フード・ジャーナリスト北村美香が自信をもっておすすめする美味の店。その技と思いを凝縮した「食べるべきひと皿」とともに、唯一無二のおいしさの理由をひもとく

BY MIKA KITAMURA

※記事内で紹介しているメニューや価格は、記事公開時点のものです。

ENEKO Tokyo

【2018年9月公開記事】

 スペイン・バスク地方。数回訪れたが、とにかく「美味しかった」という思い出ばかり。三ツ星レストランから食堂、バルまで、ぎっしりみっちりと美味しいお店が集まっている。マルシェへ行けば、ぴちぴちの魚に骨太な肉類、シャルキュトリー、とれたて野菜やフルーツ、素朴な焼き菓子まで、すべて買い占めたくなるほど。ややシャイで、うちとけるには時間がかかるが、いったん心の扉を開けばその奥にはあふれる優しさを隠し持った人が多い。

 だから、バスクの三ツ星レストランが日本に上陸と聞いて、「これは行かねばなるまい」と出かけましたよ。

 外苑西通りからテレ朝通りへ抜ける坂道を上がっていくと、右側にモダンな建物が見えてくる。この建物の地下から2階まですべてが「エネコ東京」。バスク地方の都市・ビルバオ郊外にある三ツ星レストラン「アスルメンディ」によるアジア初出店だ。シェフは、エネコ・アチャ・アスルメンディ。2005年に27歳で独立、3年後の2008年に一ツ星、2011年に二ツ星、2013年以降は三ツ星を獲得。現在も星を維持し、スペインで最も若い三ツ星シェフとして、世界の注目を浴びている。

「エネコ東京」では、そんな「アスルメンディ」のエッセンスを肩肘張らずに楽しめる。そこここに楽しい仕掛けが隠されているコースは、わくわく感満載だ。

画像: 「エネコ東京」の建物は、世界的建築家・内田繁氏の作品をリノベーションしたもの。シンプルモダンなインテリアは、バスクの本店と同じデザイナーによる

「エネコ東京」の建物は、世界的建築家・内田繁氏の作品をリノベーションしたもの。シンプルモダンなインテリアは、バスクの本店と同じデザイナーによる

画像: ランチ(¥5,000、¥7,000)、ディナー(¥9,500、¥13,000)の4コース すべてに共通して提供される「ピクニック」。ひと口サイズの料理をつまんでから2階のダイニングへ

ランチ(¥5,000、¥7,000)、ディナー(¥9,500、¥13,000)の4コース
すべてに共通して提供される「ピクニック」。ひと口サイズの料理をつまんでから2階のダイニングへ

 まず、1階でチェックイン。緑あふれる「グリーンハウス」と呼ばれるコーナーに座り、ピクニックバスケットに入ったフィンガーフードで食前タイム。バスクの白ワイン、チャコリで乾杯できるのが気に入っている。美味しいチャコリを都内でみつけるのは至難の技。仕事の疲れが一気にほどけていく。

 2階のダイニングはシンプルでスタイリッシュ。インテリアもサービスも、とてもカジュアルなのがイマドキな感じ。ただし料理には、ガストロノミーの世界がしっかり展開される。コースの最初に出てくる「トリュフ卵」が今回のひと皿だ。

 黒いダイヤモンドと呼ばれるトリュフ。かの美食家、ブリア・サヴァランが媚薬としての効能を誉め称えたことでも知られる。怪しい魅力に満ちた深い風味は、何度も食べたくなる中毒性がある(と私は思っている)。エネコシェフがスペインの本店でこれを最初のひと皿として定番にしているのも、トリュフの魔性をよく知っているからだろう。

画像: エネコシェフのスペシャリテ「トリュフ卵」。ひと口でどうぞ

エネコシェフのスペシャリテ「トリュフ卵」。ひと口でどうぞ

 テーブルにすっと出されるのは、スプーンにのった卵黄。温かい卵黄を口に入れる。ねっとりした卵黄の味わいがじゅわっと広がると同時に、トリュフの濃密な風味が弾ける。そうなんです。トリュフと卵は定番の組み合わせ。古くから愛されてきたペアリングを小さな卵黄に凝縮して、ワンスプーンで食べさせるなんて。卵液をほんの少し抜き、そこにトリュフの香りを抽出した液体を注入。いよッ、芸達者!と合いの手を入れたくなるほど巧妙な美味しさ。

「バスクでは、その長い歴史と地元の食材、これに新しさを掛け合わせて料理を生み出しています」とエネコシェフは話してくれたが、まさにこれもそう。バスクでは、バスクの卵を、日本では日本の卵を使う。もともと食材の味を存分に引き出す調理法なので、同じ料理でもバスクと日本では食感も味も異なる。

画像: 「鳩のグリル 内臓のトースト 鳩のコンソメ」。温度と時間を正確に計って、注意深く火入れされた味わいは見事。デュクセルソース、カリフラワーのピュレをまわりに散らし、奥にはレバーをお菓子仕立てにしたパルフェと鳩のジュを添えて

「鳩のグリル 内臓のトースト 鳩のコンソメ」。温度と時間を正確に計って、注意深く火入れされた味わいは見事。デュクセルソース、カリフラワーのピュレをまわりに散らし、奥にはレバーをお菓子仕立てにしたパルフェと鳩のジュを添えて

 最初の1品の後は、5〜8品ほど続き、デザート、プチフールまで、飽きずに楽しめる。ある日のメニューは、「雲丹のテクスチャー 海のブラディマリー」「バスク風キノコ」「仔豚のフリット バジルのエマルション」「本日の鮮魚 小麦のブレーズ 炭火焼きのピーマン ノリ」と続き、メインは「鳩のグリル」。61度で約6分という低温調理で美しくロゼ色に火入れした後、皮だけカリッと焼き上げているから、香ばしくジューシーでミルキーな味わい。料理数は多いが、ポーションが小振りなので、女性でもスルッと入る。

