BY KURIKO SATO
アン・ハサウェイは子どもの頃、修道女になりたかったのだという。その理由を彼女は、「詳しい説明は避けますが、神に近づきたいと思ったのです」と語る。カトリックの家庭に生まれた彼女は、幼少期からその教育を受けるも、15歳のとき、兄がゲイであることを知り、両親ともどもゲイを認めない宗教から距離を置いた。
そんな彼女が新作『ブルックリンでオペラを』において、修道女に憧れを持つ精神科医、パトリシアを演じるのはなんとも奇遇に思える。劇作家アーサー・ミラーの娘で、『50歳の恋愛白書』などで知られるレベッカ・ミラー監督がメガホンを握ったチャーミングなコメディは、才能に恵まれつつスランプに陥ったオペラ作曲家、スティーブン(ピーター・ディンクレイジ)と、彼を献身的に支える妻パトリシアとその息子、彼らの家にクリーニング・レディとして出入りするマグダレナとその家族、さらにスティーブンが偶然出会う「恋愛依存症」の女性カトリーナ(マリサ・トメイ)が複雑に絡み合い、各々の人生を左右する出来事が起こる。もっとも、役柄のみならず本作の企画自体が、彼女にとっては運命的なものだったようだ。
アン・ハサウェイ(以下、ハサウェイ) じつはかつてレベッカの作品のオーディションを受けたことがあるのです。そのときは役を掴むことはできなかったけれど、部屋を出るときに勝手に、何か運命的なものを感じました。それ以来、レベッカのことはつねにフォローし、いつか仕事をしたいと思っていた。そんな折、本作の脚本をもらって、わたしは読むなり深く感動しました。これほど大胆で独創的で、心を鷲掴みにされるようなストーリーは読んだことがなかったから。それにここに出てくる女性たちはみんな個性的な魅力を持っていると思いました。レベッカはわたしを最初にキャスティングしてくれたので、わたしもこの映画を実現させるために精一杯協力したいと思った。それでプロデュースもすることになりました。それから撮影に漕ぎ着けるまで何年も掛かりましたが、いまは誇らしい気持ちで一杯です。ふだん自分の姿をスクリーンで観ると、自分のあらが目についたり、撮影のときの苦労などを思い出したりしてしまいます。でもこの作品は違った。それぞれのキャラクターに、そして自分が演じたパトリシアにすら引き込まれ、すっかりこの物語の世界に入り込みました。そんなことは滅多に起こりません。レベッカのストーリーテラーとしての素晴らしさを表していると思います。
パトリシアの愛も虚しく、スティーブンの不調による夫婦の膠着した状態は、彼が型破りな女性、カトリーナと出会うことで、思わぬ突破口が開く。ふたりの対極的な女性像がなんとも印象的である。
ハサウェイ わたしがこの物語に惹かれた理由のひとつはまさに、異なる女性像にありました。「予想を裏切る」という言葉をわたしたちはよく耳にしますが、本作の面白さは女性たちがいわば「期待通り」ではなく、それぞれが思いもよらない行動に出ることです。男性と比較すると、女性のキャラクターのバリエーションが描かれている作品は少ない。地球上の人口の半分ぐらいは女性だというのに(笑)。女性だって本来、それぞれ異なる欲求や野心や夢を持っているはず。そうした彼女たちの姿を描く映画がもっと作られてもいいと思うのです。
だが現実には、この手の作品の資金を集めるのは容易ではないようだ。ハサウェイがこれまで『ブロークバック・マウンテン』(2005年)『プラダを着た悪魔』(2006年)『レ・ミゼラブル』(2012年)『オーシャンズ8』(2018年)など、メジャーからインディペンデントまでさまざまなヒット作に立て続けに出演してきたことを考えると驚きだが、彼女はこう続ける。
ハサウェイ ヨーロッパだと状況は少し異なるかもしれませんが、アメリカでは伝統的に、芸術的な映画やカルチャーそのものに対するサポートがほとんどない。映画文化がヨーロッパほど人々のなかに浸透していないとも言えます。ハリウッドのスタジオはマーべル映画には何百万ドルと出資するのに、本作のように、人々が愛とは何かを探究する映画にはお金を出したがらない。でもわたしは、どんなジャンルの映画も同様に大切であるし、バリエーションがあることこそが大事なのだと思います。それに人間誰しも、物語というものに心動かされる余地があるのではないでしょうか。
そんな思いは、本作の体験をきっかけにして、彼女をより積極的にプロデューサー業に向かわせることになったようだ。今後はふたりの母親を描いた『Mothers’Instinct(原題)』、40歳のシングルマザーがボーイズバンドのアイドルと出会う『アイデア・オブ・ユー 大人の愛が叶うまで』と、2本の主演&プロデュース作が待機している。
ハサウェイ 映画はひとりではできない。長年この仕事をやってきて痛感することは、映画とはチームワークの賜物だということです。だから単純に、自分がこういう役を演じたいから自分で制作する、というわけではなく、誰かのヴィジョンをサポートしたいから、面白いと思った物語をみんなで一緒に実現させるその一員となりたい、という気持ちが大きい。それはとても刺激的でスリリングなことです。
ハリウッドでも徐々に女性のエンパワーメントが進む昨今、ハサウェイも間違いなくそのムーブメントを担うひとりと言えるだろう。
『ブルックリンでオペラを』
4月5日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開
公式サイトはこちら
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