♪クレレ・ワインを飲むと、ぐるぐる回る~(中略)。そんな愉快な歌が付いたピアノ曲は、ロッシーニの晩年の作品集《老いの過ち》第4巻《四つのデザートと四つの前菜》より。クラシック音楽と美酒を愛する指揮者・野津如弘が、ロッシーニのひと味違った楽しみ方をご紹介

TEXT BY YUKIHIRO NOTSU, ILLUSTRAION BY YOKO MATSUMOTO

画像1: 指揮者・野津如弘の
音楽と美酒のつれづれノート
Vol.7 ロッシーニの《老いの過ち》

 毎年2月になると思い出す料理がある。もう20年以上も前に食べた料理なのだが、いまだに鮮烈な印象を残している一皿だ。

 フランス人の友人から2月にパリに来るなら絶対に食べなくては、と半ば強制的に予約を入れられてしまい向かったその店は、パリで最も古いというヴォージュ広場に面してひっそりと佇んでいた。アンリ4世によって17世紀初めに整備されたこの広場は、正方形の公園とそれを取り囲む煉瓦の美しい建物と回廊からなっている。その南西の角にあるのが目指す「ランブロワジー」だ。シンプルなエントランスを抜けて、大きなタペストリーが飾られたクラシックな部屋に通された。店名の「ランブロワジー」とは古代ギリシア語で“神々に捧げる料理”を意味するという。それを反映するかのように店内の雰囲気も厳かだった。我々以外の客たちも皆その雰囲気に飲まれているのか、声高に話す者はおらず、お行儀よく食事をしている。

 ところが、その料理がキッチンから我々のテーブルへ運ばれてきた途端にダイニングルーム中の好奇の視線がこちらに向けられたのだ。圧倒的な芳香で鼻腔を刺激され、誰も声は上げていないが、目は感嘆符をつけているかのごとく見開いていた。トリュフとフォアグラをふんだんに詰めて焼き上げられたパイ包みの登場である。

『美味礼讃』を著したブリア=サヴァランが「キッチンのダイヤモンド」と呼んだトリュフは、その香りで古代ギリシア・ローマ時代から美食家を魅了してきた。フォアグラもまた古代ローマ時代にその歴史を遡る食材。そして今回ご紹介するイタリアの作曲家ジョアキーノ・ロッシーニ(1792-1868)もまたトリュフやフォアグラに魅せられた一人で、稀代の美食家としても知られた彼の名は、「ロッシーニ風」というトリュフとフォアグラをあしらった料理のレシピに今でも残されている。

画像2: 指揮者・野津如弘の
音楽と美酒のつれづれノート
Vol.7 ロッシーニの《老いの過ち》

 歌劇《セビリアの理髪師》で有名なロッシーニは、その人生で二度パリに暮らしている。一度目は、1824年にイタリア劇場の監督として迎えられ、後にオペラ座の監督となり、《ウィリアム・テル》を最後にオペラの筆を折り、半引退生活を送った1836年まで。二度目は晩年の1855年から亡くなるまでである。自宅では自ら考案したレシピで料理を振る舞う晩餐会と音楽会を催し、「土曜の音楽の夜会」には各界の著名人が集った。

《老いの過ち》としてまとめられた晩年の作品集には食べ物の名前がつけられたピアノ曲がある。第4巻の《四つのデザートと四つの前菜》で、《干しイチジク》《アーモンド》《干しブドウ》《はしばみの実》そして《ラディッシュ》《アンチョビ》《小キュウリ》《バター》。第5巻《幼い子供たちのためのアルバム》に収められている《やれやれ! 小さなえんどう豆よ》などである。いったいどんな曲なのか聴いてみたくなるようなネーミングではないか。ちょっとふざけたようなタイトルを持つこれらの曲を、夜会に訪れた巨匠リストに弾かせるなどしてロッシーニは自らも大いに楽しみ、また客人たちをも楽しませていた。《干しブドウ》はロッシーニが飼っていたオウムのお喋りを模した可笑しな詩をつけたもので、歌いながら演奏している録音もあるので、必聴。