 どの料理も、シェフがひと皿ひと皿時間をかけて作り上げた味。エネコ東京は、エネコシェフの信頼厚い磯島仁料理長が厨房を預かる。季節によって、食材によって料理は変わるが、ディナーではこの「トリュフ卵」が必ず登場する。いつかビルバオのお店も訪れよう。遠いバスクの味を夢見ながら、この店に通っている。

画像: (右)エネコ・アチャ・アスルメンディ。1977年生まれ。趣味のマラソンは、考えごとに集中できる貴重な時間だとか。 (左)磯島仁シェフ。「レストランクイーンアリス」舞浜店料理長を経て、「エネコ東京」シェフに就任。バスクの本店も訪れ、エネコシェフの信頼は厚い

(右)エネコ・アチャ・アスルメンディ。1977年生まれ。趣味のマラソンは、考えごとに集中できる貴重な時間だとか。
(左)磯島仁シェフ。「レストランクイーンアリス」舞浜店料理長を経て、「エネコ東京」シェフに就任。バスクの本店も訪れ、エネコシェフの信頼は厚い

画像: 1階には、昨年11月に気軽な「ENEKO Bar」もオープン。バスク特有の「ピンチョス」と呼ばれる、手でつまんで食べる小さなつまみや生ハムと、スペインのワインが楽しめる PHOTOGRAPHS: COURTESY OF ENEKO TOKYO

1階には、昨年11月に気軽な「ENEKO Bar」もオープン。バスク特有の「ピンチョス」と呼ばれる、手でつまんで食べる小さなつまみや生ハムと、スペインのワインが楽しめる

PHOTOGRAPHS: COURTESY OF ENEKO TOKYO

ENEKO Tokyo
住所:東京都港区西麻布3-16-28 TOKI-ON西麻布
営業時間:12:00〜14:00LO、18:00〜20:00LO
定休日:年末年始。土・日曜・祝日は要問い合わせ
電話:︎ 03-3475-4122
公式サイト

「セクレト」

【2018年2月公開記事】

「セクレト」とはスペイン語で、「秘密」の意味。オーナーシェフである薮中章禎さんが、「おいしい秘密基地にしてほしい」という気持ちを込めて名付けた。

 閑静な住宅街に、これまた目立たない造りの入り口。そもそも立地自体が謎めいているのだ。初めての訪問では、迷う人が多いにちがいない。かくいう私も、スマホを見ながら辿り着けるはずが、結局、お店のスタッフに迎えに出てもらったのでした。

画像: カウンターに置かれているサービスプレートは、立方体の有田焼。ひとつずつ手作りで、「SECRETO」の文字が彫られている

カウンターに置かれているサービスプレートは、立方体の有田焼。ひとつずつ手作りで、「SECRETO」の文字が彫られている

 平日は19時一斉スタート。予約時に「早めにいらしてくださいね」と言われてうかがった。ウェイティングバーでシャンパンをゆっくり楽しむ時間は、ディズニーランドの未知のアトラクションに参加する直前のよう。ほのかな興奮に包まれる。1組ずつダイニングフロアへ案内され、ステージのようなキッチンを囲むカウンターに着席。

 薮中シェフは、フランスの星付きレストランやスペイン「エル・ブジ」で修業を重ね、マンダリン オリエンタル ホテル東京「タパス モラキュラーバー」のスーシェフとして活躍。昨年10月に独立してオープンした。キャリアを生かして、「分子調理」と呼ばれる科学的調理法を駆使し、お皿に驚きをのせる。メニューはデザートを含め、12〜13皿のコース1種類のみ。ペアリングされたお酒もしくはノンアルコールドリンクが、お皿ごとに付く。メニュー内容は2カ月ごとに変わるが、コースの序盤に登場するフォアグラ料理は季節ごとに形を変えながらも、定番にするつもりだと言う。

画像: ステージのようなキッチンで、液体窒素を使ってアイスクリームを作る薮中章禎シェフ(右)。石川県は能登の出身。能登直送の魚介類を使う

ステージのようなキッチンで、液体窒素を使ってアイスクリームを作る薮中章禎シェフ(右)。石川県は能登の出身。能登直送の魚介類を使う

「僕はフレンチの料理人としてスタートしました。フランスらしい食材で、とても大切にしていきたいのがフォアグラです。この素材は、調理法にそれほどバリエーションがない。だからこそ、僕なりにさまざまなスタイルで挑戦していきたいと考えたんです」
 オープン当初に訪れたときは、「フォアグラ・りんご・赤紫蘇」。りんごを薄く薄く切ってドライフルーツにし、フォアグラのテリーヌをはさみ、凍らせた赤紫蘇のジュースと合わせていた。

画像: 「フォアグラフレンチトースト」。目の前でフォアグラがふわふわと削られていく様子に、思わず歓声が上がる

「フォアグラフレンチトースト」。目の前でフォアグラがふわふわと削られていく様子に、思わず歓声が上がる

 この冬は「フォアグラフレンチトースト」だ。お客さまの目の前で、凍らせたフォアグラのテリーヌをフレンチトーストに削りかける。フレンチトーストはフランスパンのまわりをバーナーで焦がしてカリカリに仕上げてあり、ほんのり温かい。フォアグラは液体窒素を使ってマイナス196℃で凍らせている。シンプルなフレンチトーストの上に、テリーヌが雪のようにふわふわと舞う。

