BY ALEXANDER FURY, PHOTOGRAPHS BY MARTON PERLAKI, STYLED BY MALINA JOSEPH GILCHRIST, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO
だが、苦難の時代には、ファッションでさえ問題点を映し出す。第二次世界大戦を間近に控えた1939年には、オーストリアやバイエルンの民族衣装風のスタイルがもてはやされた(訳者注:ナチスが自国と支配国に民族衣装着用を勧めたのが一因らしい)。80年代末の史上最大の世界的株価大暴落、ブラックマンデーがもたらしたのは、デコンストラクション(脱構築)と呼ばれるスタイルだった。その先駆者のベルギー人デザイナー、マルタン・マルジェラは、切りっ放しの裾や縫い目を表に出したデザインが特徴のシャビールックで、突如として困窮に陥った世界を表現した。そのスタイルはクリスチャン・ラクロワをはじめとする、80年代初期の過熱したモードとまるで対照的なものだった。ラクロワは、クリノリンやバッスル(腰あて)入りふうのふくらんだスカート、フランス第二帝政様式といった過去のスタイルをふんだんに取り入れながら、享楽的で目のくらむようなファッションを生み出していた。その数年後に訪れる経済危機とはまるで無縁な、豪華で絢爛なファッションを――。
記憶をあれこれたどっても、この春夏シーズンほど、現実を忠実に反映したコレクションはなかった。狂乱した浮ついたムードのなか、グッチはきらびやかさを、リック・オウエンスは荒廃した時代をテーマにした。ファッションがこんなふうに二極化する現象は、多くの国々で進む、政党の分極化と重なって見える。ほかには“ポストナショナル” “ポストヒストリー” “ポストインターネット”といった視点を、それぞれのメゾンが自由に解釈していた。なかでもポストナショナルという観点は、今の文化が目指すものをよく表している。
国境規制があちこちで厳しくなるなかで、ファッションは国境を取り払いたいと願っている。ある意味、左派のリベラルな、のどかで美しい夢を描くのがファッションであり、デザイナーたちが望むものなのだ。今のファッションがポストナショナリズム(国家の枠を超えたグローバリズム)を謳うのは、アメリカからヨーロッパの国々にいたるまで右翼が台頭しているせいかもしれない。愛国心という名目のもと、敵対感情や白人至上主義を蔓延させるこの流れにあらがうために。