わずか半世紀にして大成長を遂げ、今や大ドメーヌとなった「ギガル」。それは、家族愛に満ちたひとりの醸造家の「畑を持つ」という夢から始まった。現当主マルセル・ギガル氏がファミリーの歴史と新しい取り組みを語った

BY KIMIKO ANZAI, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO

 フィネスを感じるコート・ロティや、力強くもエレガントなシャトー ヌフ・デュ・パプなど、ワイン愛好家に絶大な人気を誇るのが「ギガル」だ。その圧倒的な存在感から“ローヌの盟主”の異名をとる。

 フランス・ローヌ地方は歴史あるワイン産地で、いわゆる老舗は多いが、「ギガル」は初代のエチエンヌ・ギガル氏がワイナリーを立ち上げ、二代目で現当主のマルセル・ギガル氏が大きく発展させた。「ギガル」の名を世界に知らしめたのが、単一畑のコート・ロティ「ラ・ムーリーヌ」「ラ・ランドンヌ」「ラ・テュルク」や、コンドリューの「ラ・ドリアーヌ」で、これらが“帝王”の地位を不動のものとしてきた。

画像: 風格あるドメーヌ。現在、「ギガル」は世界150か国に輸出。1989年には権威あるワイン専門誌『ワインスペクテイター』においても「ギガル」のシャトー ヌフ・デュ・パプが“世界のトップワイン”でNo.1に選ばれた COURTESY OF GUIGAL

風格あるドメーヌ。現在、「ギガル」は世界150か国に輸出。1989年には権威あるワイン専門誌『ワインスペクテイター』においても「ギガル」のシャトー ヌフ・デュ・パプが“世界のトップワイン”でNo.1に選ばれた
COURTESY OF GUIGAL

 この成功の裏には、初代エチエンヌ・ギガル氏の家族への熱い思いがあった。彼はその実直な人柄とていねいなワインづくりで“ギガルの味”を決定づけた立志伝中の人物である。14歳で当時の有力ワイナリー「ヴィダル・フルーリー」に奉公し、その後20年間、事実上の醸造責任者として活躍していた。

 二代目となるマルセルが誕生したとき、エチエンヌ氏は「息子のためにも、自分がつくったワインには自身の名をつけたい」と熱望したが、「ワインをつくる者がいなくなる」という理由で、なかなか「ヴィダル・フルーリー」を辞めることはできなかった。

画像: マルセル・ギガル氏と妻のベルナデットさん。ワイナリーは家族経営で、ベルナデットさんは経理やコミュニケーションを担当

マルセル・ギガル氏と妻のベルナデットさん。ワイナリーは家族経営で、ベルナデットさんは経理やコミュニケーションを担当

 風向きが変わったのは、現当主の時代になってからのこと。マルセル氏は父の目が悪くなったことから17歳で父の仕事を手伝い始め、瞬く間にワインづくりの才覚を発揮。優れた経営手腕も手伝ってドメーヌを成長させ、やがて「ヴィダル・フルーリー」をも傘下に収めた。

 その後、コート・ロティの歴史的ドメーヌ「シャトー・ダンピュイ」も入手、自社畑も次々と拡大していった。だが、いつもマルセル氏の心にあったのは、アペラシオンの個性が明確にわかるような、単一畑からすばらしいワインを生み出すことだったという。

画像: 初代のエチエンヌ氏がほれ込んだのが「ラ・ムーリーヌ」の畑。南向きで、ブドウにとって最高の日照条件。熟成のポテンシャルが高いブドウができるという COURTESY OF GUIGAL

初代のエチエンヌ氏がほれ込んだのが「ラ・ムーリーヌ」の畑。南向きで、ブドウにとって最高の日照条件。熟成のポテンシャルが高いブドウができるという
COURTESY OF GUIGAL

「父は14歳でこの地に来たとき、ラ・ムーリーヌの畑を見て、『ここは最高の畑だ! いつかこの畑を買うんだ』と心に決めたそうです。そして、事実、現在は当社の所有となっています。“夢は願えば叶う”ということを父に教わりました」

 

This article is a sponsored article by
''.