 この温度差と食感の違いから生まれる未知の美味しさと驚き。添えられたりんごのジャムがフォアグラの旨みを一層際立たせる。ペアリングのお酒として添えられたのが、富山県の酒蔵・桝田酒造の貴醸酒「満寿泉」。貴醸酒とは、水ではなく、酒で仕込んだ甘口で濃厚なお酒。フォアグラと貴腐ワイン「ソーテルヌ」のペアリングは古くからの定番だが、ソーテルヌではなく、シェフは貴醸酒を選んだ。

画像: 北海道産のウニに、生クリームと飴色に炊いた玉ねぎを合わせてムースに。キャビアの塩味をアクセントにした。フランス・ラングドック地方のフレッシュな辛口白ワインを合わせて

北海道産のウニに、生クリームと飴色に炊いた玉ねぎを合わせてムースに。キャビアの塩味をアクセントにした。フランス・ラングドック地方のフレッシュな辛口白ワインを合わせて

 このような未知の味を仕立てる一方で、クラシカルなソースとシンプルに火入れした魚や肉料理も登場する。カウンター内のキッチンでは、シェフがさまざまな調理技法を駆使する様子を披露。ゲストがカウンター内に入り、実際に液体窒素でアイスクリームを作ってみるというミニイベントも。

 料理だけでなく、ワインや日本酒、器、空間から、シェフとゲストとの対話まで。あらゆる要素がからみあって、食を愛でる時間が生まれる。レストランの新しい形として、これからの進化が楽しみな一軒だ。

SECRETO(セクレト)
住所:東京都新宿区二十騎町2-23 ランピオンイゴー102
営業時間:18:40ドアオープン、19:00スタート
不定休
電話:︎ 03-6265-3664
公式サイト

jiubar

【2018年1月公開記事】

「バー」とは言うものの、純然たるバーではない。「jiubar(ジュウバー)」とは、中国語で酒場の意味だ。気軽に中国料理を楽しめる酒場として、昨年4月にオープン。店名同様、中国料理の王道を少しはずしてひとひねりした味と、ワインはもちろんハイボールやクラフトビール、クラフトジンまでを揃えた“中華バル”だ。謎めいた立地も、人を惹きつける要因だろう。

 神楽坂のメインストリートに面しているが、スムーズにたどり着ける人は少ない(はず)。エレベーターのない古いビルの階段を3階まで上っても、看板はない。素っ気ない鉄の扉に手書きのメモがペラリと貼ってあるだけ。ある日は「クラフトジン、いかがでしょう」、別の日には「〆のカレーあります」。このメモ以外、どこにもお店の名前が記されてないのだもの、誰だって不安になる。初めて訪れたとき、そーっと扉を開け、ダウンライトのムーディーな灯りにほっとする反面、ここがジュウバーであることを確認できるまでドキドキ。この隠れ家感に心くすぐられた。

画像: 1枚板のカウンターからは街路樹が見える。お酒のラインナップは豊富で、「泡」も充実。写真はフランスのスパークリングワインで、1本¥4,500。ほかに長野県産シードル、ランブルスコと揃う。ドリンクメニューは、ウイスキーやワイン、紹興酒のほか、自家製シロップで作るレモンサワーや、ミントの代わりにパクチーを使うモヒートなども

1枚板のカウンターからは街路樹が見える。お酒のラインナップは豊富で、「泡」も充実。写真はフランスのスパークリングワインで、1本¥4,500。ほかに長野県産シードル、ランブルスコと揃う。ドリンクメニューは、ウイスキーやワイン、紹興酒のほか、自家製シロップで作るレモンサワーや、ミントの代わりにパクチーを使うモヒートなども

 店内はカウンター8席とテーブル11席。カウンターに座れば、ライトアップされた街路樹の緑が大きな窓から見えて、気持ちが晴れやかになる(冬は落葉していて見られないのが残念)。

 ここで必ず頼むのが肉団子。初めて訪問したとき、「肉団子はどこで食べてもおいしいけど、メニューのトップに書かれているから一応頼むか」。そんな気持ちで注文した愚かな私は、ひと口食べて、心をわしづかみにされた。キリリと爽やかなトマトソースをまとった肉団子の旨味がじゅわんと広がり、複雑な辛味がキリリと味を引き締めていた。辛味の中でも、爽やかな感じが特に印象的。いままで食べた肉団子とは異なる味わいだ。

画像: 「ジュウバーの肉団子」とランブルスコ。メニューはアラカルトのみ

「ジュウバーの肉団子」とランブルスコ。メニューはアラカルトのみ

 肉団子は、ゆでて揚げることがほとんどだが、ここでは揚げてから蒸す。揚げることで肉の旨味を封じ込め、蒸すことでふっくらとした口当たりに。美味しさの秘密は、「魚香(ユーシャン)」と呼ばれる自家製調味料と青山椒だ。

 魚香は川上武美店長が中国・四川省を訪れたときに出合った調味料。現地の豆板醤や朝天唐辛子を使った酸味と辛味、甘味が渾然一体となった味わい。これを加えたフレッシュトマトのソースを肉団子にからめ、生の青山椒をパラリ。本場では肉団子に魚香を使うことはないが、禁じ手をあえて使い、いままでにない味を演出している。やはり中国・成都で仕入れてくる生の青山椒の香気が華やかで、清々しい。

画像: 店長の川上武美さん。お店の立ち上げに際して、何度も中国を訪れて勉強。いままでにない店を作ろうと、このスタイルを考えた

店長の川上武美さん。お店の立ち上げに際して、何度も中国を訪れて勉強。いままでにない店を作ろうと、このスタイルを考えた

 このお店を好きな理由は、もうひとつある。イタリアの微発泡赤ワイン「ランブルスコ」を必ずおいているのだ。シュワシュワと軽やかでフルーティーで辛口。赤ワインなので、軽やかなタンニンが肉の脂分を洗い流してくれる。肉団子との相性がよい。

