プラダとミュウミュウのデザイナー、ミウッチャ・プラダはファッションとアートの関係を刷新し、従来の美の定義を大きく、永遠に変えた。彼女はまた、内に強い信念を秘めたひそやかな反逆者でもある。今まで自らについて多く語ることのなかったミウッチャの実像に肉薄する

BY NICK HARAMIS, PHOTOGRAPHS BY COLLIER SCHORR,FASHION STYLED BY SUZANNE KOLLER, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

画像: ミウッチャ・プラダ。2023年7 月4 日、ミラノのプラダ財団の分館「オッセルヴァトリオ」にて。

ミウッチャ・プラダ。2023年7 月4 日、ミラノのプラダ財団の分館「オッセルヴァトリオ」にて。

 ミラノの南東端、ミウッチャ・プラダのオフィスから1.6㎞ほど先にプラダ財団がある。旧蒸留所を改築したこの現代アートの複合施設に一歩足を踏み入れると、いたるところにミウッチャという非凡なデザイナーの存在が感じられる。財団の展示室前ではプラダの黒いユニフォームを着たガイドが、プラダのバッグを手にしたふたりの観光客を誘導していた。そこで上映されていたのは、カナダ人映画監督デヴィッド・クローネンバーグの短編映画『Four Unloved Women, Adrift on a Purposeless Sea, Experience the Ecstasy of Dissection』(註: 4 人の愛されぬ女たち、行き先のない海を漂流する、解剖のエクスタシーを味わう)だ。上映と並行して、18世紀に使われていた蝋人形の人体解剖標本も展示されていた。屋外に出ると蒸留所時代の線路跡と、別のふたつのエキシビションについて紹介するパネルがあった。ひとつはパーマネント・コレクションで、ジャン=リュック・ゴダールが生前最後の作品を編集したスイスの自宅兼スタジオを再現した空間。もうひとつはNYを拠点に活動するアーティスト、ダラ・バーンバウムの写真やビデオの作品展だ。バーンバウム展のほうはプラダ財団のふたつ目の展示スペース「オッセルヴァトリオ」(Osservatorio)で催されている。そこから見下ろせる、ドゥオーモとスカラ座を結ぶショッピングアーケード「ガレリア・ヴィットリオ・エマヌエーレⅡ世」は、ミウッチャの母方の祖父であるマリオ・プラダが1913年にプラダの第一号店をオープンした場所である。財団内をしばらく歩いていると、数ブロック先にプラダのサングラスをかけ、犬を連れた老婦人が見えた。

 ミウッチャ(75歳)は、友人からも見知らぬ人たちからも「ミセス・プラダ」と呼ばれている。同世代のファッションデザイナーの中で彼女ほど異彩を放ち、革新的な人物はほかにいないだろう。ミウッチャが家業の高級皮革製品店を継いだのは1975年。その2 年後に、のちに夫となるパトリッツィオ・ベルテッリ(プラダ・グループの現取締役会長、77歳)と出会い、二人三脚でプラダ・グループをグローバルなファッション帝国へと成長させてきた(同グループの2022年の年間売上高は45億ドル)。夫妻は「プラダ」と、同ブランドの〈自由奔放な妹〉的な存在である「ミュウミュウ」のほか、ラグジュアリーシューズブランドの「チャーチ」と「カーシュー」、またミラノの老舗ペストリーショップ「パスティッチェリア・マルケージ」の株式も保有している。さらに昨年、プラダ・グループの80%を保有し、プラダ一族が支配する「プラダ・ホールディング」は別の2 社と共同で、長年閉鎖されていたミラノの鉄道操車場と鉄道の一部を買収した。約1 億9,000万ドルで買い上げたこの広大な敷地に、公園、住宅、オフィスと、2026年冬季オリンピックの選手村を建設する予定だ。
 ファッションに特に興味がない人でも、あの逆三角形のロゴプレートとプラダの名前は知っているだろう。映画やテレビ、本や音楽でこのブランドのことを見聞きした人もいるかもしれない。1999年のティーン向けの米コメディ映画『ヒース・レジャーの恋のからさわぎ』ではある学生がこんな話をする。「"好き"と"愛してる"は違うもの。私が好きなのはスケッチャーズのスニーカー、愛しているのはプラダのバックパック」。2019年放送のテレビアニメ『ザ・シンプソンズ』には、アーティストデュオのエルムグリーン&ドラッグセットが2005年にテキサス州マーファ近郊の砂漠に建てたプラダの疑似店舗《プラダ・マーファ》が登場した。シンプソン家の父親ホーマーはそれがアート作品だとわからずに、店の後ろで用を足してしまう。ローレン・ワイズバーガーの小説『プラダを着た悪魔』(2003年)は映画としてもヒットし、ビヨンセ、ドージャ・キャット、ドレイクなどの歌にもプラダが登場する。だが、これだけあらゆる分野に広く影響を及ぼしても、ミウッチャ自身のプライベートはうっすらとベールに包まれている。あらゆることと同じように、それは彼女が意図的にやっていることだ。
 プラダの本社は重厚感のある建築物の集合体で、敷地面積は10,000㎡ほどある。敷地内に入ってすぐ視界に飛び込んできたのが、3 階にあるミウッチャのオフィスと中庭をつなぐ、ステンレスでできた筒状の滑り台だ。ふと自分はあそこから追い出されるかもしれないと思った。2000年にこの悪名高い滑り台を設置したドイツ人アーティスト、カールステン・ホラーがこう説明していたのだ。「この滑り台を使えばミウッチャは階下で仕事をしているスタッフたちを一瞥しながら、専属の運転手が待つ1 階まであっという間に降りていける。邪魔な人たちを追い払うこともできる」

