から新ユニット結成の話まで。時に茶目っ気たっぷりに、時に真摯に語る兄弟の姿は、仲の良さもさることながら、お互いをリスペクトし合っていることもよく伝わってきた。共に清元の芸を継承し、歌舞伎や邦楽の魅力を伝えるというミッションを担った志高き兄弟の挑戦に注目したい。
また取材後、第七回「研の會」(2023年8月2日、3日、浅草公会堂にて)の開催が発表され、歌舞伎俳優としての尾上右近が『夏祭浪花鑑』の団七九郎兵衛、お辰、『京鹿子娘道成寺』の白拍子花子を務める。KASANE PROJECTの公演はその直後。今年の夏も右近のパッションが漲る。
協力:青山「ARTS」
※KASANE PROJECT取材第二弾 、義太夫『かさね』を演奏する文楽の豊竹呂勢太夫、竹澤團七へのインタビューはこちら>
KASANE PROJECT VOL.1 素浄瑠璃「色彩間苅豆」
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※以下の2つの公演は終了しています。
KASANE PROJECT VOL.1 素浄瑠璃「色彩間苅豆」
上演日程:2023年8月12日 (土) 午後5時開演
演目:清元「色彩間苅豆」
義太夫「色彩間苅豆」
座談会
会場:国立文楽劇場 小ホール
住所:大阪府大阪市中央区日本橋1-12-10
料金:¥5,500(全席指定・税込)
チケット予約:6月30日(金)~
問い合わせ:株式会社コテンゴテン
https://coten-goten.com/
電話番号 070-8428-8515
尾上右近自主公演 第七回『研の會』
上演日程:2023年8 月2 日 (水) 11時開演/16時30分開演
8月3 日(木) 11時開演/16時30分開演
演目:「夏祭浪花鑑」「京鹿子娘道成寺」
会場:浅草公会堂
住所:東京都台東区浅草1-38-6
料金:一等席¥13,000、二等席¥9,000、三等席¥5,000、
特別席¥23,000(各公演22席限定、特典付き)
チケット予約:6月24日(土)~
チケット取扱:チケットぴあ、ローソンチケット、イープラス、楽天チケット