BY RINGOMATSURI, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO
「ワインにチーズ」「ワインに生ハム」。どちらも定番の組み合わせだ。しかし、「ワインに胡椒」と聞くと、どうだろう。日本では、胡椒をそのまま「食べる」という習慣は、ほとんどない。たいていは、料理の仕上げにパラパラっと振りかける程度ではないだろうか。料理の脇役的な存在が、ワインのお供になる。それが、この「塩漬け胡椒」だ。
この小さな粒をひとかじりすると、ぷちっと実が弾け、そのジューシーな食感に驚く。塩の辛味と胡椒特有の芳醇な味わいが口の中に広がり、同時にふわっとミントを思わせる爽やかな香りが鼻に抜ける。そして、ワインをぐびっ。この永遠に続く幸せなサイクル! チーズや生ハムと同等、いや、組み合わせの新鮮さという点では一歩抜きんでた存在と言えるかもしれない。
この塩漬け胡椒のもととなる胡椒の産地は、カンボジア南部のカンポット。日本ではなじみが薄いが、フランスをはじめとしたヨーロッパでは世界最高峰の胡椒の産地として知られ、その歴史は13世紀のアンコール王朝までさかのぼる。海と山に囲まれたこの土地で育つ胡椒は、豊富なミネラルによって育まれた深みのある味わいが特徴だ。
カンボジアでは、軸についたままの青い胡椒の束をどっさりタコやイカと一緒に炒めるなど、まるで野菜のような感覚で、胡椒をひとつの食材として使っている。摘みたての胡椒の実はフレッシュで、辛味は少なく、香り高い。プチプチとした食感も食欲をそそる。しかし胡椒は青い実を収穫しても2~3日ですぐに黒くなってしまい、みずみずしく弾力のある食感も失われてしまう。塩に漬けることで、その食感や味わいをぎゅっと閉じ込めたのが、塩漬け胡椒だ。カンポットで、この塩漬け胡椒を製造しているのが「La Plantation」という農園。世界各国を旅してきたフランス人とベルギー人の夫妻がカンポットの胡椒にほれこみ、この土地に移り住んで農地を開拓、胡椒の栽培を行なっている。
この塩漬け胡椒を見つけ、日本で輸入販売しているのが、カンボジア生まれのティトさんと、妻の亜紀さんだ。2017年夏、カンポットを旅していたティトさんは、「La Plantation」で初めて塩漬け胡椒に出合い、その味わい、香り、食感、品質に衝撃を受けた。そして、風味や繊細な味わいを大切にする日本人にも必ず受け入れられるはずだと直感したという。
ティトさんは生まれてほどなく、1970年代の内戦によって混乱の最中にあったカンボジアを抜け出し、アメリカに移り住んだ。たった4年の間に、800万人の国民のうち2~300万人もの人々が虐殺されたと言われる壮絶な内戦。当時、世界一とも称された胡椒の生産技術や農場も、一瞬にして失われてしまった。再び胡椒の生産が軌道に乗り始めたのは、内戦が終結して10年近く経った2000年頃からだという。
ティトさんは、この胡椒を輸入しようと思った理由を次のように語る。
「カンボジアの中でも、カンポットの胡椒は特別です。シャンパーニュ地方で生産された微発泡ワインしか『シャンパン』と名乗れないように、カンポットとその隣接地域で栽培された在来種の胡椒しか『カンポットペッパー』を名乗ることができません。これは、EU(欧州連合)の法律が規定する原産地の保護を定めた制度=PGI(地理的表示保護)によって、厳しく守られています。
しかも何世代も地域に伝わる農法を遵守し、農薬や化学肥料を使用しないことが定められている。その認証制度は厳格で、この地域全体に、最高級のクオリティを維持しようという意志が働いています。La Plantationの農園の胡椒は、すべて手摘みで収穫され、天日乾燥。オーナー夫妻が欧州出身ということもあって、世界標準に沿った製品づくりをしています。パッケージに使用する素材にもこだわるなど、その丁寧な仕事ぶりは信頼できると感じたのです」
現に、「La Plantation」はフランスの国際有機認定機関「エコサート」の認定も独自に取得している、カンボジアで数少ない農園のひとつだ。
一方、亜紀さんは、「10年以上前からフランス料理を教わっている先生から、カンポットの胡椒のおいしさは聞いていたんです。だから、ティトからこの胡椒の話を聞いたときは、ワクワクしました。門外漢の私たちが輸入をするには、当然、いろいろな壁があったのですが、この胡椒の美味しさ、そして食べたときの驚きは、そんな困難をも吹き飛ばすほどのパワーがありました」
「僕は、この胡椒が『カンボジアの過去と未来』を象徴しているように思うんです。内戦前のカンボジアは、本当に美しくて豊かな国でした。それが、戦乱のために一瞬にして消えてしまった。そこから、今また息を吹き返そうとしている。カンポットペッパーも同じです。僕はカンポットの胡椒の魅力を多くの人に伝えることが、カンボジアの輝かしい未来につながると思っているのです」
胡椒は、脇役にあらず――。まずは、一粒の塩漬け胡椒を味わってみてほしい。ふわっと一瞬にして広がる奥深い味わいとフレッシュな食感に、カンポットの歴史と風土が育んだ主役級の存在感を確信するはずだ。
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