BY KIMIKO ANZAI, PHOTOGRAPHS BY TOMOKO SHIMABUKURO
「ワインには、つくる人間の誠実さが反映されるんだ。きちんとブドウと向き合っているか、正直にワインをつくっているか――。ワインはすべてを語るんだよ」
開口一番、「ドメーヌ・ツィント・フンブレヒト」12代当主のオリヴィエ・フンブレヒト氏は熱く語り始めた。「ワインはつくり手を反映する」とはよく言われる言葉。だが、同じ言葉でも、彼が口にすると、それは何倍もの重みを帯びて心に響く。
「ドメーヌ・ツィント・フンブレヒト」は、1620年、フランス・アルザス地方のテュルクハイムに設立された老舗ドメーヌだ。世界トップクラスの生産者として知られる。権威あるワイン専門誌『ワイン・スペクテイター』と著名なワイン評論家ロバート・パーカーが、彼らのワインに100点満点をつけたことも話題となった。フンブレヒト氏は1986年よりドメーヌに参画、89年に家業を受け継いだ。当主となって5年後には畑をビオディナミに転換、すばらしいワインをつくり続けている。
ドメーヌの成功の理由を彼に訊ねると、こんな答えが返ってきた。「すべては父の功績だよ。まだ買いブドウが主流だった時代に、父は畑を購入して、みずからブドウ栽培を始めたんだ。当時からオーガニック栽培を実践していたけれど、それを見て『なんと手間のかかることをやっているんだ』とあきれる人も多かった。でも、父は畑の仕事をいちばん大切にしていたんだ。技術的なことを話せば、フランスで初めてブドウの全房圧搾※ を始めたのも父だった。とにかく、先見の明があったね。私はそれをきちんと踏襲しているにすぎないんだ」
フンブレヒト氏がワインに魅せられ、父の仕事を誇りに思うようになったのは15歳の夏休みのことだった。父のセラー(ワイン小屋)を整理するよう命じられた彼は、みずから壁に棚をこしらえ、床に雑然と置かれていたワインをヴィンテージ別に棚に並べていった。仕上がったときには壁一面に父がつくったワインがずらりと並び、その壮観なさまを見て「これはレガシーだ!」と感動したという。「ワインの仕事をしようと決めたのは、この時だったと思うよ」とほほ笑む。
また、彼は “マスター・オブ・ワイン”としても知られている。89年に世界最難関と言われるワインの資格「マスター・オブ・ワイン」を26歳の若さで取得。これは、フランス人初、醸造家としては世界二番目の快挙だという。当然、コンサルタントの依頼は多いが、彼がもっとも大切にしているのはあくまでも畑の仕事だ。「畑の仕事は退屈だと、多くの人は思うかもしれない。でも、私にとってその退屈な時間は“瞑想の時間”になるんだ。同時に、ブドウを観察できる時間にもなる。アルザスの自然はじつに美しくて、私はそれがどうワインに反映されるのか、考えるのが楽しくて仕方ないんだ」
彼の言葉どおり、「ドメーヌ・ツィント・フンブレヒト」のワインからは、アルザスの美しいテロワールがストレートに感じられる。冷涼な空気を伝えるピュアで繊細な酸、土壌を物語る厚みのあるミネラル感、そしてアルザスのオレンジ色の太陽を思わせるふくよかな果実味。それらが、かつて彼の父が手入れしていたそれぞれの畑の個性をきちんと伝えている。
プロフェッショナルからの評価が高く、ワイン通にも熱狂的に支持される「ドメーヌ・ツィント・フンブレヒト」だが、当のフンブレヒト氏は、みずからのワインをこう語る。「なにも考えずに、ただ、アルザスの美しい自然を想像しながら飲んで欲しい。アルザスワインの魅力は、知識がなくても楽しめることだと私は思っている。アロマティックで、飲むと自然に笑みがこぼれる。そういうワインを、私はつくりたいだけなんだ」
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