 ほかにも、パクチーのポテサラをはじめ、きのこのオイスター炒め、ゆでワンタン、レバニラ、回鍋肉、酢豚などなじみの味を、ときにはスパイスやハーブを効かせたり、ときには添える野菜を目新しいものに変えたり。〆には「中華屋のカレー」を。どれもジュウバー流に仕上げてあり、「ひとひねりの味」を楽しめる。

 しっかりごはんを食べたいときも、小腹の空いた深夜にも、バーとしても。新しい中国料理のスタイルがしっかり受け入れられて、たちまち人気店となっている。

jiubar(ジュウバー)
住所:東京都新宿区神楽坂2-12 神楽坂ビル 3階
営業時間:18:00〜26:00(LO)
定休日:日曜・祝日
電話:︎ 03-6265-0846
公式サイト

アンディー

【2018年4月公開記事】

「バインミー」。ベトナム語でパンを意味し、サンドイッチのことも同様に呼ぶ。数年前まで日本では聞き慣れない言葉だったが、最近よく耳にするようになった。ベトナム特有のフランスパンに、パテやハム、目玉焼きなどの具材と野菜の甘酢漬け、香菜などのハーブをはさんだサンドイッチ。屋台で売られる、ベトナムB級グルメの代表格だ。東京にも専門店が数店オープンし、バインミー愛好者が増えてきた。かくいう私もそのひとり。

 小田急線祖師谷大蔵駅から徒歩約20分、世田谷通り沿いにバインミー専門店「アンディー」がある。特注のバケットに、できたての具材をはさんだバインミーが8種類。ベトナムコーヒーや珍しいアーティチョークのお茶、焼き菓子も。1階のテイクアウトコーナーで注文すれば、そのたびに具材を作ってパンにはさんでくれる。

 2階に上がれば、赤い椅子やグリーンにほっとするコジーな空間。女子好みの空間と思いきや、意外に中年男性も多い。

画像: 「アンディー」店内の壁の絵は、イラストレーターの及川キーダさん作。イベントのライブペインティングで描いた、オリエンタル感あふれる作品が2階のカフェの雰囲気をぐっと盛り上げている

「アンディー」店内の壁の絵は、イラストレーターの及川キーダさん作。イベントのライブペインティングで描いた、オリエンタル感あふれる作品が2階のカフェの雰囲気をぐっと盛り上げている

 店主の島田孝子さんは20代半ば、アジア諸国を旅してベトナムに魅せられた。「ベトナムはとにかくおいしくて。もともとパン好きだったこともあって、バインミーがすっかり気に入りました。路上で食べるのに、おいしいコーヒーも一緒に飲めるっておしゃれだなあと」

 日本に戻ってからも何度もベトナムへ通った。バインミーはもちろんベトナム料理全般を習い、祖師谷大蔵に2013年、「アンディー」をオープンした。

画像: オーナーの島田孝子さんはデザイン学校出身。店の内装は基本的に友人の助けを借りてDIYで仕上げた

オーナーの島田孝子さんはデザイン学校出身。店の内装は基本的に友人の助けを借りてDIYで仕上げた

 ここのバインミーは、パンと具材、なます(にんじんと大根の甘酢漬け)のバランスが見事だ。パンはオリジナルで、バケット専門店に焼いてもらっている。表面はパリっと香ばしく、中はもちっとした食感。具材と一緒に食べよくするため、さくっとした歯切れのよさを追求した。パン職人に具材を食べてもらって、試行錯誤の繰り返し。「バインミーを食べたことのない方に、このサンドイッチを説明するのがとても難しくて」。しかし、ベトナムそのままの味にはしなかった。日本人が食べやすいよう軽さをキープしながらもっちり感を出してもらい、ようやく完成したときは、「これで店の味が決まった」と確信したという。

 写真の「牛肉とレモングラス」は定番メニューのひとつ。牛肉をフレッシュのレモングラスとヌクマム、オイスターソース、酒でマリネして炒める。切り目を入れたバケットに、大根と人参の甘酢漬け、牛肉、香菜をはさむ。パンをすこーしつぶして具材となじませてからひと口。さわやかな香りの中に、奥深い旨味と甘酸っぱさ、えも言われぬ香菜のパンチ力……。さまざまな要素が主張し合いながら、口の中に広がる。さっくりと歯切れのよいパンは、それらを受け止めながら一体化して消えていく。そうなるのは、パン、具材、なますの味と分量のバランスがよいからだろう。

画像: 定番の人気品「牛肉とレモングラス」のバインミー。野菜もたっぷり入ってヘルシー。ここのバインミーはパンが売り切れ次第終了なので、とり置きの予約をすることも可能

定番の人気品「牛肉とレモングラス」のバインミー。野菜もたっぷり入ってヘルシー。ここのバインミーはパンが売り切れ次第終了なので、とり置きの予約をすることも可能

 東洋と西洋が混じり合った味。パンとヌクマムや香菜が合うなんて、このサンドイッチを食べるまで知らなかった。フランス統治時代に生まれた味覚だが、相手がおフランスだと屋台料理とはいえ、シャレて見えます。

 ほかに、「ハムと自家製レバパテ」「魚(サバ)とトマト」「ペッパージンジャーチキン」が定番。それと日替わりメニューが1種類。「おやつバインミー」と呼んでいるのは細長い小さめサイズで、緑豆あんバターなど甘いバージョン。ランチのデザートにこれを注文する人もいるとか。
 砧公園まで徒歩5分。この季節、テイクアウトして外で楽しむのもいい。ビールやワインにも合うので、今度、大人のピクニックとしゃれてみよう。

