時代が変化を求めても、エルメスは変化を拒む。永遠に変わらないこと、それが彼らの最大の武器なのだ。世にも稀有なメゾンを支える7人のクリエーターが語る、その魅力と知られざる裏側

BY NANCY HASS, PHOTOGRAPHS BY OLIVER METZGER, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 ヨーロッパにはエルメス以外にも、職人がいる工房をいくつか備え、見事な製品を作っているブランドがある。なかでもフランスには、創業時をしのばせる白衣姿のお針子を数十人も抱えたアトリエを持つ、歴史あるメゾンもある。しかし多国籍大企業でエルメスほどかたくなに、伝統を重んじている企業はほかにないだろう。現在、米コロラド州のデンバーから北マリアナ諸島まで、世界に300店舗以上を展開するエルメスだが、あくまでも“ひとの手がもたらすロマン”にこだわり続けている。それがいかに非現実的でも、ますます難しくなってもその姿勢は変えず、中世ヨーロッパの手工業ギルドの伝統を守り抜いている。

このギルドとは、熟練した親方と徒弟で形成された同業組合で、数世代続いたが、民間産業が隆起した16世紀に衰退してしまった。その後の世界は、とりわけファッション界は徐々に機械化され、経費を削り、流行を瞬時に取り入れるようになっていった。だがエルメスはその流れに逆らった。薄っぺらな魅力しかない、一過性の流行も、冷たく突き放すように傍観してきた。彼らは最初から確信していたのだ。たとえ人件費が高くても、どんなに贅沢な素材を使っても、ひとの手で美しいものを作れば、巨額の富とセンスを備えた人々が必ず欲しがるということを。エルメスの存在自体が、モード界への挑戦と非難を示唆している。

 エルメスは自動車が出現したとき、存亡の危機に直面した。くつわから鞍まであらゆる馬具を製作していたエルメスは、馬車があってこそ存在するメゾンだったからだ。しかし1920年頃、ティエリ・エルメスの孫で後継者のエミール・エルメス(1871〜1951年)は、交通手段が進化しようとエルメスの人気は変わらないことに気づいた。こうして、鞍をしまうための40~50㎝幅の大型バッグ「オータクロア」(50年代にグレース・ケリーが使って有名になった「ケリー」はオータクロアを原型にしたもの)を発売したわずか数十年後に、今度はスポーツカーのトランクに入れるハンドバッグを提案したのである。また、あまり知られていなかった20世紀初頭の米国の発明品、ジッパーの、フランス国内での使用権も獲得。ジッパー使いのゴルフジャケットを考案し、アパレルビジネスにも手を広げた。

画像: メンズ・プレタポルテ部門 ヴェロニク・ニシャニアン 1988年からメンズ・プレタポルテを手がける。彼女のアトリエはフォーブル・サントノーレ通りにある。 「エルメスの服を着る男性は、美とは何かを心得ているわ。真にいいものは何かを知っていて、教える必要もない。だからこそ私たちは何らかの意味があるアイテムを作らなければならないの。単にルックの一部ではなく、それだけでストーリーが完結するように。すべての服には人生がある。それが永遠に続くよう願っているわ」

メンズ・プレタポルテ部門 ヴェロニク・ニシャニアン
1988年からメンズ・プレタポルテを手がける。彼女のアトリエはフォーブル・サントノーレ通りにある。
「エルメスの服を着る男性は、美とは何かを心得ているわ。真にいいものは何かを知っていて、教える必要もない。だからこそ私たちは何らかの意味があるアイテムを作らなければならないの。単にルックの一部ではなく、それだけでストーリーが完結するように。すべての服には人生がある。それが永遠に続くよう願っているわ」

 だが馬具工房だったというルーツは決して忘れなかった。あぶみ型の香水ボトルを作り、コートにはハミ(ビット)型の金具をあしらって、どの製品にも一見してエルメスだとわかる意匠を施してきた(デュック=四輪馬車の商標は、馬車の衰退後かなりの年月を経て、1945年に登録された)。このメゾンならではの品格と、自然を感じさせるアウトドア・スピリットをかけあわせたスタイルは、今もなお受け継がれている。

20世紀には、メンズとウィメンズのプレタポルテ、シルクスカーフ、シューズ、テーブルウェア、ジュエリー、香水まで事業を拡大し、21世紀には年商40億ドルの国際企業に発展したが、エルメスはほぼすべてのものを“ひとの手で” 作り続けるべきだと考えている。彼らのレガシーに、見せかけの華やかさや新しさを組み込めば、エルメスの威力は永遠に失われてしまうことも心得ている。

 同族経営がゆえに“永続性” がうまく保たれているわけだが、もともと工房だったルーツに基づいて権力は分散している。同族企業にしては珍しいことだ。社風はモダンで、社員は名前を呼ぶとき敬称の「ムッシュ」も「マダム」もつけないが、組織形態は中世の“ギルド”が手本だ。アトリエは、ウィメンズ・プレタポルテ、香水、シューズ、ジュエリー、メンズ・プレタポルテ、シルク、メゾンと独立した形で分かれており、それぞれにヘッドがいる。

画像: 春夏コレクション用のパターンとレザー

春夏コレクション用のパターンとレザー

クチュールの歴史のなかで、手しごとが常に重視されてきたフランスでは(同様に手工業を評価する国はほかに日本くらいしかないだろう)、このような枠組みはcorps de métier(同業組合)と呼ばれていた。それは半ば独立した、高度な専門性をもつ工房の集合体で、各工房では徒弟制で修業した職人が、一種類のものだけを製作した。現在、創業者一族の6 代目が率いるエルメスは、各部門に知性的なヘッドを配している。彼らは自らのエゴを前面に出しつつも、このメゾンがデザイン力だけでなく、熟練した職人のおかげで成り立っていることをきちんと理解しているのだ。

 

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