ファッションは常に、次に何が来るか、ということをテーマにしてきた。今のデザイナーたちが描き出すのは、現実の暗い影を落とした、物憂げで辛辣な、虚飾を排した世界だ。だが、少し前までそのビジョンはもっと明るく、色鮮やかだった

BY MEGAN O’GRADY, PHOTOGRAPHS BY COLIN DODGSON, STYLED BY MARIE CHAIX, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 イタリアの詩人で、未来派の創始者であるフィリッポ・トンマーゾ・マリネッティは1909年、パリの日刊紙『ル・フィガロ』で“未来派宣言”を発表する。マリネッティはそのなかで「世界を衛生に保つ唯一の方法」として、男性の力強さや愛国心、戦争を礼賛した。未来とは、速度や機械だけでなく女性蔑視によって築かれると説き、図書館や美術館を破壊し、過去のブルジョワジー的な価値感を断絶するべきだと唱えた。「われわれは時代の最先端に立っている。不可能という神秘の扉を開かなければならないとき、なぜ後ろを振り返る必要があるのか」

 1世紀後の今、この宣言は古臭く(そして野蛮に)響く。だが同時に「胸板の厚い機関車」「蛇のように太いパイプを飾ったレーシングカー」と綴られているのを見ると彼らがいかに大きな夢を抱いていたかがわかり、思わず胸が熱くなる。この芸術運動はわずか20年ほどで消え、主張も一貫性に欠けるが(マリネッティはその後ファシスト党員に、続いてイタリアのアカデミー会員にもなった)、未来派特有のビジュアルスタイルはアート以外の分野にも長きにわたって影響をもたらすことになる。未来派がキュービズムのようなほかのモダニズム運動と異なるのは、政治からファッションまでライフスタイル全般にかかわったことだ。

画像: トップス¥323,000、スカート¥134,000、ベルト¥66,000、ソックス¥20,000(すべて予定価格)、靴(参考商品) ミュウミュウ クライアントサービス (ミュウミュウ) フリーダイヤル:0120-451-993

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 未来派の画家ジャコモ・バッラは、1914年に“未来派ファッション”の理念を掲げる。必要なのは大胆な色彩や色の衝突、幾何学模様、動きやすさであり、美しい均整やハーモニー、伝統は排除するべきだと主張した。プレタポルテというシステムが現れるずっと前に、彼らはファッションには“次々とものを時代遅れにしてしまう”本質があり、デザイナーの神髄は新しさを生む創造性にあると気づいていた。

 初期の未来派ファッションは、軽やかさが特徴だ。モダニズムのテキスタイルデザイナー、ソニア・ドローネーは、1913年より「シミュルタネ(仏語で同時の、の意味)」という名の、多様な布片を接(は)ぎ合わせたマキシドレスの一連を製作する。グリーンとゴールド、レッドとピンクといった、ビビッドな配色の幾何学的なパッチワークは、まさにキュービズムの“動く絵画”だった。だがなかには暗い作風もある。ディストピア(ユートピアの反対)の階級闘争を描いたフリッツ・ラングの名作『メトロポリス』(1927年)で、女優ブリギッテ・ヘルムが演じたサイボーグは、ビスチェ風のチェストプレート(金属鎧)をまとっていた。

 一方、実用性を重視したのは未来派のアーティストで、ファッションデザイナーとしても活躍したエルネスト・ミカヘレス(別名タイヤット)だ。1919年、イタリア語の“tutta(すべて、全体の意味)”をもとに「TuTa」と名づけたユニセックスなジャンプスーツを提案し、商業的にも成功した(彼は、動きやすさにこだわり、バイアスカット技術を突き詰めたマドレーヌ・ヴィオネとも仕事をしていた)。この「TuTa」のコンセプトは今も「カーハート(米ワークウェアブランド)」のオーバーオールや、「イージー・カラバサス(註:カニエ・ウェストとアディダスが展開するブランドのアパレルライン)」のスウェットウェアなどに見られる。未来派は20世紀のクリエーション全般に薫染していたが、機能性や技術革新の面で感化することは次第になくなっていった。だが、未来へのロマンと幻想を抱くという姿勢は、今日まで受け継がれている。

画像: レザージャケット、レザーパンツ(ともに参考商品)、ブーツ¥156,000 アレキサンダー・マックイーン TEL. 03(5778)0786

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 そのため芸術運動自体が途絶えても、未来への憧憬は冷めやらなかった。若者たちが反乱を巻き起こした60年代、アンドレ・クレージュやパコ・ラバンヌなど“スペースエイジ・デザイナー”は、人工衛星やロケットに見られる美を投影した、キラキラしたスマートなミニドレスを生み出した。80年代にはティエリー・ミュグレーやジャン=ポール・ゴルチエが映画『ブレードランナー』や『トロン』(ともに1982年)に着想を得て、サイバーパンク(註:極度にハイテク化した未来を舞台にしたSF)の強くグラマラスな新世代の女性像を描く。彼らは退廃したコンピュータ時代のエロスをテーマに、強調した肩ラインにあらゆるボディコンスタイル、透明なトレンチコートなどをデザインした。

 2000年の初期には、バレンシアガのニコラ・ジェスキエールがレトロ・フューチャリズムを繊細かつエッジィに表現した鮮やかなワードローブを提案。なかでも印象的だったのは、テレビアニメ『宇宙家族ジェットソン』(註:30世紀の宇宙が舞台のホームコメディ)のジェーン(ジェットソン家の母)が着ていた夜会服のようなフローラルドレス、『スター・ウォーズ』の軌道歩兵ストームトルーパーやドロイド「C-3PO」のガールフレンド風の、切り替えを施したレザーパンツやゴールドのレギンスなどだ。

 アンドロイドだって素敵なのだと言わんばかりのワードローブは、新世紀の楽観的なムードとデジタル時代の幕開けを象徴していた。こうした“未来への夢”は視覚的なテーマとなり、計画的陳腐化(註:絶え間なく新製品を生んで買い替えを促す流れ)とあいまって、次世代のクリエーションにも反映されていく。だがこのように既存のテーマを繰り返し使うことは、過去を振り返ることを嫌い、“新しさの衝撃”を求めた未来派が目指したものと本質的に異なっていた。

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