BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY TAMEKI OSHIRO

音楽との出会いに導かれた人生
——上原さんはどのようにして“音楽”と出会いましたか? ご自身の原体験をお伺いできればと思います。
上原ひろみ(以下上原) 6歳の時に母がピアノ教室に連れて行ってくれたのが最初です。その時に指導してくださった先生が音楽の楽しさというものを教えてくれました。子どもが何かを習う時は、教える人の影響が大きいと思うのですが、私の場合、習いに行っているというよりは、“ピアノと遊ぶ“という感覚でした。先生はとてもハッピーな人で、私がこれまで生きて出会った人の中で10本の指に入るくらいエネルギーのレベルが高い方でした。その先生と過ごした時間は、振り返ってみると「音楽って楽しいものなんだな」という気持ちを強く抱かせてくれるものでした。
——楽しさを知ってから続けてこられた大きな要因とは何でしょうか?
上原 自分で曲をずっと作ってきたということも良かったですし、コンサートで発表する機会があったのも良かったと思います。ヤマハが企画する子ども向けのコンサートもありましたし、最初に教わった先生のところでも、お客さんを入れずに行うクラスのクリスマスやスプリングコンサート、サマーコンサートという発表会がありました。私は人前でパフォームすることがとても好きでしたし、先生もパフォームすることが大事だと思っていらしたのだと思います。年に3回ほどはそういう機会を作ってくださって、それがすごく楽しかった記憶があります。それが今に繋がっているのかなと思います。
——そうした音楽への思いが原動力となり、バークリー音楽大学へと進学し、ジャズピアニストとしてデビューされました。そしてジャズ界のレジェンドであるオスカー・ピーターソンやチック・コリアと共演をされていますが、直に接してみてどんな方々でしたか?
上原 オスカーはピアノが小さく見えるぐらい体格の大きい人でしたが、本当に溢れるほどのユーモアがあるのでいつも笑いが絶えなくて、いたずらっ子な面もありました。一方でチックは勉強熱心な方。常に研究している感じで、常に新しいことに挑戦しようとしている姿を見てすごいなと思いました。


お互いを知ることで広がった曲の世界観
——「Hiromi’s Sonicwander」は2023年に『Sonicwandarland』というアルバムをリリースしてバンドとしての活動を始められ、今回2作目となる『OUT THERE』にはどんな手応えを感じていらっしゃいますか?
上原 「Hiromi’s Sonicwonder」のメンバーはベースのアドリアン・フェロー、ドラムスのジーン・コイ、トランペットのアダム・オファリルと私の4人ですが、演奏を重ね、ともに過ごしてきたことでバンドとしてのサウンドを確立してきたと思います。彼らとはツアーをともに過ごして、例えば食事の時にメニューを見ただけで、きっとこの人はこれを頼むだろうとみなくてもわかるほどそれぞれの好みを把握できるほどになりました。音楽的なことではありませんが、人間的な関わりとしてはとても重要なことなのかなと感じています。こうした交流を通してお互いを知り、どうすればお互いを輝かせることができるのかが分かるようになってきたので、新たなアルバムを作ろうということになりました。曲を書く上では、バンドのリーダーとしてメンバーの一人一人が光る曲にしたいと考えていました。前作よりもそれぞれの強みや素敵だなと思うところを生かせる作品に仕上がったと思います。そこがこのアルバムの推しのポイントです! 音楽はお互いに感化されて生まれるものです。このコンビネーションだからこそこうなるというプレーができていると思います。
——2023年の5月から、「Hiromi’s Sonicwonder」で世界中をツアーしたそうですが、訪れた先では、どこの演奏が印象に残っていますか?
上原 音楽的な面から考えるとロンドンのバービカン・センターでの公演で、第一部はピアノ・クインテットという弦楽四重奏との共演で、第二部はSonicwonderのメンバーで演奏しました。二部構成でバンドが全然違うので、頭の切り替えも準備も大変でしたが、お客さんはとても喜んでくださいました。弦楽四重奏の人たちのプロジェクトは、ヨーロッパ、アメリカ、日本を回る時に、各地の弦楽四重奏の方々と組んでいたのですが、ヨーロッパのメンバーは全員がロンドン出身だったのに、ロンドンで一度もライブができないままツアーが終わったので、Sonicwonderのプロジェクトが始まった際に、弦楽四重奏のメンバーにとって凱旋公演のように演奏させてあげたいなと思い、この二部構成にすることにしました。非常にチャレンジングでしたが、てんこ盛りな一晩だったという印象が残っています。
もう一つはイタリアのピサでの停電というハプニングに遭遇した時のコンサートです。ステージに問題があったのではなく、街全体が停電していたのでどうにもなりませんでした。お客さんたちも停電には慣れているようで、それほど驚かれてはいなかったのですが、全く演奏ができない状況が1時間20分ほど続いてしまったら、さすがにイライラして、せっかく聴きに来たのにという雰囲気になってしまいました。そこで一つだけ小さいジェネレーターがあったので、マイク1本分なら発電できるということで、とりあえずソロの演奏を暗闇の中で始めました。するとお客さんがものすごく盛り上がりました! 30分ほど経過してから、トランペットとのデュオならいけると思ったので、アダムを呼んで二人で演奏しました。ちょうどその頃にもう一台、ジェネレーターを積んだトラックが到着。デュオで演奏していた曲の途中で、ベースとドラムが加わってきて、さらに一気に照明がつき、その瞬間にお客さんからは大拍手が起こり、まるで演出として仕込まれていたかのようなステージになりました。お客さんが帰ってしまわないようにと必死に考えた結果、功を奏したコンサートでした。
このときのバックステージでは、私がソロでピアノを弾いているときに「トラックが到着した」とか、演奏中の私に声をかけてくるんです(笑)。だから私が対応するしかないと思って、バンドのメンバーを呼び寄せて「こうやって」と伝えて、それぞれが準備し始めて、さーっと入ってきた瞬間にパッと照明がつきました。暗闇の中で起きていたことなので客席からは見えなかったと思います。だからステージが明るくなった時に「おーっ」と歓声が起こり、とても一体感がありました。

