時代が変化を求めても、エルメスは変化を拒む。永遠に変わらないこと、それが彼らの最大の武器なのだ。世にも稀有なメゾンを支える7人のクリエーターが語る、その魅力と知られざる裏側

BY NANCY HASS, PHOTOGRAPHS BY OLIVER METZGER, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 エルメスのシルクスカーフは、製作に約2年の歳月を要する。他ブランドでは、スカーフはしばしば稼ぎ頭となるアイテムだが、せいぜい数週間あれば完成できるはずだ。エルメスと違ってシーズンのデザインと色を決めたら、あとはそのバリエーションを作るだけですむからだ。

 エルメスの最も代表的なアイコンであるシルクスカーフが初めて登場したのは1937年(もうひとつのアイコン、オレンジボックスが誕生したのは1940年。それまでの100年間は高級羊皮紙を使っていたが戦時中の物資不足で変更を余儀なくされたらしい)。社内では、正方形を意味する「カレ」という名称で呼ばれている。約15年前からアーティスティック・ディレクター、バリ・バレがこの部門を指揮しているが、彼女の玄妙なセンスで紡がれたカレは、単に「首元に巻く飾り」というより、鮮やかな彩飾写本のようだ。

画像: シルク部門 バリ・バレ もともと自身の名を冠したファッションブランドを展開していたバリ・バレは、2003年にアーティスティック・ディレクターのピエール=アレクシィ・デュマに依頼されて、試験的に数点のスカーフを作る機会を得る(「そのなかの一枚には、穴をあけてみたのよ。それを見た人たちは気絶しそうだったわ」とバレ)。ほどなくしてシルクのアトリエを任され、2009年より、プレタポルテ、アクセサリー、シューズ、ジュエリー、香水にいたるウィメンズの全部門を指揮している。現在はフォーブル・サントノーレの本社近くにあるパリ8区のアトリエと、パリから電車で南東に下って2時間の町、リヨンにある自社シルク工房の2カ所を行き来している。「シルクスカーフのデザインは、科学やアートみたいだって感じることがあるわ」とバレ。「まるで複雑なパズルを組み立てていくみたいでね。何百もの要素について考えながら進めていく必要があるの。しかもすべて同時にね」

シルク部門 バリ・バレ
もともと自身の名を冠したファッションブランドを展開していたバリ・バレは、2003年にアーティスティック・ディレクターのピエール=アレクシィ・デュマに依頼されて、試験的に数点のスカーフを作る機会を得る(「そのなかの一枚には、穴をあけてみたのよ。それを見た人たちは気絶しそうだったわ」とバレ)。ほどなくしてシルクのアトリエを任され、2009年より、プレタポルテ、アクセサリー、シューズ、ジュエリー、香水にいたるウィメンズの全部門を指揮している。現在はフォーブル・サントノーレの本社近くにあるパリ8区のアトリエと、パリから電車で南東に下って2時間の町、リヨンにある自社シルク工房の2カ所を行き来している。「シルクスカーフのデザインは、科学やアートみたいだって感じることがあるわ」とバレ。「まるで複雑なパズルを組み立てていくみたいでね。何百もの要素について考えながら進めていく必要があるの。しかもすべて同時にね」

シルクスカーフは春と秋のコレクションで10柄ずつ、1年間に計20柄が誕生するが、そのために外部のアーティストやイラストレーターが数百種類のデザインを提案する。バリ・バレはプロデューサーだ。アーティストを巧みに誘導し、世界中から新しい才能を発掘し、いつか花を咲かせそうだと感じるアーティストたちを育成する。他部門のヘッドたちと同様に、彼女はぎっしりと情報が詰まったアーカイブを参考にする。なかでも頻繁に使うのが、過去のあらゆるデザインをまとめた手綴じの資料である。何千とあるこの資料に目を通しながら、過去のデザインとの重複を避け、同時にインスピレーションソースを探すのだ。

画像: バリ・バレのアトリエに並ぶ布のカラー見本

バリ・バレのアトリエに並ぶ布のカラー見本

 これもまたほかの同僚と同様に、彼女はときどき“ミュゼ”と呼ばれている社内博物館に足を運ぶ。フォーブル・サントノーレの建物の4階、一面マホガニーで覆われたいくつもの部屋に、エミール・エルメスの時代から収集されてきた、エルメス製品以外の工芸品やアンティーク2万点以上を収蔵している。専任のキュレーターが管理する所蔵品のなかには、17世紀のモンゴルの鞍やヴィクトリアン様式のシルバーの拍車(乗馬靴のかかとにつける金具)のほか、19世紀にエルメス家の子どもたちが使っていたロッキングホース(木馬)といったものも含まれる。バリ・バレはこうして、メゾンの伝統と抽象的な要素を直感的にかけ合わせながら、新しいコレクションを作り上げていく。

パリから高速列車で南東に2時間下ると、リヨンにたどり着く。この町のシルクのアトリエには、25人の職人が働く色の工房があり、各シーズンのシルクアイテムに用いるインクを手作業で混合している(ひとつのデザインにつき8~12種類のカラーバリエーションを考えるそうだ)。パントン・カラー(世界共通の色見本帳)など「もってのほか!」と一蹴するバレは、エルメスが保有する7万5,000種類のオリジナルカラーから色を選び出す。大抵の場合、毎週火曜日になると、リヨンのメンバーが、新しく作ったカラー見本を携えてパリにやってくる。バレは、大きなホワイトボードに色見本を並べてマグネットで留め、その前に立って批評する。このミーティングは9時間近く続くこともあるらしい。さらに次の火曜日がくると、彼らは再びバレのもとにやってきて、カラー見本の最新バージョンを見せて意見を求める。バレが納得する色ができ上がるまで、この火曜日のミーティングは何度も繰り返されるそうだ。

画像: スカーフ《ピヴォワンヌの影》の試し刷り

スカーフ《ピヴォワンヌの影》の試し刷り

 そしていよいよ実際の製造工程に入る。スカーフの柄を刷るには、一色ごとに一版使うので、全部で45枚もの版が必要になる場合もある。これらの版にインクを載せて、シルクの上に押しあててスカーフを刷り上げる。ここで使う厚手のシルク地はパンタンの工房で織っているが、スカーフ一枚のために300もの生繭が使われるそうだ。バレは語る。「シルクスカーフの製作は、純粋な創作行為よ。絵を描くことにも似ている。あらゆる要素が詰まった最高のオブジェね」

PHOTO ASSISTANT: MARTIN VARET. GROOMING: HUE LAN VAN DUC AND GÉRALDINE LEMAIRE

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