ファッションに計り知れない影響を及ぼしたマルタン・マルジェラ。彼のそばにはひとりの女性の存在があった。これは彼女の物語である

BY SUSANNAH FRANKEL, TRANSLATED BY FUJIKO OKAMOTO

画像: 同じ考えをもったビジネスパートナー、マルタン・マルジェラとジェニー・メイレンス。メイレンスの誕生日のサプライズパーティで抱き合うふたり(1995年) PHOTOGRAPH BY ANDERS EDSTROM

同じ考えをもったビジネスパートナー、マルタン・マルジェラとジェニー・メイレンス。メイレンスの誕生日のサプライズパーティで抱き合うふたり(1995年)
PHOTOGRAPH BY ANDERS EDSTROM

 ブランド=ステータスシンボルという概念が覆された瞬間があったとすれば、それは「メゾン マルタン マルジェラ」という何も書かれていない白いタグがついたブランドが誕生したときだろう。タグのアイデアは1988年のある晩、イタリアのマントヴァにある小さなバーで生まれた。当時は自分のステータスをアピールする「パワードレス」がもてはやされていた。その服にどんな価値があるのか、そもそも「ブランドもの」なのか、わかる人にしかわからなかった。赤いマニキュアを塗った指でテーブルをタップするのはいったいなんの合図を送っているのか、誰もがわかるわけではないのと同じように。

 マルタン・マルジェラとクリエイティブ&ビジネスパートナーのジェニー・メイレンスにとって、ブランド名のないタグはデザインを本来の姿に戻したいという信念を象徴するものだった。もちろん、いたずら心もあったのだろう。タグのアイデアを考え出したメイレンスは「マルタン・マルジェラというブランド名を書いたタグなんてつけるべきではない。それだけは 絶対にだめだ」と思っていたという。そして、「ブティックに入ってインパクトのある服を手にとったら、タグにはブランド名が書かれていない。そうなると、よけいに興味がわくでしょう?」

 マルジェラは初めのうち、タグのアイデアにあまり乗り気ではなかったが、最終的に一つの条件つきで賛成した。それは裏なしの服の表側にはっきりわかるように白い糸を4本縫いつけること。顧問弁護士には信じ難い話だった。そもそも、空白の権利を保護することなどできるわけがないからだ。そこで、メイレンスとマルジェラは弁護士を説得するために策を講じた。「弁護士に噓をついたの。裏側に『マルタン・マルジェラ』とプリントすると言ってね。もちろん、そんなことはしなかったわ」。ふたりの結びつきを示すちょっとしたエピソードだが、これがファッションの歴史に最も大きな影響を与えたパートナーシップの始まりだった。

画像: マルジェラ時代のスナップ写真 PHOTOGRAPH BY DANILO SCARPATI

マルジェラ時代のスナップ写真
PHOTOGRAPH BY DANILO SCARPATI

「魅力とは何か」というマルジェラの解釈はアナーキーなファッションと称されるほど型破りなものだった。トロンプルイユのプリントにスパンコールを施した床まで届きそうなTシャツ、イタリアのメンズサイズ60ほどもあるオーバーサイズのレディスジャケット、ストックマン(トルソーの世界的ブランド)のトルソーをかたどったジャケットやドレス、文字や数字をプリントしたリネンのシャツ、どんなスタイルにもマッチするつま先が割れた足袋ブーツ。マルジェラの上質なテーラリングは当時のデザイナーたちの羨望の的となり、次世代のデザイナーたちの手本となった。

 世間から高い評価を得ても、メイレンスとマルジェラは写真もメディアの取材も拒否。ふたりは16年間のパートナーシップを通じて公の場に姿を見せることはほとんどなく、服のタグと同じように徹底した匿名性を貫いた。2008年のTマガジン特集記事にはこんな記述がある。「誕生から20年がすぎた今でも、マルタン マルジェラはファッション界で最も捉えどころのない存在だ。だからこそ、デザイナーたちはインスピレーションを求めて、真っ先にマルジェラのアーカイブに飛びつくのだろう」。また、この記事内ではマルジェラからインスピレーションを受けた5つのブランド(マーク・ジェイコブス、A.F.ヴァンデヴォルスト、ジュンヤ・ワタナベ、エルメス、プラダ)を紹介している。

 

This article is a sponsored article by
''.