——今回のアルバム『OUT THERE』の楽曲から、一曲おすすめするとしたらどの曲ですか?
上原 全曲に対して同じ思いがあるので一曲だけ特におすすめするということではありませんが、「Yes!Ramen!!」という曲に関しては、この曲を聴いて、まだラーメンを食べたことのないファンの方に食べてもらえたらいいなと思います(笑)。海外にはまだ食べたことのない人はいて、ラーメンを愛する者の一人として、この曲がきっかけとなってラーメンに目覚めてもらいたい。一人でもそういう方が増えれば、これ以上の喜びはないと思って書いた曲です。私はラーメンに対してものすごい情熱があって、食べるときも中途半端な気持ちでは食べません。作っている人のラーメンに対する気持ちをしっかりと受け取って、真剣に向き合うことで、その一杯に詰まった作った方の人生を感じたいと思います! 心のこもったラーメンが好きで、一番長く食べているのは、いわゆる醤油味の昔ながらの中華そばです。東京だと「支那ソバかづ屋」ですね。でも、どんな味であろうと、どのようにしてこの店主はここにたどり着いたのか、その人生を感じることに誰かの音楽を聴くような感覚があって、それを味わうのが好きなんです。ラーメンは、私にとってインスピレーションを受け取ることができる食べものでもあります。今日はこのラーメンを食べようと決めた時からの自分の気持ちが上がっていく様や、お店に向かっていくときのテンションとか、すべてから何かを感じ取ることがあります。

——上原さんは何をしている時がいちばん“素”の自分でいられますか?
上原 全部が自分だなと思うので、わからないですね(笑)。ラーメンを食べている時と、ライブを見ているときは似ているなと感じますし、ピアノを弾いているときも“素”なので、自分らしいなと思います。休みの時だからこそできることは、おいしいものを食べることで、それはやっぱりすごく重要ですね。私の中でラーメンだけでなく、食べることは大切なことなので、一番テンションが上がることでもあります。ただ、ライブの前日はお酒を飲まないので、友人とお酒を飲むというのは、すごくオフ感がありますね。
——音楽の楽しさを知って歩んできたこれまでの経験はずっと繋がっている感覚ですか?
上原 そうですね。ずっと繋がっていて、その都度、その都度に学びがあって、成長していると思います。音楽はずっと私の身近にあるものですし、これからもずっとピアノを弾いていくことを目指しています。そしてピアニストとして、もっと成長していきたいです。

上原ひろみ(UEHARA HIROMI)
静岡県出身。6歳からピアノを始め、同時にヤマハ音楽教室で作曲を学ぶ。17歳でチック・コリアと共演。1999年にボストンのバークリー音楽大学に入学。在学中にジャズの名門「テラーク」と契約し、2003年にアルバム『Another Mind』でデビュー。2011年にはスタンリー・クラークとのプロジェクト作『スタンリー・クラーク・バンド フィーチャリング 上原ひろみ』で第53回グラミー賞において「ベスト・コンテンポラリー・ジャズ・アルバム」を受賞。
ヘア&メイク/神川成二 衣裳/LIMI feu

上原ひろみ Hiromi’s Sonicwander
『OUT THERE』
2025.4.4 ON SALE