ăndi(アンディー)
住所:東京都世田谷区砧3-4-2
営業時間:10:00~16:00(パンがなくなりしだい終了)
定休日:木曜日
電話:︎ 03-3417-3399
公式サイト

大岩食堂

【2018年11月公開記事】

 近所で軽くお酒をというときの選択肢に、カレー屋が最近加わった。外でのフレンチやイタリアンが続いて身体が重いとき、居酒屋気分じゃないとき、スパイス料理で元気になりたいときに行く。
 ここ数年、日本のインドカレー料理店の状況の変化には、著しいものがある。以前はインドカレーとひとくくりにされたが、いまはインドでも北か南か、はたまた周辺のスリランカか、と細分化される。1種類の料理だけを週替わりで出したり、お酒を多種類揃えて居酒屋風にしたり、味もスタイルも実に多様化しているのだ。

画像: ナチュラルテイストな店内。お酒をゆっくり楽しみたいなら、ぜひ予約を。カウンターもあり

ナチュラルテイストな店内。お酒をゆっくり楽しみたいなら、ぜひ予約を。カウンターもあり

  通っているのは、東京・西荻窪のガード下商店街にある「大岩食堂」。カウンターと大小ふたつのテーブルだけのコンパクトな店内に、カフェのようなゆったりした雰囲気が漂う。店主の大岩俊介さんはカレー好きが嵩じ、知り合いのスリランカ人の家に泊まり込んで現地の味を学び、八重洲の有名な南インド料理店「エリックサウス」に勤務。店長まで勤め上げ、3年前に自分のお店を開いた。
 
 大岩食堂のカレーは南インドスタイルで、ホット&スパイシー。サラリとしているのが特徴。「ミールス」と呼ばれる南インドの定食を、昼も夜も出していて、このミールスを必ず頼む。「定番」と「日替わり」からカレーを2〜3種類チョイスすれば、豆と野菜のスープ「サンバル」と、酸味を効かせたもうひとつのスープ「ラッサム」、インディカ米の「バスマティライス」、豆の粉で作られたクラッカー状の「パパド」に、グリーンサラダがひと皿にのってくる。

画像: 大岩食堂の看板メニュー「ミールス」。1〜3種類のカレーを選べる。写真はカレー2種類。左からポークのカレー、豆のカレー、サンバル、ラッサム

大岩食堂の看板メニュー「ミールス」。1〜3種類のカレーを選べる。写真はカレー2種類。左からポークのカレー、豆のカレー、サンバル、ラッサム

画像: 大岩俊介さん。「燗酒とインド料理でこれからの季節、身体を温めて下さい」

大岩俊介さん。「燗酒とインド料理でこれからの季節、身体を温めて下さい」

「南インドの街の食堂では、バナナの葉が目の前のテーブルに敷かれ、ご飯と共にカレーが数種類盛られます。カレーは地域ごと、季節ごとに異なりますが、サンバルとラッサムはいつもついてきますね」と大岩さん。「南インドは赤道に近くて暑いので、辛くてスパイシーな料理が多いんです。米が育つ土地なので、添えられるのはご飯が多い。乳製品をほとんど使わず、油脂分が少なめですから、全体にあっさりしています。海に近い地域では魚介類をよく食べるし、ベジタリアンが多いので野菜料理の種類も豊富。南インドの料理は日本人の舌に合うと思います」

 夜はおつまみ系も。まぐろなど魚介のスパイスオイル煮や、「ジーラチキン」と呼ばれるクミン風味のチキンのロースト、マサラ風味のフライドポテト、野菜のピクルスなどを、その日の気分のお酒と楽しめる。
 お酒好きの大岩さんがセレクトしているドリンクリストは、インド料理店とは思えないほど充実している。ワインは自然派のみ。白ワインなら酸味が立ってミネラル感のあるもの、赤ならスパイシーで味のしっかりしているものがインド料理に合うのだとか。

画像: 大岩さんがテイスティングし、リーズナブルでスパイシーな料理に合うワインを揃える。グラスワインは3〜4種類

大岩さんがテイスティングし、リーズナブルでスパイシーな料理に合うワインを揃える。グラスワインは3〜4種類

画像: 4種類のおつまみと、ビール(カールスバーグ)もしくはグラスワイン、レモンサワー1杯が選べる「選べるドリンクセット」。写真はビーツのピクルス、ジーラチキン、マサラポテトフライ、フィッシュピクルス

4種類のおつまみと、ビール(カールスバーグ)もしくはグラスワイン、レモンサワー1杯が選べる「選べるドリンクセット」。写真はビーツのピクルス、ジーラチキン、マサラポテトフライ、フィッシュピクルス

「いままで飲んだレモンサワーの中でいちばんおいしい!」と友人が絶賛したのが、この店の「レモンサワー」。瀬戸内産無農薬レモンとコリアンダーシード、クローヴ、カルダモン、唐辛子、きび砂糖をドライジンに漬け込み、炭酸で割ったもの。この秋からは日本酒の燗も置くようになった。インド料理に燗酒!と驚くなかれ。燗をした日本酒のおかげでスパイスの香りがさらに際立って、えもいわれぬおいしさだ。

 駅から2分。ガード下なので、雨の日も濡れずに行くことができる。ランチもおすすめだが、私はもっぱら夜、ミールスとおつまみ、日本酒を楽しみに通っている。
 

大岩食堂
住所:東京都杉並区西荻南3-24-1 西荻窪マイロード内
営業時間:ランチ11:00~15:00(LO 14:30)、ディナー18:00~23:00(LO 22:00)
定休日:月・木曜
※月曜日はランチのみ営業日あり。当月の営業カレンダーはtwitterかFacebookで確認を
電話: 03-6913-6641

