BY NANCY HASS, PHOTOGRAPHS BY OLIVER METZGER, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO
エルメスはなぜ特別なのか。その理由が“時代とずれていること”だとしら、普通、どんなコンサルティング企業でも強く方向転換を勧めるだろう(エルメスがコンサルタントの意見を聞くとは思えないが)。現在、エルメスの社員数は1万3,400人。そのうち4,000人が職人というのは、多国籍ラグジュアリービジネスの世界で、前代未聞の比率である。職人たちはまず1 年間、社内のアカデミーで研修を受け、その後は1、2年、指導者の監視のもとで仕事をする。アトリエはパリ8 区のあちこちと、パリ郊外パンタンの築27年の巨大な複合施設内、そしてフランス国内各地にも点在している。本拠地であるフォーブル・サントノーレ通りの建物にもアトリエは多数あり、重役室の隣にまで並んでいる。そこでは、どの廊下を歩いても、ミシンで慌ただしくサンプルを縫ったり、複雑なつくりの製品を組み立てたりしている職人の姿が、ガラスドア越しに目に入る。
ランウェイからクローゼットにいたるモードの世界には、一瞬目を引く程度の魅力なのに、厚かましいほど法外な値段がつけられた服が多い。だがエルメスはそれらに端然と非難の目を向けるだけだ。結局のところ、時代に逆らう者が、時代を先取りできるのだ。多くのブランドは、若者の心をつかもうと、手に取りやすいそこそこの服を大量に作り、あとになって伝統を傷つけたことを悔やんできた。「うまくいくときはピンと来るものよ」。そう語るのは建築家のシャルロット・マコー・ペレルマンだ。彼女は、展覧会キュレーターおよび出版者のアレクシィ・ファブリとともに2014年にエルメスに加わった。ふたりが牽引するのは家具とアール・ドゥ・ヴィーヴルのアトリエだ。
先述の言葉は、ポルトガルの建築家アルヴァロ・シザがデザインした、上部に革のクッションを載せた竹のスツールを製作したときに感じたことだと言う。なにしろ3年間かけて試作品をいくつも作ったのちに、やっと理想通りに竹を扱える日本の職人を見つけたらしい。なめらかなカーブを描く竹は、見えない部分にカーボンファイバーの小片を補って強化してある。「うまくいかないときだって、途中で投げだすわけにはいかない。どんなに時間がかかっても、解決策が見つかるまで探し続けるしかないの」