身にまとうものには、その人の思いや考え、ときに主義や信条や、生きる時代の空気までも映し出されるもの。自他ともに認める稀代のモード愛好者、ファッションライター・栗山愛以が、自らの装いや物欲の奥にあるものを、ゆるゆると紐解き覗き込む

TEXT AND ILLUSTRATION BY ITOI KURIYAMA

画像1: 我、装う。ゆえに我あり。
栗山愛以、モードの告白
Vol.17 グローブ・トロッターのスーツケース

 先月末、ヨーロッパに行ってきました。当初は休暇のつもりだったのですが、ドリス・ヴァン・ノッテン自身が手がける最後のショー(Vol.13を参照)が行われる日と時期が重なることが判明。パリ滞在を長めに変更し、結局メンズ・ファッション・ウィークの取材もしてきたのでした。
 今回はいつものウィメンズの取材期間の約半分、5泊の予定。それに、夏ですし、気合いを入れて着飾るファッション・ウィークに参加するのは2日間だけなので荷物はかなり少ない。愛用しているグローブ・トロッターの30インチのスーツケース1個のみで充分事足りました。

 ところで、私が1897年創立のイギリスの老舗ブランド、グローブ・トロッターのスーツケースを手に入れたのは、コム デ ギャルソンのPRを担当し始めた20年以上前のことだったと思います。年2回のパリ出張に向けてなぜなかなか値が張るこのブランドを選んだのかと言えば、社内に愛用者が多かったのと、見た目がかっこよかったから。それに、コム デ ギャルソンとグローブ・トロッターは以前コラボレーションをしていたこともあり精神性が近いはず。金具があしらわれた少々パンキッシュなデザインも、当時の装いに合う気がしたのです。
 ただ、そんなにお金はかけられず、選んだのはトロリーや外付けのベルトもなく、ホイールも2つしかないシンプルなタイプ。そして「1週間程度の旅行にぴったり」というサイズにしたのでした。しかし、同じブランドを着回していればよかったコム デ ギャルソン時代とは異なり、9日間にわたるファッション・ウィークを取材するとなると日数分スタイルを変えたくなる。いまや荷物は倍くらいになり、2個持ちが常となっていました。

 「一生もの」と銘打たれているように、一度錠前が壊れて修理には出しましたがまだまだ現役。新調する予定は全くないものの、ホイールが2つだと荷物を複数持つのがなかなか大変だし、欲を言えば機能性もあるといいですね、と久しぶりにグローブ・トロッターのサイトをのぞいてみたら、「エクストララージトランク」というモデルを発見。深さがあり、容量は約2倍。そして巷のスーツケースでは常識かもしれませんが伸縮式トロリー付きで、四輪です。

画像2: 我、装う。ゆえに我あり。
栗山愛以、モードの告白
Vol.17 グローブ・トロッターのスーツケース

 スーツケースの出番は年に数回くらいしかないうえに、人目に触れるのは家やホテルと空港間で、持ち歩く時間はかなり少ない。そしてそれを持つ時はもれなく機内でくつろげるようなラフな格好をしています。ですから、日常使いのバッグとは違って見た目よりも機能性重視でいいのかもしれません。

画像3: 我、装う。ゆえに我あり。
栗山愛以、モードの告白
Vol.17 グローブ・トロッターのスーツケース

 しかし、私にとってスーツケースは荷物を運搬するためだけの「道具」ではない。いつもより好みを抑えなければならない装いの代わりに、海外という非日常への期待感を象徴するアイテムとして、最低でも10年はその冒険を共にする相棒として、それを見ただけで気分が上がるようなデザインを求めたいのです。

 トロリー付きで四輪になったとはいえ、開閉が簡単だったり中にたくさん仕切りがあるわけではない。しかしそのくらいの不便は美しいデザインにはかえられません。今のスーツケースの倍くらいの値段がする「エクストララージトランク」の購入を前向きに検討してしまうのでした。

栗山愛以(くりやまいとい)
1976年生まれ。大阪大大学院で哲学、首都大学東京大学院で社会学を通してファッションについて考察。コム デ ギャルソンのPRを経て2013年よりファションライターに。モード誌を中心に活動中。Instagram @itoikuriyama

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