ファッションに計り知れない影響を及ぼしたマルタン・マルジェラ。彼のそばにはひとりの女性の存在があった。これは彼女の物語である

BY SUSANNAH FRANKEL, TRANSLATED BY FUJIKO OKAMOTO

 マルジェラは常にファッションに計り知れない影響を与えてきた。とはいえ、メゾン マルタン マルジェラが2002年にオンリー・ザ・ブレイブの創業者レンツォ・ロッソに買収され、マルジェラの引退から7年、パートナーのメイレンスがメゾンを去ってから優に10年を超えた今、ふたりのファッション界への影響力はそれほどないように思われている。

 それは服のデザインだけでなく、マーケティング、広告写真、スタイリングについても同様だ。だが、ラフ・シモンズはマルタン・マルジェラに対する尊敬を公言してはばからない。ヴェトモンとバレンシアガにはマルジェラの美学が反映されている。ヴェジャス、マルケス・アルメイダ、ジャックムス、カニエ・ウェストなどの新進デザイナーのブランドもマルジェラのアーカイブに敬意を払っている。ラグジュアリー市場が過飽和状態にあるなか、ファッションはより控えめなローファイの美学にシフトしつつある。これこそ時代に先駆けてファッション界の既成概念に反旗を翻してきたマルジェラとメイレンスの哲学の根底にあったものだ。

 メイレンスは現在72歳。ブロンドに明るい青い目の小柄な女性で、くるぶしまである黒いシルクのドレスを着ている。メイレンスが着るものはすべてメゾン マルタン マルジェラのヴィンテージだとあとで知った。メイレンスの自宅はブリュッセルから西へ車で45分ほどのパヨッテンラントと呼ばれる田園風景が広がるなだらかな起伏のある地域にある。高い丘の頂上に見下ろすようにポツンと建っているこの家は、メイレンスが初めから終わりまで注意深く見守る中で建てられた。白木とガラスの厚い板で造られたファサード。素晴らしい眺め。外は目がかすむほどの暑さだというのに、ミニマルなインテリアの部屋はひんやりと薄暗い。

画像: 2003年の引退後に建てた家でくつろぐメイレンス PHOTOGRAPH BY DANILO SCARPATI

2003年の引退後に建てた家でくつろぐメイレンス
PHOTOGRAPH BY DANILO SCARPATI

 マルタン・マルジェラが表舞台に立つデザイナーだとすれば、ジェニー・メイレンスは彼を陰で支えるファシリテーター(調整役)だった。マルジェラが「メゾン マルタン マルジェラ」を立ち上げ、維持し、大きくするために必要なものすべてを用意した。「私たちは財政的にもクリエーションにおいても完全に独立していたの」とメイレンスは言う。これは間違いなく彼女のおかげだ。「お金はまったくなかったけれど、借金をすることはなかった。仕事を続けられるだけのお金さえあればよかったの」。ふたりにはもっと大事なことがあった。「もちろん、何の束縛も受けずに自由にクリエーションをすることよ。いつもそれがいちばん大事なことだったわ」

 メイレンスとマルジェラは力を合わせて「完成された独特な世界」を築きあげた。しかも、そういう言葉でファッションが語られるずっと以前の話だ。メゾン マルタン マルジェラはたったひとりのデザイナーのクリエイティブなビジョンを表現して注目を集めようとするのではなく、チームとしての活動に焦点をあてた。マルジェラの年2回のコレクションにメゾンのコレクションにお決まりの業界での権威を示す席次がなかった。バイヤーもプレスも先着順だ。それも席が用意されている場合の話。マルジェラのコレクション会場はパリ郊外の廃校の運動場からモンマルトル墓地に至るまでさまざまだった。

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.