 この歌詞の中に「クレレ・ワインを飲むと ぐるぐる回る、ぐるぐる回る」という一節がある。「クレレ・ワイン」とはすなわち「クラレット」と呼ばれたボルドー産のワインのことで、ロッシーニはシャトー・マルゴーやシャトー・ラフィットを愛飲していたワイン通でもあった。シャトー・マルゴーのホームページに1830年からオーナーとなったスペインの銀行家アレクサンドル・アグアドについて、「『シャトー・マルゴー』というサルスエラを作曲したロッシーニのパトロンとなった」との記載がある。また、1868年にシャトー・ラフィットのオーナーとなるジェイムス・ド・ロスチャイルド男爵ともロッシーニは交流があり、男爵家のシェフであった名料理人カレームとも親しく付き合っていた。カレームの料理本には「ロッシーニ風」と名付けられたレシピも載っている。

 これらのレシピとともにロッシーニの愛したワインを飲み、彼の音楽を聴けば、当時のパリで花開いたサロンの音楽・美食文化にどっぷりと浸れること間違いなしである。

画像: (左)名実ともにボルドーワインの頂点を極めた至高のシャトー。「ワインの女王」と称されるボルドーワインの中でも、馥郁としてたおやかな魅力は比類なきもの。2021年は、カシスやブルーベリー、ラズベリーなどの果実のアロマに白い花やスミレが優雅なハーモニーを奏で、凛として華やかなエレガンスを醸す。シャトー・マルゴー 2021 ¥143,000 (右)ボルドーの真髄を極めた究極の優雅さを体現する、ロスチャイルド家が誇る栄光のシャトー。2021年は熟したプラム、ブラックチェリー、カシスなど黒系果実のアロマに、ダークチョコレート、リコリス、杉、紅茶などの様々なニュアンスが加わり、壮麗な交響曲のようなハーモニーを奏でる。シャトー・ラフィット・ロスチャイルド 2021 ¥165,000  COURTESY OF ENOTECA

(左)名実ともにボルドーワインの頂点を極めた至高のシャトー。「ワインの女王」と称されるボルドーワインの中でも、馥郁としてたおやかな魅力は比類なきもの。2021年は、カシスやブルーベリー、ラズベリーなどの果実のアロマに白い花やスミレが優雅なハーモニーを奏で、凛として華やかなエレガンスを醸す。シャトー・マルゴー 2021 ¥143,000 
(右)ボルドーの真髄を極めた究極の優雅さを体現する、ロスチャイルド家が誇る栄光のシャトー。2021年は熟したプラム、ブラックチェリー、カシスなど黒系果実のアロマに、ダークチョコレート、リコリス、杉、紅茶などの様々なニュアンスが加わり、壮麗な交響曲のようなハーモニーを奏でる。シャトー・ラフィット・ロスチャイルド 2021 ¥165,000

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<参考文献>
水谷彰良『美食家ロッシーニ』(2024年、春秋社)

画像: 野津如弘(のつ・ゆきひろ)●1977年宮城県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、東京藝術大学楽理科を経てフィンランド国立シベリウス音楽院指揮科修士課程を最高位で修了。フィンランド放送交響楽団ほか国内外の楽団で客演。現在、常葉大学短期大学部で吹奏楽と指揮法を教える。明快で的確な指導に定評があるとともに、ユニークな選曲と豊かな表現が話題に。 公式サイトはこちら

野津如弘(のつ・ゆきひろ)●1977年宮城県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、東京藝術大学楽理科を経てフィンランド国立シベリウス音楽院指揮科修士課程を最高位で修了。フィンランド放送交響楽団ほか国内外の楽団で客演。現在、常葉大学短期大学部で吹奏楽と指揮法を教える。明快で的確な指導に定評があるとともに、ユニークな選曲と豊かな表現が話題に。
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画像: マツモトヨーコ●画家・イラストレーター 京都市立芸術大学大学院版画専攻修了。「好きなものは各駅停車の旅、海外ドラマ、スパイ小説、動物全般。ときどき客船にっぽん丸のアート教室講師を担当。 公式インスタグラムはこちら

マツモトヨーコ●画家・イラストレーター 京都市立芸術大学大学院版画専攻修了。「好きなものは各駅停車の旅、海外ドラマ、スパイ小説、動物全般。ときどき客船にっぽん丸のアート教室講師を担当。
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