月和茶

【2018年10月公開記事】

 酷暑が続いた今年の夏。そろそろ夏の疲れが出てくるころ。食欲がなくてという方にも、つい夏太りしちゃってという方にもおすすめしたいスイーツが「豆花」。台湾の甘味で、「トウファ」と読む。豆腐に似ているが、ふわふわとろりの優しい味わい。初めて台湾で食べたときは、「豆腐がスイーツなの!?」と驚いた。
 吉祥寺・大正通りにある台湾カフェ「月和茶」は、週末には行列ができる人気店だ。私の目当ては、ご主人の楊 明龍(ヨウ メイリュウ)さん手作りの豆花。この季節は冷やして、寒い時期には温かく。どちらも美味しい。

画像: 「吉祥豆花」。台湾では、豆花を固めるための凝固剤に何を使うかで店の味が決まると言われている。「月和茶」では、さつまいものでんぷんを加えることで、なめらかな口当たりに仕上げている。トッピングもヘルシーで、甘さ控えめなので、食欲のないときの軽食代わりにも

「吉祥豆花」。台湾では、豆花を固めるための凝固剤に何を使うかで店の味が決まると言われている。「月和茶」では、さつまいものでんぷんを加えることで、なめらかな口当たりに仕上げている。トッピングもヘルシーで、甘さ控えめなので、食欲のないときの軽食代わりにも

 楊さんの朝は豆花作りで始まる。カフェを始めた20年前から変わらない。温めた豆乳にすまし粉とさつまいものでんぷんを加えて混ぜ、静かにおいて30〜40分。ふわりとかたまってきたら出来上がり。凝固剤の種類や量によって口当たりが決まるので、この塩梅が難しいという。これに甘さ控えめのシロップをかけ、トッピングをのせる。トッピングは日替わりで、すべて手作り。この日は、甘くゆでたピーナッツと金時豆、ゆでたハトムギと黒タピオカ、米粉の麺、マンゴー餅、タロいも、紫いも、さつまいものお団子。シックな色合いでヘルシー感も満載だ。

画像: 細い階段を上がって2階へ。古民家風の店内では、本場台湾の茶芸館の雰囲気を味わうことができる

細い階段を上がって2階へ。古民家風の店内では、本場台湾の茶芸館の雰囲気を味わうことができる

 台南出身の楊さん、豆花は毎日のおやつだったそうだ。「台湾人なら誰もが食べていた懐かしい味です。豆花の入った壺をのせたリヤカーを、おじいさんが引いて売りに来ていました。お椀を持って出て、すくい入れた豆花に薄甘いシロップをかけてもらう。台南はさとうきびの産地なので、シロップは地元の砂糖を使っていたんでしょう。当時はトッピングなんてなかったけれど、いまでは台南にも台北にも専門店があり、たくさんの種類のトッピングがそろっていて華やかです」

画像: ご主人の楊 明龍さん。もともとデザイン関係の仕事をしていて、経堂にカフェをオープン。10年前に吉祥寺へ移転した。メニューの写真は全部、楊さんが撮影するほどの腕前

ご主人の楊 明龍さん。もともとデザイン関係の仕事をしていて、経堂にカフェをオープン。10年前に吉祥寺へ移転した。メニューの写真は全部、楊さんが撮影するほどの腕前

 月和茶はカフェなのだが、一品料理も見逃せない。台湾の国民食「魯肉飯(ルーローファン)」は、甘辛く煮た肉そぼろをご飯にかけた丼。このお店のそれは、楊さんのお母さんの味。男ばかり4人の兄弟を育てたお母さんは、肉をそぼろではなく、大きめの角煮にしてボリュームアップしていたそうだ。肉がごろごろ入っていてもぺろりと平らげることができるのは、薄味だけれどしっかり味のしみた繊細な仕上がりだから。

 美容効果の高いイソフラボンが豊富なヘルシーな豆花。疲労快復効果の高いビタミンBを含む豚肉をたっぷりのせた魯肉飯。秋に向けて元気をチャージするため、この週末も食べに行きます!

画像: 「楊家魯肉飯(台湾風肉煮込みかけご飯)」調味料控えめでやさしい味わい

「楊家魯肉飯(台湾風肉煮込みかけご飯)」調味料控えめでやさしい味わい

月和茶(ユエフウチャ)
住所:東京都武蔵野市吉祥寺本町2-14-28大住ビル2F
営業時間:平日11:30〜18:00(LO 17:00)、日曜・祝日・13日(土)11:30~19:00(LO 18:00)
※ 月によって営業時間が変わるので、公式サイトをご確認ください
定休日:火曜
電話: 0422-77-0554
公式サイト

プリモ パッソ

【2023年7月公開記事】

画像: 「スパゲッティ トマト」。シンプル過ぎるほどシンプルなトマトソースのスパゲッティ。ありそうで、ない味わい。トマトの濃縮した旨みが圧倒的な存在感。聞けば、食材選びからレシピまで、細部にこだわっている

「スパゲッティ トマト」。シンプル過ぎるほどシンプルなトマトソースのスパゲッティ。ありそうで、ない味わい。トマトの濃縮した旨みが圧倒的な存在感。聞けば、食材選びからレシピまで、細部にこだわっている

 「パスタを中心に季節の食材を楽しむコースのお店」がオープンしたと聞いて、パスタ好きとしては放っておけず、早速訪れた。がっつりパスタ三昧は嬉しい。けれど、お腹いっぱいになり過ぎるかな、と密かに心配も。いやいや杞憂でした。

 お店は東京メトロ新富町駅から3分ほど。フルオープンのキッチンで、広々としたカウンターの前には立派な生ハムスライサーが置かれている。シェフが料理の仕上げをするのをしっかり拝見できる舞台のようなスペースだ。