 ミウッチャへのインタビューは、簡単な会話をするのとは違って、慎重を要する任務だ。彼女のオフィスは白い壁とコンクリート打ちっぱなしの床に囲まれていて、ゲルハルト・リヒターの絵とクッキーが載ったシルバーのバーカートがなければ公開手術室のようだ。その厳格な空間に置かれたデスクに腰かけて、彼女はいつも「ここだけの話……」と言って会話を始める。身長163㎝、ヘーゼル色の瞳とウェーブがかったブロンドヘアが特徴のミウッチャには、率先して問題提起できる人たちがもつような、内側から湧き出る自信がある。温厚でよく笑うものの、同時に一家言ありそうで、今にも主張をぶつけてきそうな意気も感じられる。インタビューの間、ミウッチャ自身も会話を録音しメモを取っていた。「リラックスしたいときは何をされていますか」と尋ねると、「ノー」という答えだけが返ってきた。
 川久保玲がめったにジャーナリストと話をせず、マルタン・マルジェラが対面取材を一度も受けたことがないという話は有名だ。ミウッチャは、こうした知性派デザイナーたちほどミステリアスでも、イタリアン・グラマラス全盛期に活躍したドメニコ・ドルチェやステファノ・ガッバーナ、ドナテラ・ヴェルサーチェのように派手で目立つ存在でもない。自らの功績を認めたがらない彼女は「私がしたことはほかの人に語ってもらう」と言うが、自分の神話を生むことには意欲的だ。プラダの新作フレグランスを「パラドックス」(矛盾)と名づけたのにはそれなりの理由があるのだ。
 ミウッチャとよく一緒に旅をするという、彼女の親友でアーティストのイタリア人、フランチェスコ・ヴェッツォーリは「ハーバード大学レベルの知性をもつ億万長者の女性がいるとしたら、それはミウッチャ・プラダ」と言って微笑む。2005年からミウッチャと仕事をしているベルギー人スタイリストのオリヴィエ・リッツォは「ミウッチャは私たちの装いやファッションに対する考え方を、あらゆる面で、あらゆる意味で変革した人」と語る。2019年からプラダでコンサルティングを行なっているイタリア人クリエイティブ・ディレクター、フェルディナンド・ヴェルデリは「ミウッチャは何にでも異を唱えて反抗する"チャレンジャー"。自分がチャレンジャーと呼ばれることにも反発する」と笑う。プラダの「多様性と受容性に関する諮問委員会」で共同委員長を務めるアメリカ人アーティスト、シアスター・ゲイツは「ミウッチャの性格をひとことで言うなら、どこまでも正直。正直であることは、つねに正当であることより優れている」と称える。1995年のアカデミー賞授賞式の会場でライラックカラーのプラダのドレスを着て以来、ミウッチャと親交を深めてきた女優ユマ・サーマンはミウッチャを「次々と新しい樹皮を作りながら、成長していく木」にたとえる。2020年春夏メンズ・コレクションの広告キャンペーンでモデルを務めたR&Bシンガーのフランク・オーシャンは、ミウッチャの「トーン」、つまり「彼女が奏でる音色」を、瞑想的なオーム(註:聖典の誦読[しょうどく]、マントラや祈りを始める前に唱える聖音)になぞらえる。ミラノのコンセプトストア「ディエチ・コルソ・コモ」の創設者でギャラリストのカルラ・ソッツァーニは、70年代にミウッチャと一緒にファッションショーを観に行ったとき、彼女が「子どもみたいにはしゃいで大きな拍手を送っていた」のを覚えている。「公の場ではちょっと控えめになる人っていますよね。プライベートでのミウッチャは、性格が180度変わるわけではないけれど、もっとオープンです」
 こうした人間性以外に特筆したいのが、ミウッチャほど自分の思想や信念をファッションに反映させた女性デザイナーはほかにいないという事実だ。反逆的なパンクの女王、ヴィヴィアン・ウエストウッドも同じタイプのデザイナーではあるが、ウエストウッドは反抗心を声高に表明し、ミウッチャはそれを審美的に表現してきた。ミウッチャは会話を通して自分をさらけ出さないが、服を通して自由に多くを語ってきた。
「無意味で役に立たないクリエイティビティ」や「ステレオタイプの美」にノーを突きつけ、ユニフォームというコンセプトを掘り下げ、セックスワーカーや修道女などにもひらめきを得てきた。こうやって、彼女が「より崇高で、少なくとも正当で有益」と考える職業─ユニフォームを着て世に役立つ仕事をする人々─に光をあてようとしている。1960年代にイヴ・サンローランが現代女性のためのワードローブを創ったなら、〈悪趣味〉と〈ビューティフル・アグリー〉(註:一般的な美の基準
に反した魅力)の先導者であるミウッチャは、「自分らしくあるために、風変わりで気まぐれなスタイルをしたっていい」と女性たちの背中を押した。そもそもミウッチャが服作りを始めた理由のひとつは「着たいものが見つからなかったから」だった。

