TEXT & PHOTOGRAPHS BY YUMIKO TAKAYAMA
「加納製パン」の、地元で育つ小麦で作るカンパーニュ
少し前まで東京で、食の雑誌の編集をしていたのだが、ひょんなことからこの夏、十勝に拠点を移しまして、プチカルチャーショックな毎日を送っている今日この頃。タコの頭のボイルがスーパーにいくつも並んでいる様子とか(道産子はタコ頭が好き)、アスパラガスの種が飛んできて、一般家庭の庭にアスパラガスが生えていたりとなかなか楽しい。
ここ、十勝平野は小麦の一大産地。7月中旬になると麦畑の穂が黄金に輝きはじめてそれが本当に美しい(『ライ麦畑でつかまえて』の脳内再現図が変わったぐらい)。地元産の小麦にこだわるベーカリーも多く、私の日々の食卓を支える帯広市の「加納製パン」も然り!
昨年、仕事で東京から北海道・鹿追町を訪れ、滞在先のB&Bで出てきたのが「加納製パン」のカンパーニュだった。2cmの厚さにスライスしたものを軽くトーストされたそれは、香ばしい小麦の香りが鼻孔をくすぐり、噛むごとに自然の甘味が口いっぱいに広がって、朝から幸せな気分になったのを覚えている。そのパンが、今や焼きたてを買いに行ける距離にあるのだ(とはいえ車で30分かかるけど)。
初めて「加納製パン」に立ち寄ってびっくりしたのが、店頭に並んでいるのがほぼカンパーニュだったこと。どのパンもただものでないオーラを放っており、表情がさまざま。帯広市でこんな攻めたラインナップとは!しかも、早ければ14時には売り切れてしまうという。
店主の加納雄一さんは帯広市出身。神戸や帯広市内の製パン店で22年勤めた後、2022年3月に「加納製パン」をオープン。なぜ、カンパーニュをメインにしたお店を?と聞くと、
「神戸の大学に通っていたときに、近所のパン屋さんでカンパーニュを買って食べたのですが、その美味しさに感動したんですよね。皮がパリッとして香ばしくて。自分の店を始めようと考えたときに、帯広には老舗の『ますやパン』(1950年創業。十勝っ子はみんなここのパンを食べて育っている)をはじめ、クリームの入ったパンやサンドイッチを扱っているパン屋さんはたくさんあるな、と。だったら、ハード系のパンを中心にした店にしようと思ったんです」と加納さん。
「加納製パン」では、全国の名だたるベーカリーが使用する、中川農場や庄司農場といったカリスマ農家をはじめ、6軒の地元農家の十勝産小麦を使用している。店頭に並ぶパンの札を見ると、どの農場の小麦、品種が使用されているか一目瞭然だ。パンの約半分は自家製粉した挽きたての小麦を使用し、単一品種で使用するものもあれば、ブレンドしたパンも。実際、加納さんが焼いたパンは香りが高く、小麦の力強さを感じさせ、“パンは小麦でできている”ということをしみじみ実感させられる。一方で、食事のときには料理に寄り添う柔軟さもあり、毎日食べても食べ飽きないのだ。
「自家製酵母を使っていますが、酸味が強く出ないように調整したり、高加水気味にしてふんわりした食感になるようにしたり。ハード系のパンというとヨーロッパのイメージだけど、そのまま真似をするんじゃなく、誰が食べてもおいしいパンを目指しています」と加納さん。一般的にはパンは焼きたてがベストとされるけど、天然酵母のカンパーニュは焼いてから時間がたつにつれ、また違った美味しさが生まれるそう。二度美味しいのは、ちょっと得した気分。
オープン時は、認知度の低いハード系のパンだけで経営が成り立つか心配だったそうだけど、今では固定客も増え、週末は北海道外や道内でも遠方からの客も多数訪れる。
「早い時間に売り切れていることが多いですが、もっとパンを焼いたらさらに売れるんじゃないですか?」と聞いたところ、「余ったパンを廃棄したくないんです。2年営業してみて、どれぐらい焼けば無駄が出ないかはわかっているので、平日は少なめに、週末は数を少し増やしています」とのこと。「利益をもっと出そうとしたら、拘束時間も増えてしまうし、そうすると心に余裕がなくなってしまう。だったら、無理なくできることを無駄なく確実にやる」。その加納さんの考え、最高すぎる。「おじいちゃんになっても、職人として美味しいパンが焼けるように努力し続けたいですね」と笑う加納さんを見て、近所にこんな素敵なパン屋さんがあって、はるばる移住してきた甲斐があるものだと思う。
加納製パン
住所:北海道帯広市西15条南12-1-48
営業時間:10:00~、日曜7:30~どちらも売り切れ次第閉店、
定休日:月・火曜
@kanou_seipan
不定期に配送も行っているのでSNSをチェック。