画像: 「リコッタ スカモルツァ パルミジャーノ 生ハム」フリッタ・ピッツァの中には、3種類のチーズのクリームが。ふわふわの生ハムと共に。これにはやはりシャンパンが合う

「リコッタ スカモルツァ パルミジャーノ 生ハム」フリッタ・ピッツァの中には、3種類のチーズのクリームが。ふわふわの生ハムと共に。これにはやはりシャンパンが合う

 いただいたコースは11品。最初のひと皿は、生ハムスライサーで薄く薄く切られた生ハムをのせた小さなピッツァ・フリッタ(揚げピザ)。天使の羽のようにふわふわした生ハムは口の中でとろけ、香ばしいピッツァが生ハムの塩気と旨みを受け止める。この後に前菜が3品。そして、いよいよ今回の主役である「スパゲッティ トマト」の登場だ。

 トマトソースは鮮やかなトマト色ではなく、鄙びたオレンジ色で地味な印象。飾りはバジルの葉のみ。しかも、パスタはレストランにしてはひねりのない(すみません)スパゲッティだ。
 しかし。口に入れれば、トマトのグルタミン酸系の旨みと甘みに圧倒される。麺自体もただものではない。なめらかなソースがしっかりからんで、小麦粉の甘みも感じられる。 

 藤岡智之シェフは1992年生まれ。イタリア修業の最後の場はナポリの近く、ミシュランガイド二つ星レストラン「Quattro Passi」。ここでパスタ場の責任者を務めて帰国。今回の独立となった。
「トマトソースは基本のソース。イタリアでは、どのお店でも必ずトマトソースのものを食べ、自分の目指す味を探しました。理想のソースに出合えたのは、最後に働いた『Quattro Passi』。トマトの姿はペースト状にしているので見えませんが、シンプルで、この上なくトマトの味がしたんです」

 藤岡シェフは師匠の味を自分なりの解釈で、しかも日本の食材で再構築した。訪ねた三重の農園で見つけた味の濃いミニトマト。赤色と黄色の両方を合わせないと、この味はできない。だから、この農園で赤黄2種類のミニトマトが育つ時期だけの料理となる。

画像: トマトソースの食材。三重県多気町の「ポモナファーム」のミニトマト「ぷちぷよ」を取り寄せている。赤と黄、双方の甘みと酸味が不可欠で、酸味がしっかりしていることで、甘みの表情が複雑化する。「この農園のミニトマトでなければ、このソースの味は出せないんです。ぷちぷよが採れる冬ごろにこのスパゲッティは再開します」

トマトソースの食材。三重県多気町の「ポモナファーム」のミニトマト「ぷちぷよ」を取り寄せている。赤と黄、双方の甘みと酸味が不可欠で、酸味がしっかりしていることで、甘みの表情が複雑化する。「この農園のミニトマトでなければ、このソースの味は出せないんです。ぷちぷよが採れる冬ごろにこのスパゲッティは再開します」

 スパゲッティは「クアトロ・パッシ」で使っていたイタリア産のパスタ。伝統の製法で作られ、ソースがからみやすい。オリーブオイルはカンパニア州産。このオイルのおかげでトマトの酸味がまろやかになり、華やかな香りが加わる。どの食材が欠けてもこの味は生まれない。このミニトマト、パスタ、オイルが藤岡シェフの三種の神器なのだ。

 作り方もとてもシンプル。ミニトマトを少しのお湯、バジル、潰したニンニク、塩で煮てから濾すだけ。とはいえ、火の入れ加減、パスタと合わせる塩梅など、細部に神経をゆき渡らせている。

画像: シェフ自ら、カウンター前で生ハムをスライスする。イタリア「ベルケル」社製のスライサーは、「スライサー界のフェラーリ」と称されるほどの名品。藤本智之シェフは辻調理専門学校を卒業し、株式会社ひらまつ入社。「銀座アルジェントASO」「シチリア屋」を経て、2018年に渡伊

シェフ自ら、カウンター前で生ハムをスライスする。イタリア「ベルケル」社製のスライサーは、「スライサー界のフェラーリ」と称されるほどの名品。藤本智之シェフは辻調理専門学校を卒業し、株式会社ひらまつ入社。「銀座アルジェントASO」「シチリア屋」を経て、2018年に渡伊

 この日のコースでは、揚げピッツァ、カッペリーニ、スパゲッティ、トルテッロ(詰め物パスタ)、リゾット、ラーメン風のタヤリン(平打ち麺)、デザートのミニドーナッツ……。11品のコースのうち7品がパスタ(1品はリゾット)だったが、主食としてのパスタではなく、コース料理の一品として、完成度の高い味揃え。食材の取り合わせ方も自由でクリエイティビティに溢れているが、土台は歴史に根ざした伝統料理だ。デザートの抹茶クリーム入りのドーナッツまで、するっと食べられる軽快感も加わって、予測不能の楽しさを満喫。

 「お店をオープンするとき、他店と区別化するため、自分の得意とするパスタでいこうと決めました」と藤岡シェフ。パスタ中心と聞けば、カジュアルなお店をイメージするが、ワインも楽しめるコース主体のお店。こちらのワインペアリングは、ソムリエの小口豪さんが工夫を凝らしていて、とても楽しい。

画像: カウンター8席、個室1室(6席)。日本の食材や技法を取り入れた料理をイメージできるような、洋と和の要素を取り入れた店内

カウンター8席、個室1室(6席)。日本の食材や技法を取り入れた料理をイメージできるような、洋と和の要素を取り入れた店内

PRIMO PASSO
住所:東京都中央区築地1-5-11ACN築地ビルB1F  
営業時間:17:00~23:30(17:00〜と20:30〜のコース予約のみ)
定休日:水曜
TEL:03-6826-9672
公式サイトはこちらから

オステリア アッサイ

【2019年7月公開記事】

 好物は多々あれど、思い出すたびにうっとりするのがトリュフ。とはいえ高価な食材なので、ふだんはなかなかお目にかかれない。目の前でうやうやしくトリュフをかけてくれる一流店のひと皿や、トリュフ尽くしでウン万円もする特別コースでしか出合えない……?