 ミウッチャはまるで、自分の創る服が「魅力的でもセクシーでもない」と言われるのを期待してせっせとデザインをしているように見える。ミュウミュウ(1993年創設、ブランド名は家族から幼少期に呼ばれていた彼女の愛称にちなんだもの。プラダより天真爛漫なイメージで価格設定もやや低めだ)のコンサルタントを務めるロシア人スタイリスト、ロッタ・ヴォルコヴァは「ミウッチャはつねにまだ誰も見たことがないものを創ろうとしている」と言う。今年初めにパリで行われたミュウミュウの2023〜’24年秋冬コレクションでは、下着をアウターのように着たルックと、寝癖がついたようなヘアが目を引いた。2004年からプラダのショーに携わっているイギリス人ヘアスタイリストのグイド・パラオは、ミウッチャからこのショーのために〈突風に煽られたような髪型〉を依頼されたと言う。同じミュウミュウの2022年春夏コレクションに登場した、裾が切りっぱなしのマイクロミニのチノスカートは、ベルトの位置が腰骨よりずっと下にある。「あるときは胸元、あるときは背中と、ファッションは気まぐれに女性のボディパーツをトレンドの対象にしてきました。しばらくローウエストのスタイルを見なくなっていたので、思いきりローライズの服を創ってみることにしたんで
す」とミウッチャ。トレンドに振り回されるモード界やファッション誌を揶揄したこのスカートは、皮肉なことに、あらゆるファッション誌で取り上げられた。 

 ミウッチャは服作りにおいて「反抗心を大切にしている」と言う。彼女が〈アグリーシック〉(註:悪趣味の中に見いだすシックさ)というコンセプトを初めて打ち出した1996年春夏のプラダのコレクションでは、さびのような褐色、マスタード、胆汁の緑(ある批評家がこう表現した)といった違和感のある色使いと、のちに〈フォルミカ〉と名づけられた平凡なプリント柄を登場させた。その狙いはトム・フォードが率いていたグッチを皮切りに、当時多くのメゾンが売り物にしていたセクシーでグラマラスなスタイルに反発を示すことだった。しばらくすると意外なことに、プラダのクリーンで隙のないレトロシック・スタイルが、アルマーニのスーツと並ぶイタリアンテイストの象徴とみなされるようになった。すると彼女はその固定されたイメージを払拭するために、2002〜’03年秋冬コレクションで透明なPVCコートやブラックレザーのニーハイブーツを取り入れたポルノシック・コレクションを発表した。ミウッチャは言う。「服は単に着るだけのものではありません。ひとりの個性の、さまざまな側面を表現するものなのです」

画像: 2016-’17年秋冬コレクションより、ジャケット、シャツ、ストレッチデニムのコルセットベルト、アルパカのタイツ

2016-’17年秋冬コレクションより、ジャケット、シャツ、ストレッチデニムのコルセットベルト、アルパカのタイツ

画像: 2002年春夏コレクションより、カシミアシルクのカーディガン、シルクのシャツ、クロッケ織のスカート。2023年春夏コレクションより、靴¥151,800(予定価格)/プラダ プラダ クライアントサービス TEL.0120-45-1913

2002年春夏コレクションより、カシミアシルクのカーディガン、シルクのシャツ、クロッケ織のスカート。2023年春夏コレクションより、靴¥151,800(予定価格)/プラダ

プラダ クライアントサービス TEL.0120-45-1913

画像: 2008-’09年秋冬コレクションより、ギピュールレース・コットンのドレス、ポプリンのシャツ、シルクストレッチのカラー、ギピュールレース・コットンのコルセットベルト、スエードの靴

2008-’09年秋冬コレクションより、ギピュールレース・コットンのドレス、ポプリンのシャツ、シルクストレッチのカラー、ギピュールレース・コットンのコルセットベルト、スエードの靴

Models: Elio Berenett at Next Management,Saunders at Oui Management, Awar Odhiang at Ford Models, Jonas Glöer at Lumien Creative, Chloe Nguyen at Select Model Management Paris, Estrella Gomez at IMG Models and America Gonzalez at Supreme. Hair by Cim Mahony at LGA. Makeup by Marie Duhart at Bryant Artists. Set design by Rafael Medeiros. Casting by DM Casting

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