 いえいえ、そういうものではないのです、私が食べたいのは。たとえばイタリア・アルバ(トリュフの産地)の食堂で食べたような、目玉焼きやオムレツの上にひらひらと舞い下りたトリュフや、クリーミーなソースのパスタにたっぷりからんだトリュフ。日本で、そんなふうに気軽に、でもその濃厚な香りにむせるようなお皿にお目にかかれる店といえば、私はこの店しか思いつかない。

画像: 「トリュフのオムレツ」アラカルトの定番メニュー。これ目当ての客も多い。たっぷりあるので取り分けても。アラカルトのメニュー数は多いが、コースもあり

「トリュフのオムレツ」アラカルトの定番メニュー。これ目当ての客も多い。たっぷりあるので取り分けても。アラカルトのメニュー数は多いが、コースもあり

 東京・渋谷は松濤の、住宅街の入り口に佇むイタリア料理店「オステリア アッサイ」。2011年7月にオープンして丸8年。オリーブの枝が揺れるエントランス、赤いアンダークロスのかかったテーブルやカウンター。ほっこり和める雰囲気に、地元、遠方からを問わず、客が絶えない。オーナーシェフの星誠さんは、オープン前の9年間、北はマントヴァから南はシチリア、サルディーニャ、加えてスペインでも修業。三ツ星のリストランテから、街場の小さなオステリアまでを経験した。

「僕は器用じゃないんで、本場でイタリア料理を身体に染み込ませてこようと思ったんです。料理はその国の文化ですから、頭で理解するだけではイタリアの味を表現できない。イタリア人がどのように作って、どんな風に食べているか。それが知りたくて、生産者さんのところへも行きましたし、家庭におじゃましてマンマの料理を食べさせてももらいました」

画像: オーナーシェフの星 誠さん。9年間のイタリア・スペインの修業では、「ダル・ペスカトーレ」などの三ツ星レストランも経験。店は松濤の住宅街への入り口にあり、周囲も落ち着いた雰囲気

オーナーシェフの星 誠さん。9年間のイタリア・スペインの修業では、「ダル・ペスカトーレ」などの三ツ星レストランも経験。店は松濤の住宅街への入り口にあり、周囲も落ち着いた雰囲気

 当時、料理人は「技を盗む」とよく言っていたが、「技は盗むんじゃなくて、学ぶもの、感じるもの」と星さんは言う。それは、手先で作るだけの料理ではなく、イタリアの風土に身を置いて頭と身体で学び、自分の中で消化してから料理にするということだろう。

 星さんの料理は一見無造作にも思えるが、食材への確かな目、料理への深い愛情が伝わってくる。コースも人気だが、私はアラカルトで食べることが多い。必ず注文するのは「トリュフのオムレツ」。バターの風味が際立つオムレツに、黒トリュフがたっぷりかかったお皿。バター、卵、トリュフ−は黄金の組み合わせだ。今回、撮影のために目の前で作ってもらって、そのおいしさの秘密がわかったような気がした。

画像: クロスのかかったテーブルに、アーティスト作品が飾られた壁。昼は自然光も入り、温かな空気が流れる

クロスのかかったテーブルに、アーティスト作品が飾られた壁。昼は自然光も入り、温かな空気が流れる

 材料は卵3個、バター大さじ3くらい、パルミジャーノ・レッジャーノのすりおろし、塩少々だけ。卵にほんの少しの塩を加えて溶きほぐし、パルミジャーノを加え、小さなフライパンを強火にかけてバターを入れ、溶けかかったところに卵液を入れる。ガーッとかき混ぜながら固まるか固まらないかくらいのところでお皿へ。これにトリュフをたっぷり。卵には生クリームも牛乳も入れない。バターとチーズの塩分で仕上げるので、塩もほんの少し。トリュフはけちらない。

「北イタリアの店のまかないで、オムレツはよく出ていたんです。底冷えする季節、バターの油脂分で身体を温めていたんでしょうね。だから僕もバターをたっぷり入れます」。なるほど。土地の料理の成り立ちには、すべて理由があるのだ。ふわふわとろとろの卵に、バターとトリュフの香りを口に入れれば、天国への階段を一気に駆け上るよう。いまや世界中でトリュフが採れる。夏はオーストラリア産、秋から冬はイタリアやフランス産と、年中楽しめるようになったのもうれしい。

画像: 「うちわ海老とモリーユ茸のスパゲティ」など、季節の素材を使ったパスタも。宮崎から直送のうちわ海老と、フランス産のモリーユ茸、双方のだしをたっぷりソースに

「うちわ海老とモリーユ茸のスパゲティ」など、季節の素材を使ったパスタも。宮崎から直送のうちわ海老と、フランス産のモリーユ茸、双方のだしをたっぷりソースに

 こんなにシンプルでいて贅沢な一品、他ではなかなかお目にかかれない。パスタもメインもクオリティー高く、イタリアワインのラインナップも秀逸。「おいしいもの食べたい!」と心から思ったときに、予約の電話をしてほしい。

オステリア アッサイ
住所:東京都渋谷区松濤2-14シャンポール松濤107
営業時間:12:00〜14:00(LO)、18:00〜21:30(LO)
定休日:月曜・第3日曜、月1回不定休あり
電話:03(6407)9979
公式サイト

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